巫女とその土地
「紫織っ。いまのスープレックスのとこもっかい見せて!」
「はーい」
巻き戻して再生。
いま私の家にいるのは、神棚から飛び出して遊びに来た神さま:サチさん。
彼女は札幌の一部地域を治める土地神様で、私のご先祖様と縁のある女神なのです。
私が東京に来てからも、神棚を経由して様子を見に来てくれます。
「それいけー、そこだ!」
なぜかプロレスにハマってしまわれました。
札幌にいた頃、寝付けなかった私が深夜の再放送を見ていたところに、サチさんが来てついてて下さったのですが……今では私にDVDレンタルを頼むほどお好きな様子。
「うんうん。やっぱり相撲は楽しいし! 昔のと違って派手な衣装と技だけれど、それもまた良し!」
でも、未だに相撲と区別がついてないみたいです。『プロレスリング』という名前の相撲の一種だと考えておられる様子。
「……!」
タイマーが鳴りました。
オーブンを開けて、焼け具合をチェックします。
……竹串を刺したところ、もう一息と判断です。焼き時間、5分追加。
「紫織。今日のご飯なあに?」
「今日はですねー。リーネアさんから頂いた海鮮類をふんだんに使ってパイ包みなのです!」
「前に作ってくれた、シチューみたいなもの?」
「中身はシチューですよ。レシピもリーネアさんに教わったので、味は確かなはずです」
私がミスをしていなければ!
「楽しみだし!」
妹もそろそろ帰ってくるでしょう。サチさんとワイワイ楽しもうと思います。
「……あ」
そういえば。
「サチさん。ご相談が」
「?」
「リーネアさんにですね。こう……桜色がかったような糸が。薬指から」
私、巫女に向いたスペル持ちなのです。人の縁が糸として見えることがあります。
リーネアさんの右手薬指から糸が見えた気がしたのですが、ふっと消えてしまって不思議でした。
「……。私の縁結びが効果を結んだのかな?」
「へ?」
サチさんは『ふっふっふ』と悪い笑みで、私に糸の意味を教えてくれました。
「きっとそれは恋愛の縁だし。恋愛が結ぶ糸には色の種類があれこれあるの。お互いを思い合って成熟した恋人・夫婦なら光沢ある赤だし、初々しいのなら紫織が見たような桜っぽい赤だし。……ま、縁起のいい色ってこと!」
「でも、リーネアさん、まだ京ちゃんと二人暮らしですよ?」
あの環境で恋人さんがいるとはあんまり思えないです。
京ちゃんは光太くんとラブラブさんですし……
「なぬぅ!?」
サチさんはソファから飛び上がって、私の元に降り立ちました。小さな体でも、身体能力は常人よりはるか上です。
「むむう……一瞬は見えたんだよね?」
「は、はい。ほんとに一瞬だったので、勘違いかと思ったくらいで」
縁というのは、どんな形であってもなかなか切っても切れないそうで、縁が消えるというのは見たことがありません。
「……縁が繋がりそうで繋がってない状態なのかなぁ……?」
「そういうこともあるのですか!」
びっくりです。
「そりゃそうだよ。そういう縁が繋がって、育ち始めるのを見ると……神として良かったと思う瞬間だったりするし」
ぴーん、ぽーん。
「あっ。美織……ちょっと出てきますね」
「うん」
今日もルピネさんとタウラさんとであれこれ手続きやお買い物に行っていました。
きっと疲れているでしょうから――
「やっほー、しおりん」
「お邪魔します」
「お姉ちゃん……」
「…………」
美織とシェル先生とオウキさんがいました。
「おや。サチちゃんがいるなら好都合」
「ど、どうしたのですかお二方!? 珍しい組み合わせのような……!」
シェル先生が来るにしても、いつも相方さんは奥方のアネモネさんか、娘さんのルピネさんだとか……オウキさんに至ってはお家の中でははじめましてです!
