第33話
親衛隊の女の子達とテスト勝負の約束をした後、早速テスト範囲の再チェックをしていた。
実行委員の書類確認がわずかに残っているが、口頭でクルエラに伝えておけば後は何とかなるものばかりだ。
彼女が、有能な委員長になってくれて私は嬉しい。
「シャル? あまり無理をしちゃダメよ。あと、お兄様がとても心配していて会いたがっていたわ」
「そう言えば今日というか、最近クリス様見ないね」
「今日はお休みなのよ。最近仕事がたまって来ているて連絡が来てて、流石に痺れを切らした執事が泣き言を言い出したそうだから伯爵邸に戻っているの」
なるほど、やけに寂しいわけだ。
……って私は何を考えているんだ。まだ恋人でもないし、クリス様が私に何も言わないで学園を離れているのが寂しいとかそんな事はないはずだ。
ない……はず。
無意識に、しゅんとしていたようで、スティが笑いながら「明日には戻ってくるから明日なら会えるわよ」と言ってくれて少し心が軽くなった。
本当に私は、クリス様の事が好きなんだなあとしみじみした瞬間だ。
「まだシャルはクリストファー様とお付き合いしていないの?」
「へ……!? な、な……なんで……?」
――ってなんで私も若者みたいに動揺してるの!?
不意打ちな質問におろおろと返事に困っていると、クルエラも顔をニヤニヤしながらこちらに身を乗り出してきた。
「私も気になるわ! お似合いな二人なのに……」
「スティもやめて……、恥ずかしいから……」
両頬を抑えて熱を取るが、なかなかおさまらない。
恥ずかしくてきゅっと目を閉じると、突然ふらついて慌てて目を開いた。
私の体が傾いた事に、驚いた二人は私の腕を掴んでぎょっとしている。
「ど、どうしたの!?ふらふらじゃない!」
「え?……そう言えば熱くて……」
「最近無理していたから風邪ひいたんじゃ……」
ぴたっと私の額にクルエラの細くて柔らかい手が触れられて、彼女の手は冷たいようでひんやりとして気持ちが良い。
どうやら本当に熱があるようで、クルエラは慌ててスティに何かを相談しているようだが、もうぼんやりしてきて会話がうまく聞き取れない。
「シャル、帰りましょう?」
「大丈夫だよ……。それに、試験勉強もしないと」
「とりあえず、保健室でもいいから熱が下がるまではゆっくりして?」
「だめだよ。それじゃなくても、私最近実行委員の事ばっかりなのに」
ぼんやりしていたが、スティの『帰れ』と言う言葉に急に意識が持ち上がっていく。
まだ三日目だ、月もののせいかもしれないし、水をかぶったせいで風邪引いたとかではないだろうとどうにか自分に言い聞かせる。
「体調不良で勉強が出来ないなんてよくある事じゃない。それに前回二位なんだから大丈夫! きっと!」
簡単に言ってくれる、この可愛いヒロインは。
もし相手が三位ならば追い抜かれないよう私は普段より頑張らなければならないのだ。
ここで寝ている場合ではない。
しかし、このままここにいても二人に心配させてしまうなら部屋に戻って自習していた方が良いかも知れないと荷物をまとめて立ち上がる。
すると、二人は言う事聞いてくれたとほっとした表情に変わった。
聞き分けなくて悪かったなちくしょう……。
「……じゃあ、私帰るね」
「一人で大丈夫?」
「うん、すぐ近くだし一人で大丈夫――ごめんね、二人とも」
ふわりと笑って見せれば、大丈夫そうだと判断してくれたようでそのまま軽く手を振って教室を後にする。
道中で水道水を水筒に入れて補充してから、その足で若干ふらつく頭に気合を強引に入れて、寮まで帰る体力が無いことに気づく。
途中で力尽きそうだと、自力で今帰る危険性を考慮して女子寮ではなく、一番人が来なさそうな立ち入り禁止の屋上へ向かった。
――背後で、誰かに見られている事にも気づかずに……。
