第77話

 


「……」

「……シャル」

「はいっ」

「……こっち?」


 二枚のカードを持った私は、感情を殺し、無表情で目の前でじっと視線を合わせるクルエラに、一枚ずつ指を添えられて尋ねられる。

 まるで尋問だ。

 スペードの6と書かれたカードと、もう一つはジョーカーだ。

 先程尋ねられたのは、スペードの方だ。

 そちらに指を添えられて心の焦りが出てしまったのか、片眉がほんの少しだがぴくりと動いてしまう。

 しかし、もう片方のカードの反応が気になるのか、そこから離してジョーカーの方に添えられる。


「じゃあこっち?」

「……それは、ジョーカーです」


 敢えて素直に答えて攪乱(かくらん)させようとするが、クルエラはどう捉えたのか添えているジョーカーを指でつまみ、持ち上げる動作をする。

 その気の緩みから、私は表情の筋肉が和らいでしまった。


「――と、見せかけてこっち!」

「あぁーっ!! うそー!!」

「本当に、シャルったらこういうゲームは下手ね」


 ジョーカーと見せかけてスペードを取られてしまい、私が最後になってしまった。

 項垂れた私に、背中を優しく撫でてくれるスティだが、彼女は二番目に上がっている。

 ちなみに最初に上がったのはグラムだった。

 彼は昔から運がいい、そして言いだしっぺの彼は罰ゲームを受けている所を一切見たことがない。

 本当にゲームの設定でも運のいい男なのだ。

 スティは、そんなグラムの采配に従って動くからビリになる事はない。狡すぎる。

 クリス様は、運が良いと言うよりかは、実力で勝つタイプだ。

 凡人な私には到底無理なメンバーで勝負しているのだが、まさかジャスティンとクルエラにまでババ抜きで負けるとは思わなかった。


「それで、罰ゲームは?」

「じゃあそうだな、お前の秘密を一つ話してもらおう」


 ぴくりと肩が動き、先日前世の記憶も思い出した日の事を一切話さなかった。

 彼らは気づいているのだ。どういうきっかけか分からないが、クリス様も気付いていた。

 厳密には〝あのお化け屋敷の教室で何が起きたのか〟が知りたいのだろう。

 別に、自分の前世なんて今のシャルティエには関係のない話だから話す必要がないと心の奥底で思っていたし、話せば空気が悪くなってしまうような物ばかりで、気分の良い話ではない。