「しおりんってほんと楽しいよね……」
「だからこそ巫女なのでは? ……美織、オウキはああ見えて意外と無害ですよ」
「うう……」
美織は人見知りして、シェル先生に抱きついたままオウキさんを警戒しています。
「シェルはどうしてそこで『意外と』をつけちゃうんだろうね?」
「言っていないで早く入りなさい、客人たち」
私を追いかけてきたサチさんが凛として告げました。
「……そうですね。無礼をしました」
シェル先生は静かに一礼して、私を向きます。
「唐突にして来てしまって申し訳ありません。頼みごとがあるのです」
「は、はい。ええと……よろしくお願いします」
オウキさんが持参の食材でメニューを足してくださいました。
「……美味しい……」
スープは野菜の風味がまろやかです。
「魔法でも、うちの神秘、役立つの?」
「役立つよ。これ以上もなく美織のプロンプトは制御が難しいけれど、それを乗り越えたら、あらゆる分野で役立てられるんだ。未来は明るいよ」
「わー……!」
人見知りはどこへやら。美織はオウキさんに魔術学部のお話をしてもらって懐いています。
妹が微笑ましいです。
「紫織」
「あっ、はい!」
シェル先生に呼ばれて顔をあげます。
「あなたはお裾分けに来たリーネアと会っていたそうですね。その際、リーネアの手から糸が見えませんでしたか?」
「なんでもお見通しなのですか、先生……」
私の先生、恐ろしやです。
「ただの推測です。……サチは会っていないのですね」
「神のセリフをぶんどるとか不敬もいいとこだし」
「すみません」
サチさんは息を一つ吐き、お着物の袖から白紙のお札と筆を出しました。
魔法で朱色に色付いた筆先で、さらさらと模様を描きます。
「ん。渡したやつとおんなじ」
「……。縁結び、子孫繁栄、安産祈願……」
「普段のリナリアなら無関心すぎて通り過ぎてしまうような縁でも、それがあの子にとって良い縁なら結ばれるように祈願したよ」
「内容にも強引なものはないですね」
「そりゃそうでしょ。……あとは当然、あの子が北海道に居た時の方が効果は高いのだけれど。同じ日本国内にいる限り、効果が薄れるようなやわっちい祈願なんかじゃない」
「……」
首を傾げるシェル先生に、サチさんは苦笑して問います。
「作用したのね?」
「……はい」
「私が直々に仕掛けたからには悪縁は寄せ付けない。……でもあなたが悩んで、そちらの父君が出ているからには……」
「リーネアとそっくりな赤子がいます」
ほわ!?
オウキさんと話していた美織もびっくりしています。
「…………。まさかと思うけど」
「ご心配なく。リーネアは未だに『子どもはキスで出来る』と思っておりますので。《母親》の所在がわからないのです」
それはそれで驚きなのですけれども!?
「あの子らしい」
サチさんはくすりと笑って、姿を私に似た幼い女の子から、優美な衣装の女性に変えます。女神様はすごく綺麗です。
「私に頼みたいことは?」
「この土地はあなたの姉が治めていますよね」
初耳です。
「……人伝てな頼みごとで動いてくれる姉ではありませんが、どうしろというの?」
「赤子の《母親》を探すにあたって最短手を取ります。許可を下さい」
「…………。承りましょう」
サチさんはゆるりと頷いて、食べ終えた食事に『ごちそうさまでした』と言いました。
「紫織。今日も美味しかった。ありがとう」
「ど、どういたしまして、です!」
「美織はまた今度、ゆっくり話しましょうね」
「はい!」
私たち姉妹に言ってから、オウキさんを見ます。
「そちらの……」
「オウキだよ、女神様」
「……あなたには紫織が世話になりますね」
「ふえ?」
「世話になるのは俺の方かもよ?」
私の驚きは置き去りに、初対面のはずのオウキさんとサチさんの挨拶は続きます。
「いつか巡り合うのも事実。その時は、我が巫女をよろしく」
「仰せのままに」
サチさんの姿が消えて、淡い光が神棚へと飛び込みました。
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