カメラに映るは

「僕は監視カメラについてとっても頑張った!」

 俺・京・オウキさん・シェルさんが部屋に集合するなり、翰川先生は胸を張って奇妙な日本語を言い放った。

 なお、ミズリさんは赤ちゃんの様子を見るためにリビングで待機している。

「ま、まあ……ここの警備システムはかつて僕が……」

「気にしなくていいからね、ひぞれ。頼んだのは俺なんだから。実行犯は俺で、脅されましたって言うんだよお?」

「バレたりなんか、しないっ!」

 反論はそれなのか。

 先生はぶちぶち言いながら、PCをテレビにつなぐ。

 画面に映ったのはマンション一階。宅配ボックス室とエレベータが見える角度。時刻は一昨日の20:35。

「なんだか中途半端なような」

「夜8時30分頃、僕とミズリとキミは夕食から帰ってここを通っているんだ」

「あ」

 言われてみれば、確かに一昨日はそれくらいに帰宅していた。東京に来て初日だからと、俺の希望を聞いてうどん屋でお祝いしてくれたのだ。

「時刻まで覚えてるんすか?」

「ふふふ。完全記憶の僕には野暮な質問だ」

「……そうでした」

「先に映像を確認してみたところ、リーネア家の宅配ボックスが開けられていたのは、この日の昼2時過ぎ」

 先生が京を指し示す。

「このときは京が中身を確認している」

 京も頷き、自身の記憶をたぐりながら答える。

「一昨日は近所のコンビニに買い物に出て、その帰りにメールでリーネア先生から頼まれてボックスを開けました。中身は封筒で……赤ちゃんもいませんでした」

「うむ。なので映っているとすればこれ以降なんだ。入った瞬間でなくとも母親の姿はあるかもしれない」

 先生はじっと俺たちを見渡す。

「再生していいよ」

「お願いします」

 《母親》探しを買って出たオウキさんとシェルさんが応じて、先生は再生ボタンを押し込んだ。

 映像が動き出す。

 画面の奥に地味に映っていた俺とミズリさん、翰川先生の後ろ姿が消えていく。

「むー……しかし画質が悪いな」

「そこは仕方ないよ。監視カメラだもの」

 俺と京は、モニタ手前の大人組の後ろで映像を眺めている。

「……そういや、なんで画質悪いんだろ?」

「監視カメラって、長持ちして頑丈なことが一番なんだよ。だから、画質は二の次で周囲を観測し続けられるようなものが主流なんだ」

「あー……そっか。画質良くても『壊れて映ってませんでした』なんて意味ないのか」

 京に教えてもらって納得する。

「人がそこに居たこと、通ったことの証拠能力になるものだからね。でもやっぱり画質も良くなったらいいとは思うよね……」

 その瞬間に、画面内中空に奇妙なものが映った。

「「…………」」

 俺たちが固まっても、大人組はさほど反応を示さず見続けている。映像を停止する様子すらない。

「なんかいま。人の顔っぽいものが横切りませんでした?」

「? ただの浮遊霊だよお」

 オウキさんが無邪気に答える。

 “ただの”って何ですかね。

「どこにでもいるから大丈夫。家にまで入り込むのは少ないし安心していいよお」

「少ないくらいじゃ何も安心できないんですけども!」

「ここのカメラ、『あらゆる存在が映る!』をキャッチコピーに、僕と大学の同僚とで開発したんだ。……実は映らないものがあるから誇大広告だが……」

「あんなに弱弱しい幽霊もちゃんと映るんだから範囲内だってば。素人わかんないよ」

 雑談(俺にとってはある意味主題)をする俺たちに構わず、シェルさんひとりが映像を静かに見続けている。

 映像は適度に早回しされ、人の姿が映るたびに止まる。それこそ翰川先生がコードで制御しているのだと思われる。

 映像内の時刻は12時を回り、翌日――日付的には今日の昨日へと移り変わる。

 深夜2時。何か見たくない感じの生きていないそれが裏玄関から入ってきたが、壁に手を触れた瞬間にじゅわっと消えた。

 この映像、『それこそホラーマニアに見せたら高く売れるのでは?』と思うほど怖い。

 なぜ消えたんだ?

