第76話

 


 学園祭は、最後まで滞りなく終了した。

 手品による一件は、一応学園内に魔法使いが侵入したのではないかという事をクルエラに報告してもらったが、それ以降何も話が回って来ないため、触れてはいけない話なのかもしれない。

 あるいは的外れな話だったのかもしれない。

 きっと、クルエラからそのうち話が来ると信じて待つ事にした。


「私は被害者だけど、別に怪我をしたわけでもないもんね……」


 手品を披露した生徒は、あれからすぐに謝罪に来たが、そもそも彼のせいではないから許す許さないの問題ではないという事を教えて上げられたら良かったのだが、「また手品見せてくださいね」と言うと嬉しそうに笑ってくれた為、それでいいかという事になった。

 後日談だが、フランチェスカ家の評価は案の定地に落ち、関わる者が減っていってしまったらしく、公爵運営の学園で二度も騒動を起こした事がきっかけで国王陛下直々に爵位も剥奪された。

 そのまま、没落の道を辿っているとか何とか。


 ――でも、実際は私のせいでもあるからなんだか可哀想だな……。


 私も少し原因に絡んでいるから罪悪感を感じて、父に手紙を出すと、何かインスピレーションが駆け巡ったのか、ベルンリア領のアジェスタ湖の管理が多忙でままならなくなって来ているからと、フランチェスカ家にその管理する職を与えたらしい。

