第32話
クルエラの報告を得て、思った以上に上手く行っているというかほぼ、いや概ね良い感じになった後じゃないかと少し考えた。
いや、でもこんなに早くうまくいってしまうと、今後は恋仲だからイチャイチャしてそのままゴールインという事なのでは?
――あれ? もう実行委員会、不要じゃない?
いや、最後までやりきるつもりだがなんだか力を入れる必要もないかも知れない。
このまま順調よく行けば、この嫌なループから抜け出せるだろう。
ただ、私もオタクの端くれ。
前世の事があやふやとは言え、それは自分の事であって身に付いた知識はそう簡単には消えない。
まったくもって都合のいい世界である。
あまり浮かれていると、嫌などんでん返しが待っているなんて事も考えられるため、〝フラグを立てる〟ような事は出来るだけ避けなければならない。
「浮かれないようにしないと……」
今回で、上手くいかずにだめになったらクルエラが壊れてしまうかもしれない。
逆行をしている人達のためにも、十分に気を付けたほうがいいと肝に銘じた。
だから、こんな低レベルないじめの相手をしている場合ではない。
実行委員もせっかく発足させたのだから、今後も次代でこういう事をしていって欲しいから成功はさせるつもりだ。
学生生活の記念のようなものにしたい。これが彼らにとっても最後の二年生になるのだ。
三年生に上がってちゃんと卒業するためにも私も決意を新たにした。
水をかけられた翌日、シューズボックスで下足から校内専用の上靴に履き替えようと思ったが、扉付きのシューズボックスからは強烈な臭いが放たれていて、これを開ける勇気はなかったため用務員を呼んで中身を綺麗にするように頼んでから、事前に用意していた上靴をカバンから取り出す。
――小説とかでよく見るいじめだから、こんな事もあろうかとと思ったら案の定……。
自分の私物は常に持ち歩くか、別の場所へ移動させる、これはいじめ対策の鉄則だと誰かに教わった事を思い出すがそれを誰に教わったかは忘れている。
きっと前世の事だろう。いじめらた記憶はないが。
あるいは、そういう話を見たかなにかだろう。
教室に一旦寄ってから、荷物をスティの視界に入る場所の机の上に置き、生徒会室に一度顔を出すことにした。
誰もいないようで、事前にグラムからに借りていた合鍵を使って開ける。
中に入ると、誰もいないのは当然で、静かな生徒会室の机には私の確認が必要な実行委員の資料は山積みになっていた。
「何でこんなに溜まっているんだろう……」
ぼそりと独り言を呟きながら、書類を一通り目を通して急ぎの物だけサインをしてから、重要書類だけは生徒会長のデスクの引き出しに入れてしっかりと施錠した。
書類紛失フラグはこれで回避した。
早く戻らないと授業に遅れそうだと、慌てて生徒会室の鍵もしっかり閉めて、開かないか何度も確認してから教室へと戻った。
教室に戻ると、まだ時間は余裕で席に座る。
スティは「山のような書類を見たの?」と微笑み声をかけてくる。
今日もうちの幼馴染が可愛い。
「うん、すごい量だったから目を通して重要な物だけは間接的にグラムに預けてきた」
「ふふ、シャルったら気にしすぎよ」
「まあ、ちょっとは期待されてるから頑張らないとね」
「無理したり怪我をしないでね、あまり私実行委員の仕事手伝えていないけど支える事は出来るから」
立ち上がって胸の前で両手で拳を作り、ふんっと鼻息を荒くするスティの強い意気込みに私にも吹き出して笑ってしまう。
「あははは、スティったら」
「ふふ、貴女の味方は沢山いるという事よ」
「……そうだね、幸せで恵まれている事だと思う」
一人で戦う必要はないのだと改めて実感したのだった。
授業も終えて、昼食の前にまたお手洗いに向かった。
別にお手洗いに用があったわけではないのだが、今日は少し用件が違う。
前回は付いてこられている事に気付かなかったから、今日も同じ事をするのだろうかと言う〝実験〟だ。
「まさか、
犯人が分かれば捕まえるだけなのだが、証拠を掴むためには本人から被害を受けないといけない。
しかし、わざわざ水をまたかぶる必要は無いため、とりあえず水の入ったバケツを個室に流し込む直前くらいまで持ち込めたらと思っている。
――来週の、一学期末試験の勉強したいのに何やってんだろう私は……。
試験勉強なんて普段から授業を受けていれば大体の事は分かるから順位が落ちる事はないが、だからと言って何もしないわけには行かない。
事前準備は大切だ。
しかし、心置きなくそんな勉強も出来ないのだから仕方がない。仕方ないのだ。
そして今日は、とても心強い味方をつけている。
後からお手洗いに来るように頼んである、犯人に逃げられた時に顔を覚えておいて貰うためにクルエラを呼んでいた。そして予備の着替えもある。
万が一、間に合わなくて水をかぶっても大丈夫だ。
この時期ならプール施設の方へ行くと、シャワーもあるのだから計画は完璧のはずだ。
余裕の笑みでお手洗いへ入ると、個室に早速入る……が、数秒程置いてから人の気配を感じてそこを狙って直ぐに出る。
「わっ」
「えっ……!?」
フェイントというやつだ。
私の入った個室の前でニ人の女子生徒がバケツを持ち、突然現れた私を見て驚いていた。
ちらりと目を向けると、バケツの中には少し濁った水が入っている。
――いやいや、それはダメだって! 嘘でしょ!?