「ひぞれが建物中にコードを張り巡らせています。コードは実体のない幽霊には劇物。消えて当然、です」

「あ。はい……」

 シェルさんは口を開いたのが幻聴かと疑ってしまうほど無表情。振り向きもしないのに、不思議な人だ。

 映像は早朝6時を回り、京とリーネアさんが並んで歩くのが映った。裏玄関を出ていく。

「この時は何の用だったんだ?」

「近所の公園までジョギングに。先生はそのまま、ご親戚さんとお知り合いの方におすそ分けを配りにあちこちへ……」

「ふむ。……聞けば聞くほど、リーネアが赤子の存在を知らなかったというのが真実味を帯びて、疑ったことが申し訳なくなるな」

 朝7時を過ぎた。エレベータを降りた俺が掃除のおばちゃんに挨拶して出ていく姿も映る。宅配ボックス室の扉が開く様子は未だにない。

 翰川先生も不思議そうにしながら映像を回していく。

 京が帰ってきて、その少し後にリーネアさんも戻って……

 夕方4時。俺がマンションに戻る寸前の時刻。

 扉がひとりでに開く。

「!」

「切り替えるよ」

 先生は手早く操作し、ボックス室内部の監視カメラに切り替えた。

 中に人影はないが……数分後、俺がボックス室に入った。

 つまり俺は、その時――《母親》と同じ空間に居たことになる。

「…………」

 心臓が止まるかと思った。

 京は手のひらに青い火花をまとわせて俺の手を握る。……すごく落ち着くのは、彼女のパターンの効果か。

「ひぞれ。最初に扉が開いてから、光太が入ってくる間までの映像を」

「了解だ」

 シェルさんの指示に頷き、翰川先生が映像を巻き戻す。

 室内にはやはり人影がないが、9-1のボックスだけ見えない何かに引き出され、宙に浮かんでいた。

「……」

 扉が開いた瞬間、9-1のボックスに毛布に包まれた何かが入れられ、ラックに戻る。赤子が入った瞬間だ。

「光太。……気配は感じなかったんだな?」

「すみません……何も、誰もいなかったように……」

 映像内ではボックスを引っ張り出してあれこれ確認する俺、そして独でに開いて閉まっていくドアが見える。

 この時点で気付けていたら、事態はすぐに解決していたのに。

「大丈夫だよお。キミのおかげで種族が絞れたから」

「え?」

 オウキさんは楽しそうな笑顔で言う。

「種族が絞れたら、あとはなんとでもなるさ。シェル、何かわかる?」

「考えられますが動機がまだわからない、です。喋りたくない」

「そっか。確定したら教えてね」

「はい」

 くすくすと笑ってから、俺に種明かししてくれる。

「あのカメラに映らないように出来る種族と神秘持ちって凄く限られてる。だから、犯人はかなり絞り込める」

「ほかならぬキミがそうじゃないか。……頑張ったのに出来なかった」

 翰川先生が頬を膨らして可愛い。

「技術協力したんだから許しておくれよ」

「でも……俺がボックス開けるかどうかもわからないのに赤ちゃん放置するって、正気の沙汰じゃ……」

「たぶんねえ……魔法使ってる。……ボックスが開けられたときに目覚めるような条件設定かな? どう?」

「毛布に魔術の残滓がありました。腕が良い職人ですね」

「犯人ちゃんレプラコーンだ」

「心当たりは?」

「ないない。原種レプラコーンなんて、うちの親戚くらいしか生き残り居ないでしょ」

 にんまりと笑って、その場の全員に宣言する。

「リナには伏せる。……犯人ちゃんが見つかってから教えよう」

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