 現在は、父の監視の下でベルンリア領のうちの別荘を貸して住まわせてるとかなんとか。

 まぁ、あそこなら自然豊かでマーニーの療養にも向いているだろう。

 そうすれば、学園の干渉で情緒不安定になることもなさそうだ。


 ――嫌いな私の実家辺りに住むのは、相当嫌だっただろうけどね……。


 マーニーは、私のことを敵だと認識して攻撃もしてきた。

 ディオは、マーニーの復讐のために私に近付いた。

 そんな二人が、どんな心境でうちに居るのか気になるが、アリッサに手紙で報告して貰おうと思う。

 父がそれを頼んだのは、国王陛下と父が幼馴染だからにほかならない。

 乳兄弟と言うもので、お祖母様が国王陛下の乳母をしていたのだとか。

 辺境伯だから、王家と結構近い親類ではないのだろうかと考えたが、それもかなり昔の話のようだ。

 親のつながりで、ベルンリア領にグラム達が遊びに来たとも言える。正真正銘の家族ぐるみの仲と言う事だ。

 フェリチタ家、シュトアール家、フリューゲルス王家の男衆は深い絆があるとのことで、それで私達も幼馴染になったと先日の夏期休暇の際に思い出話として話してもらった。


「はい、チェック〜」

「あ、また負けてしまったわ……シャル強いわね」


 ――まぁ、ゲームはそこそこやってたからねなんて、言えないな……。


 今日は学園祭でも密かにお世話になった国王陛下が、民へ日頃の感謝を込めて特別休暇を与える日なのだそうだ。

 退屈で王都に出掛けても、きっとどこもお店はやっていない。

 なんてホワイトな国なんだろう。前世で勤めていた会社とは大違いだ。

 元の世界で言うと、祝日のようなものだが、それをオーバーにしたようなものだ。

 そんな日に、退屈していたスティと二人でボードゲームをしていた。

 あれからクリス様と二人で話す機会が無く、理由としては彼が伯爵の仕事をほっぽって学園祭の手伝いをしていたからなのだが、正直なぜそこまでしてなんて考えるだけ野暮だ。

 もう、かれこれ彼女と五回戦中四勝してしまった私は、そろそろ飽きてきたそのボードゲームを棚に片付けて、代わりにトランプを取り出した。


「トランプを二人で……は、つまんないかな。クルエラ達は何してるかな?」

「きっと退屈してるんじゃないかしら。一緒にトランプ誘ってみましょ」

「それはいいね、じゃあ私が呼んでくる」

「私は、お茶でも用意してるわ」


 何気ない会話で、私はクルエラとジャスティンの部屋へ向かうと、扉をノックする直前に声が漏れてきた。


「……でしょ? だから……っ……なの……!」

「すごい! ……でも……で………しょ?」


 なんの話をしているか全く聞き取れないが、何か噂話をしているらしい。

 こんな所で立ち聞きもどうかと思うので、トントントンと驚かせない程度に叩くと「はぁい!」と気の抜けた返事が帰ってきた。

 扉が開かれると、私の顔を見るなり驚きに満ちた表情になったのを見逃さなかった。


「こんにちは、退屈だからトランプしない? スティが今お茶淹れてくれてるの」

「……え!? あ、え……? トランプ……?」

「え? うん、トランプ……嫌かな?」

「あ、いや、こっちの話! 大丈夫!」


 どうやら、先程の噂話は私の話をしていたようだ。

 噂をすればなんとやらと言う物が、まさか自分に降りかかるとは思わなかった。

 彼女の反応からして、私に知られたくない物か、言いたくない様子だった為、目を逸らして気づかなかったふりをする。

 二人は、トランプの誘いにワクワクして「お菓子を持っていくから!」とバタバタ慌しく準備をした。

 準備を終えた二人を伴い、部屋へ戻ると、いつの間に来ていたのかグラムが優雅に長い足を組んで座り、片手にはティーカップを持ち上げていた。

 油断も隙もあったものじゃない。


「グラム、ここで何を?」

「今日はやる事がないからこっちに来た」

「……なるほど、暇だからハーレム体験と言うことですか?」

「お前、今日はやけに辛辣だな」

「クリス様と三日ほど会えていないので、少々ストレスが溜まっているのかもしれません」

「露骨にクリスがいない事にがっかりするなよ」


 学園祭が終わった翌日から、クリス様は伯爵の仕事を片付けるために一旦伯爵邸へ帰ってしまったのだ。

 珍しく、私も本人の前でつまらなさそうな顔をしてみせると少しにやけ顔を見せてくれた。

 リア充しているとはこの事だろう。

 学園祭の後の休みと、週末の休みと、色々合わせると五日間ほどの連休が出来上がった。

 なんて贅沢なんだろう。

 飛び級試験のために勉強しなくてはいけないのに、なんだかこんなに遊び放けて背徳感を感じる。


 ――でも、前にもクルエラ達に言われた思い出作りは大事だよね。


 学校の思い出なんて、大人になったら一生作れないんだから。

 そんなことを考えつつ、先日フォーベル寮長にお願いして追加で増やしてもらったソファへ座る。

 私も、空いている一人掛けの方へ腰掛けて、トランプを混ぜて組んだ。


「シャルすごい! どうやったらそんなに速く出来るの?」

「うーん、慣れかなぁ……」


 ヒンズーシャッフルで何度か混ぜた後、リフルシャッフルを手早く披露すると、目をキラキラさせながら眺めているクルエラが「貸して! やってみたい!」と手を出す。

 私は苦笑しながら渡すと、早速速くする事に気を取られて、並びの悪いカードを引っ掛けてばらまいてしまった。


「あぁ……!」

「最初はそんなもんだよ」

「えぇー! どうやったらいいのかな……」

「クルエラ、貸して」


 拾い集め終えたトランプに、今度はジャスティンが手を差し出す。

 首を傾げて渡すと、彼女は私ほど速くはないが上手に出来た。


「ジャスティン上手ね! シャルの方が速いけれどすごいわ!」

「えへへ、平民のみんなとよくカードゲームしていたので」


 スティの誉れを照れくさそうに笑いながら、トランプをクルエラに渡すとムキになって何度もシャッフルを繰り返してはばら撒いた。

 それを笑いながら拾うのを手伝っていると、そういえばと思い出したようにスティが口にした。


「小さい頃も、シャルの部屋でみんなでトランプしたわね」

「……あぁ、あの時はババ抜きをして、クリスがシャルの表情だけでジョーカーを見破って勝つから悔しがって泣いてたな」

「な、泣いてませんー!」

「ふふ、本当に泣いてたわよ」

「スティまでー! 小さい頃の話でしょ!」


 幼馴染二人の茶化しに、ふくれっ面で抗議をしながらクルエラに拾ったカードを渡すと、最終的にはゆっくり混ぜ始め、慣れてくると手早く混ぜられるようになっていた。器用な子だ。

 混ぜ終わったカードは均等に配られて、先程話題に出たババ抜きをする事になった。

 休みに入って四日目、曜日は火曜日だ。

 窓の外を見ると少しだけ曇り空で、今にも雨が降りそうだった。


「今日は人数が多いから……そうだな、ビリは罰ゲームを設けよう」

「えぇ、グランツ様それ正気ですか……?」

「あぁ、正気だ」


 面白げに覆さないと笑うグラムに、嫌そうなジャスティンが尋ねる。

 もちろんだと肯定すると、王太子相手に平民の彼女が学生同士とは言え、立場があるから文句を言えるはずもなく、クルエラに助けを求める。

 しかし、罰ゲームに賛成なのかにこにこと笑顔を浮かべてそれを拒否した。


「罰ゲーム、大賛成です!」

「そんなぁ〜!」

「ほら、ジャスティンが早く上がればいいんですよ」


 私が嫌がるジャスティンにせめてものフォローをするが、ぷくっと頬を膨らませた。


「でもシャル、ババ抜きって運が絡むでしょ!」

「大丈夫よ、シャルババ抜き下手だもの」

「ちょっと! 矛先向けないで!」


 まさかこっちにもいじりの矛先が向くとは思わなくてスティへぷんすかと怒ってみせるが全員に笑われてしまった。

 こんなに賑やかで楽しい休日は久しぶりで、早速始まったババ抜きで各々胸をドキドキさせた。



2019/08/27 校正+加筆

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