驚きのあまりにフリーズしかけたが、平静を取り戻して何か用かと彼女達を見ていると、入口に人影を見つけて手を拳にして〝まだ来なくていい〟と合図する。
拳を広げると、〝来て欲しい〟の合図だ。
手に持ったバケツを持ったまま、目を泳がせる女子生徒に首を傾げてみせる。
「もしかして、昨日お手洗いに〝シャワー〟をおつけになった方ですか?」
「……違うわよ」
「あら、そうなんですか。では、今回はその汚水をどのように?」
「……やめましょう。やっぱりこんなの、行けないわ」
「何よ、貴女も楽しんでやっていたじゃない……!」
どういうわけか、突然目の前で仲間割れを始めた。
呆然とその光景を見ていたが、彼女達の姿を改めて見てふと思い出した事があり「あっ」と声をを出してしまった。
私の声に反応したのかピタリと口論は収まり、こちらを見る。
「貴女達は実行委員会に入れなかった方ですね」
「え、えぇ……そうだけど」
「それのあてつけか何かで、私にこんな事しているのですか?」
「まぁ、……そうよ」
なんとも歯切れの悪い返事だったが、素直に白状した。
もしそうだとすると、なぜ今更なのかが不審だ。
聞いてみて答えてくれるか分からないが、あまりあてにしない程度に聞いてみようと思った。
「どうして今更こんな事を……?」
「……マーニー様が居なくなったからよ」
「そうよ、貴女の鞄をズタズタにした時にマーニー様に物を壊すようなそういう事はおよしなさいと言われて止めたけど、今はマーニー様も居ないから貴女をクリス様から遠ざけるために始めたのよ。それがこんなにすぐバレてしまうなんて」
マーニーが止めていたというのは驚いたが、脅した際に彼女たちを抑制しろと言った事を一応実行はしていたようだ。
理性を失って暴走した彼女も、かつてはプライドの高いリーダーだったという事かと脳裏であの恐怖のシーンを思い返したが、冷や汗が出て来たためやめた。
思ったより、私の中でトラウマになっているのかもしれない。
再度バケツを見てから彼女達をじとりと見つめれば、不服そうに揃って同じ眼差しで睨みつけられた。
それに怯まずにジッと見つめ返す。
――彼女達は、頭が弱いのかな。
学習能力のない彼女達に、文句を一つ入れるべきだろうかと考えているうちに向こうの口が開いた。
「……何よ、私達も学園長に言いつけるつもりなの?」
マーニーの一件で彼女達をこちらにつけると大変な事がわかったため、それを学習してこちら側につけるのはしないつもりだが、この件をわざわざ学園長に報告する必要はないと思った。
ただ、今後一切こういう事をしないで欲しいと言って彼女達は理解してくれるのだろうかと、顎に手を置いて考える素振りをする。
「何よ、早く言いつければいいじゃない」
「いえ……今後一切、貴女のお仲間に私達の邪魔をしないと約束できるのであれば見逃しても良いと思っているのですが」
「何よ、偉そうな言い方ね」
「……貴女達、鞄をめちゃくちゃにしたのでしたっけ」
「えぇ、認めるわ」
「……絶対、貴女達またこういう事しますよね……」
「えぇ、するわね」
――するんかい。
ツッコミが、心の中で留まっただけ救いだろうか。
困ったふりをしながら、どうしようかと考えていると、ぽんっと手を叩いた。
その私の行動が理解出来ないのか、怪訝そうにこちらを伺っている。
話が分かるのに、どうしていじめは止めないのか。
恐らく嫉妬からなのだろうけど、だからと言って許される事ではないため。
私だってもう誰かに手をあげるのは懲り懲りだ。
――手を上げると、手も心も痛い……。