屋上にいつも通り忍び込み、ここ最近は勝手に出入りするせいで鍵も完全に開け放たれたままになっている。
優等生のシャルティエ、とはよく言ったものだ。
どこが優等生だと言われてしまっても、言い訳のしようもない仕方ない。
しかし、ここは本当に心が落ち着く、出入り禁止になったのはなにか理由があるからなのだろうけど、今の所はそんな気配はない。
よくある事だ、何か起きる前に事前に出入り禁止になったりなんて珍しい事ではない。
――じゃあ、なんで庭園なんてあるんだろうって言うのが普通の疑問だけど……。
そんな庭園にある東屋が、今の気候と相まっていい感じに体を楽にさせてくれる。
暑い夏なのに気持ちのいい風が入ってきて、上がった熱も、汗が風を掠めて多少涼しくなった。
先日の水で風邪でも引いてしまったのかも知れないが、最近は忙しかったから免疫も落ちているだろう。
なんでも一気に立て続けに来るものだから、私の体は悲鳴を上げていたようだ。
東屋のベンチに腰かけ、鞄から昼食のサンドイッチを取り出して少しでも胃に入れておこうと口にする。
熱っぽいけど気持ち悪くはない、食べる程度なら大丈夫そうだ。
もう片手では、試験範囲に付箋を付けたノートを膝の上に広げてページをめくる。
――静かで集中出来ると思ったけど、熱のせいかあまり頭に入ってこないなあ……。
人間体調を崩すと、一気にポンコツになるようだ。それはどんな人間でもだ。
諦めて視線を空に向けて、蔓の巻かれた網状の天井を見て気を紛らせようとすると、頭上からこちらを見下ろす人物と目があった。
一瞬間が――と言うより、頭が若干朦朧としていて突然で反応が追いつかなかった。
「は……え……? あたmどうして……っ」
「シャルが水をかけられたと聞いて、心配で仕事にならなかったから早く戻って来たんだよ」
気配もなく、いつの間にか頭上で綺麗な笑顔を見せるクリス様が居た。
驚きすぎて言葉が詰まったが、直ぐにその答えが返ってきて頭を両方から挟まれて首を下ろされる。
されるがまま下を向くと、前に回り込んで人の顔をじっと見ていた。
「穴が、あきそうです」
「じゃあ、早退したと聞いて追いかけてきたのに、どうしてここに来ているのか教えてくれるかな?」
痛いところをストレートに攻めて来る事に狼狽しつつ、なんて言い訳をするか考えたが、そんな事自体が無駄な抵抗だと観念して「ごめんなさい」と謝罪するしかなくなった。
素直に謝る私にふっと笑い、広げた荷物を勝手に全て鞄に押し込むとそれを私に渡し、その状態から膝の裏と背中にしなやかな男性的なしっかりとした腕が差し込まれて軽々と抱き上げられてしまった。
「えっ……あの、クリス様」
「風邪をひいて熱が出ている、ってスティから聞いていたから。こんな所に居たら悪化してしまう、せめて保健室で横になって欲しいんだけど?」
流石は兄妹、同じこと言った。
いつもであれば、優しく頼むような言い方をする彼が『異論は認めない』と容赦のない声色で言い捨てる所をみると、完全に怒っているだろう。
これ以上はこんな理由で怒らせたくないから諦めて「保健室で寝ます」と言い残してギュッと鞄に抱き締めると、私を抱き上げる腕が強まった気がする。
「保健室まで眠っていいよ」
「でも……」
「僕はそうして欲しいな。これ以上心配かけたくなかったらそうして」
そう言われてしまえば従うしかないと、心配させてしまってさらに迷惑までかけてしまった事に罪悪感を感じる。
来週の試験勉強は期待できないなぁと思いながら、運ばれている間、廊下で人に見られる恥をどうにか胸板に顔をうずめて隠し、クリス様の香りに心落ち着かせて腕の中で眠りに付いた。
2019/08/17 校正+加筆
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