 ちらりと私の話を待つ彼らを一瞥する。

 グラムに限っては、あの目は確実に先日の事を話せと言っている。


 ――やられた……。これが目的だったのか。


 はぁっと嘆息する

 こんなに楽しいゲームの後にあの話をするのははばかられた。

 しかもクリス様に今度話すと言った手前、彼より先に話していいのか分からなかった。

 それに、いくら友人だとしてもジャスティンにはこの話はできない。

 彼女はこの世界のトラブルについて知らないのだから関わらせない方がいい。


「グラム、先日の話は――」

「待て」

「え?」


 別の日では駄目かと聞こうとして止められた。

 眉間に皺が寄ってしまい、指で押して伸ばしながら何に対してなのか分からないが黙って待つ。

 すると、扉が叩かれて一番位置が近かったジャスティンが扉を開けてくれる。

 その人物を見るなり、快く中へと招かれたのは伯爵邸から帰ったばかりの少し整った格好のクリス様だった。


「クリス様……」

「部屋に行ったら、こっちに居るって置き手紙があったからこのまま来てしまった――これは一体?」


 室内の空気を察したのか、入るなり首を傾げた。


「クリス、丁度いい。先日の事を聞こうとしていたんだ」

「なるほど――ジャスティン。さっきフォーベル寮長が探していたよ」


 納得したのか頷いて、中へ入りながらジャスティンにそう言うと慌てて出て行った。フォーベル寮長はとても時間に厳しいからだ。

 私が、立ち上がりクリス様の紅茶を用意しようとすると、クリス様が私が座っていた所に座る。

 私は、その場を離れようとすると、すぐに大きな手に掴まれてそのまま引っ張られた。


「わっ」

「シャルはこっち」


 膝の上に、横抱きのような状態に座らせられて、こんな人前でとなんとか逃れようともがくが、肩と膝裏に手を回されてしまい完全に動けなくなった。


「あの、重いので!」

「シャルは羽根のように軽いから大丈夫だ。むしろ、ちゃんと食べてるか?」


 ――なんで、そんな小っ恥ずかしい事を言えるの!? これは乙女ゲーム?! あ、乙女ゲームだった……。


 顔が熱くなり、両頬に手を添えて恥ずかしさのあまりに上半身ごと皆の方へ逸らすと、顔をにやつかせてこちらを見ている一同と目が合う。

 更にいたたまれなくなって、反対側に逸らすと今度はクリス様と目が合い、愛おしげに目を細められてまた恥ずかしさで俯いた。


「もう! 話しますから! ……ただ、私は暗い話が嫌なだけで――」

「大丈夫だから。溜め込まずに話すんだ」


 心配そうにするクリス様は、少し苦しげに私を見ていた。

 こっちもそんな顔になりたい気分なのに、彼らにそんな表情をさせたくないから話す事を躊躇っていた。

 それに、溜め込んでいるつもりはなかった。

 きっと、私がシャルティエと彩香という前世の自分が混同してしまって悩んでいると思ったのだろう。


 ――そんな気を回さなくてもいいのに……。


 しかし逃げ場もなくなり、罰ゲームと称されてしまったらそれこそ引っ込みが効かない。一息深呼吸すると、観念したようにポツリポツリと話し始める。


「……前世の記憶が、完全に蘇りました」

「前世……。今の、シャルの魂の元って事か」


 確認をするように、クリス様がぽつりとそう呟く。


「暗い所が苦手なのは、それのトラウマになったようです。私の前世の父は厳しい人で、何にしても自分の立ち位置や周りからの評価を大事にしていて、外からの目が最重要事項でした」


 目を閉じて、思い出すように記憶の中の物を掘り起こしていく。

 もう、その人間はここには居ないから震える事もない。

 最悪の状態にだってならない。

 もう昔の話なのだから、そう言い聞かせる。


「母は、そんな異常に厳しい父を見限って離婚しました。私は、父と二人で暮らして、その間も沢山ひどい目にあいましたが、ある日……数年ぶりに母が家に来て――そして、父を殺しました」

「……っ!」


 穏やかな表情で話す私の口から、穏やかではない単語が飛び出して場が凍りついた。

 今や平穏で楽しそうに笑い生活する私の前世の記憶には、元夫を殺す血まみれの母の姿。

 自分の両親がそんな事をしたらと思うと、間違いなくそう言われているぞっとするだろう。

 そんな私を膝の上に座らせたままのクリス様は、そっと胸の中へ閉じ込めてしまった。


「――父は目の前で死に、母は拘束されて法によって裁かれました。身寄りのない過去の私は施設に入り、引き取り手が決まると養父母に自立するまで面倒を見てもらいました。……その後は、結構自由な生活でしたよ! 本当に平和で、あんなに人間って好きな事をしても怒られないんだって……思いました」


 昔の自分に〝良かったね〟って言ってやりたい気持ちになりながら微笑む。

 そんな私を見て、今度はほっとした和やかな雰囲気になったが、この後続ける自分の話に口を紡ぐ。


「……シャル?」


 心配げに顔を覗き込むクリス様と目を合わせると、柔らかく笑みを深くして頷く。


「私の前世では、女性も男性も働き、仕事をして生計を立てます。使用人なんて居ませんでした。爵位なんてとうの昔に無くなった文化でした。この世界とは全然違う概念だったんです」

「それは、進んだ文化なのか? 衰退した文化なのか?」


 そのグラムの問い掛けに、私は少し悩んだ後にしっかりと答えた。


「その国ごとの、それぞれ文化を尊重する世界でした。爵位が無くなる事で、私達の暮らしがどう変わったのかは明確には分かりません。それくらい大昔の事なんです。別の国では、爵位の制度が残っている所はありましたけど……」

「そうか……」

「恋愛に障害となる身分を気にしないでよくなった、という部分では私の住んでいた国は、本当に自由だったと思います」


 正解不正解とも言えない私の答えに腑に落ちない様子だったが、私の回答に少し困ったように笑ってくれた。

 今後、彼がこの国を背負う時にどうしていくかは彼が決める事だ。


「シャルが前に、コピー機がどうのって言っていたのって……」

「それも、前の世界の人が考えた開発機器だね」


 そういえば、私が書類を手書きで何枚も作成するときにスティにそんな話をした事と、この中で唯一私の事を少しだけ知っている人間だった事を思い出した。

 クリス様の腕の力が緩み、私はその腕を掴んで目を伏せた。


「――楽しい人生はあっという間でした」

「どういう事だ?」

「私は、本当に運が悪いんです。私の世界では馬車ではなく車という特別な油で動く乗り物がありました。それに、轢かれて死にました。老人が運転するんだから、そりゃ事故も起きますよね」