鞄を滅茶苦茶にされて、トイレで水をかけられ、シューズボックスの中は確認していないがあれはおそらく腐臭だ。
何か死骸か腐った何かでも入れたのだろう。
正直ここまでの根性だ、本気で親衛隊をやっているのだろうが、私は親衛隊に目をつけられるような事はしていないつもりだ――いや、クリス様と関わってる事自体が問題なんだろう。
でも目の敵にされてしまったのだから仕方がない。
「分かりました。私と勝負しましょう」
「……え?」
「来週から試験が始まります。私最近あまり勉強が出来ていないので不安ですが……」
「え?」
「今回の試験の順位か、貴女の得意な教科でも構いません。貴女が私より勝っていれば、今後私は生徒会室の出入りをやめましょう」
「何を言っているの……?」
「だめですか? 私に危害を加えている段階で、貴女は正直クリス様に嫌われてしまったり、親衛隊の存続すら危ぶまれるかと思います」
「……っ」
直球な物言いに、女子生徒達は唇を噛み締めながら表情を歪める。
「それを私は無かった事にするので、今後もこんな事されたらたまりませんからね。来週の試験で勝負して、私が負けたら彼らに近付くのも止めましょう」
「私達が負ければ、今後一切貴女に危害をくわえないという事ね」
「……厳密には、この件に関して全て手を引いてください。こちらは真面目に活動をしているので、妨害されてしまえば生徒会の人達にも迷惑です。言っている意味はご理解いただけますか?」
煽るような言い方をわざとして、見据えるように視線を向けると、キッと鋭く睨み付けられた。
さあ、早くこの挑発に乗って来いと心の内で訴える。
「馬鹿にしないで、これでも学年順位は……五位以内なのよ」
「……へぇ、そうなんですね、知りませんでした」
わざと間が空いたのではない、本当にぽかんとしてしまった。
思うままに口に出してしまい、私が彼女を眼中に入れていないと言葉で表すと悔しげに表情を歪めた。
「っ……!」
ちなみに私は、前回の試験で学年ニ位だ。
彼女はどこの順位にいるのか分からないが、五位以内と言っていたから私よりは下なのだろう。
スティは一位で、クルエラは十位以内だったはずなので、もしかしたら三位とかその辺なのかもしれない。
あれだけ自信満々なわけだし。
――っていうか、クルエラ十六回も逆行してたらテスト内容丸暗記してるんじゃないの?
途中から勉強すら諦めたという事だろう。考える事をやめた。
マーニーに気を取られていたせいで名前を忘れてしまったため、後で誰でもいいから学年順位を教えてもらおうと片隅に置いた。また忘れそうだが……。
――勉強期間は数日、それだけあれば何とか出来る……と思う。
今日からは活動が休みだから、勉強する時間に当てられそうだと内心安堵した。
「……わかったわ。シャルティエ・フェリチタ……貴女には絶対負けないわ」
「お手柔らかに、それでは失礼しますね。……あと、そのバケツの汚水はきちんと処理してくださいね」
何とか穏便に済ませられたと心の中で泣きながら喜びつつ、平静を保ってお手洗いを後にすると鼻がむずむずして廊下で「くちゅんっ」と小さいくしゃみをしてしまった。
クルエラがほっとした表情で迎え入れてくれたのに、くしゃみを見られてしまってクスクスと笑いながら「お大事に」と軽く言われた。
寒気がするが、今日はそんなに冷える日ではないのにおかしいな。
その後、二人で教室へ戻り、スティにそれとなく報告をすると「大人になったわね」なんて褒められてなんだか複雑な気持ちになった。
2019/08/16 校正+加筆
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