 極力重い話にならぬようにと思ってヘラヘラと笑って語ると、またみんなの表情が固まってしまった。

 そりゃそうだよねなんて肩を落として、ふぅっと息を吐く。


「……二十六歳でした。自由になって十年少しで死んだ後、気付けばスティの隣でグラムと対峙していました」

「そうか……」


 昔話をしているかのように語り終えると、グラムはここで完全に合点が行ったという表情をしたが、しかしすぐにしかめっ面になった。

 私はまだ何かあるのだろうかと、不思議そうに首を傾げた。


「いや、まだだ。それでは腑に落ちない」


 勘の鋭いグラムは気付いただろう。

 スティもきっとそうだ。

 クルエラはまだそれに気付いていないようだが、クリス様も悟ったのか膝の上には変わらないが、彼らの方へと向きを変えさせられ腹に腕を回される。

 まるで、子供を膝に座らせている親のような状態に恥ずかしくなる。


「……なんの、事でしょうか」

「言わせるつもりか?」


 グッと押し黙る。

 都合が悪いのだ。

 彼らはきっと知りたいのだろう。

 私は言いたくないが、彼らにとっては知りたい内容だろう。

 シャルティエは十七回の逆行を行ったが、最後の十七回目のグラムとスティの断罪の日、途中で消えたシャルティエに変わって私が体に入った――しかもシャルティエの記憶が曖昧な状態で。

 スティとグラムの断罪は、意図的な物だと知らないで首を突っ込んだ私は、彼女が濡れ衣でクルエラが仕組んだ物だったとなぜ知っていたのか。


 ――話さないといけないのか……。


 嫌な汗が背中を伝った。

 暑くもないのに、冷や汗がだらだらと溢れてくる。

 しかし、これを話せばこれで終わりなのだ。

 下唇を噛んで震える手は掴んだまま俯いたが、肩で呼吸をして前をしっかり見た。


「……私は、この世界の事を……知っていました」


 言ってしまったと、目を閉じてまた力なく項垂れた。


「それは説明してくれるのか? それとも話すと都合が悪いのか?」


 私が精神的に絶え絶えなのを悟ってなのか、グラムは気遣った言葉を投げかけてくれる。

 その優しさに甘んじて頷いてしまえば簡単だが、角質なんて出来てしまったらそれこそ耐えられない。

 ……覚悟を決める事にした。


「この世界が、前世では物語になっていました」


 ゲームなんて言うと気分を害するだろう、そう思って上手く嘘にならないように噛み砕いて話していく。

 物語の内容は、いくつもあってクルエラが主人公でグラムやクリス様……ホースやマルシェなどと結ばれる編別に分けられて存在したと説明した。

 スティは、クルエラのライバル。

 ただ、物語の内容でクルエラの言動がおかしいから出版元に文句を言ってやろうと手紙を送ろうと思った直後に死んでしまった。

 そう説明すると、誰もが何とも言えない表情になっていた。


「私は物語の世界に入ったとは思っていなくて、学園長先生からは独立した世界と聞かされていたので、これは現実なんです。実際、私もたくさんひどい目にあいましたし、そもそも……私が特異な存在なんです。シャルティエだって、もともとこんなに話の中心になるような存在じゃなかった。ここは私の、新しい今の生きる世界なんです……だから――」


 どうか、嫌な顔をしないで聴いて欲しい、そう願いながら語る。

 俯いたままちらりと様子を伺うと、クルエラは自分のやってきた事に表情を歪めた。


「私の話は、誰も幸せになれません。だから話す事を躊躇いました。私の事を知って……私がこの世界の事を知っていたら、関わるのも怖いですか?」


 今にも泣きそうだが、涙が溢れぬよう堪えながら尋ねる。

 静まり返った室内で、グラムは首を横に振った。


「いや……、俺が悪かった」

「いえ、構いません。気になった事を聞いただけなのですから」


 重苦しくなったこの場をどうにかしたくて、一番やりたくなかった自虐ネタを披露する事にした。


「……わ……私、前世が二十六年じゃないですか」

「こら」

「むぐっ」


 私が何をしようとしたのか分かったのか、勢い良く後ろから口を塞がれた。

 そのまま広い胸に背中を預ける形になり、頭上から「シーッ」とそれ以上言うなと示された。

 見上げると、綺麗な顔がそこにはあって、その表情は居心地が悪そうだ。

 こくこくと壊れた人形のように何度も頷くと、ようやく離してくれた。


「前世は前世、今世は今世だ。今のシャルは十七歳だから!」

「は、はい!」


 何やら必死なクリス様に気圧されて、背筋を伸ばす勢いで返事をした。

 それを見て和やかな雰囲気になったから正解だったと思った。

 ……しかし、グラムだけは何か考え込んでいた。



2019/08/27 校正+加筆

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