シャルティエのテスト期間編
第28話
翌日、昨日の騒ぎが早速噂になり学園中で話題になっていた。
〝号外。マーニー・フランチェスカ子爵令嬢。シャルティエ・フェリチタ辺境伯令嬢に横恋慕目的で暴動を起こし、それを庇ったクリストファー・シュトアール伯爵に傷を負わせる。〟
寮から学園までの道すがら、号外だと叫びながら新聞部の生徒が紙を配りまわっている所を一部だけ受け取り、スティとそれを広げて一緒に覗き込む。
「まぁ……、見出しはなかなかいい出来ね」
「いやいや、違うでしょ。付き合ってないのに横恋慕って何……」
そこには“マーニー・フランチェスカ嬢がクリストファー・シュトアール伯爵の婚約者であるシャルティエ・フェリチタ嬢へ暴行を加え、それを庇って怪我を負う。
グランツ・フリューゲルス殿下に取り押さえられ呆気なく完全敗北となった。”――と書かれており、婚約者でもないし、ただただ私が逆恨みに遭っただけなのにとんでもないドラマに仕上がっていた。
危うく、大暴走の暴れ馬令嬢に轢かれて死ぬ所だったわけだが……。
クリス様たちが助けに来てくれなければ今頃どうなっていたか分からないが、もうこんな思いは沢山だと思う反面、これでマーニーの脅威に怯える心配は無くなったも同然だと安堵した。
――でも、マーニーの暴走を助長させたのは私だし、もっとよく考えて行動しなきゃ。
最近の私は、とくに感情的になり過ぎている気がする。
月の物のせいもあるが、それにしてもひどい物だ。
まるで制御が効かないと思う感覚で、何にしても私も反省点が多い、素直に猛省した。
「これで、親衛隊も少しは大人しくなってくれると嬉しいんだけど……」
「そうなると良いわね。でも気をつけるのよ? 鞄を裂いた犯人はまだ見つかっていないのだから」
そう言えば、あれっきり過去の話になっているが、あれの犯人はマーニーでは無かった。
一旦こちら側に付けていた期間に本人に聞いたが、知らないの一点張りだったため、渋々それを信じた。
嘘の可能性はあったが、あの様子だとおそらくしていないのだろう。
脅しかけた時に、一切それに関して触れて来なかったから彼女は関わっていないのだと確信した。
もしかしたら今後も、また反発があるのかもしれない。
そう考えながらスティには荷物を預け、指定通りに学園長室に一人で訪れた。
ここは学園長室、周りを改めて見回すとマホガニーのピカピカな家具が色々と揃えられており、ここで住めるのではないかと言える程の一室である事を今更知った。
そしてとても広く、いくつか扉があってどこかに繋がっているようだ。
好奇心はあっても、恐ろしくて開けようとは思わない。
もしかすると、実のところ学園長はここに住んでいるのかもしれない。
外に出掛ける所もあまり見た事がないだけに、単純な推測だからあまりあてにならないが、客観的にそんな気がした。
「学園長先生、私の事はシャルティエで結構です……。普段からファミリーネームで呼ばれ慣れていないせいで、自分だと分からない時があって反応できないんです」
「そうか、ではシャルティエ君。今回の件に関して君から報告を受けたい」
あっさりと呼び名を改めて、すぐに本題に移ろうとする学園長に私も背筋を伸ばして表情を消した。
「……はい、はっきり申し上げますと、今回の一件は私に落ち度があると猛省しております」
「……と言うと?」
「彼女をこちら側につかせるべきではなかったと最初から薄々そんな気がしていたのにもかかわらず、それでもこちらに引き込もうとしたことが原因だと考えております。これは、私の判断ミスが招いた事だと反省いたしました」
自分の反省点を述べると、学園長は学園長専用の机の方に置かれた豪華な一人がけのクッション性の高い椅子に深々と腰掛け、髭のない綺麗な顎に手を添えて考えていた。
私は、これ以上何か言うべきかと悩んているうちに向こうから口が開かれた。
「この学園で起きる問題に関しては、今後も君に任せて大丈夫と言う事なのかな?」
「……それはつまり、今後も親衛隊に関しての問題は、私に一任するという事でしょうか……?」
「そうだ、失敗はよくある事だ。君がそれで次に活かせるならこれ以上は言わない。……それにこちらも君には恩と詫びがあるからね」
「……え?」
――恩と詫びとは何だろう……?
その後はすぐに会議があるからと追い出されてしまったが、学園長の言う恩と詫びとはなんだろうとずっと考えながら教室へ戻った。
教室に遅刻して戻ったが、教員が「学園長から伺っています。席に戻ってください」とやんわりとした口調で言われたため、それに従い席に着くと小さい紙が隣から置かれた。
それの差出人でもある隣に座るスティへ視線を向けると、人差し指一つににっこりと微笑む姿があまりにも可愛くてそれが不思議とホッとする。
そして可愛くて小さな口が、パクパクと動く。
《よ・ん・で》
教員の視線がこちらにない事を確認した後にこっそりと紙を開くと、今日は読み上げに当てられるのが私で、読み上げる箇所が詳しく書かれていた。
ちらりと横目にスティを見ると、何が嬉しいのかとても機嫌が良さそうだった。
それに対して真似をするように、私も口パクをする。
《あ・り・が・と》
その後の休憩時間に何故嬉しそうだったのかを聞くと「授業中に手紙を渡すなんて少し悪い事をしているみたいでドキドキしたわ」と貴族のお嬢様らしい好奇心を見せたのを見て私も笑ってしまった。
真面目なだけにチープなスリルを少し楽しんだ程度だろうが、満足そうだった。
それ以降の授業も、昨日参加できなかった分は全てスティがフォローしてくれた。
一日抜けただけで追いつくのに苦労しそうだと、流石は由緒あるカーディナル学園だなとしみじみ実感する。
劣等生は存在しないとは言い切れないが、この勉強に付いてこれなければすぐ辞めさせられるだろうし、厳し過ぎはしないが実力主義な学園だ。
だから身分を行使してもあまり意味がない。王太子は流石に事が過ぎるとマーニーのようになってしまうのだが。
昨日の一件で、スティにも後から知らされて顔を青くしたクルエラにまでいい加減に体休めるためにも休めと言われたが、学園長に呼ばれているから休むわけにもいかなかった。
――それに、みんなの顔見てるほうが安心するし。
あっという間にお昼休憩になり、昼食をとる前に私はお手洗いに離席した。
この世界の学園のお手洗いは随分と綺麗で、作りは日本と何ら変わらないのだが、それでも内装はどこかの屋敷を使い回しにして使ったのかと聞かれてイエスと答えられても疑わないくらいにはそこそこおしゃれだ。
ここを設計した人間の気位の高さが伺える。
「そもそも設立するためにここを建てたのかな……?」
ボソリと呟いてみるが、その返事はどこからも降ってこない。
電気も通っていて水洗トイレだ。
流石に、便座に温度もないしウォシュレットも付いていない。
そんなこんなでその綺麗な個室へと入り、便座に腰掛けすぐ気を緩めた時だった。
「っ!? つめたっ」
バシャッと突然頭上から降り注ぐ冷たい物に、一瞬何が起きたか分からず、ぽかんと間抜けな顔になる。
そして、上を見上げるが人の気配はなかった。
ジッと今起きた事を理解するために、ぼんやりと自分の身なりを確認する。
制服はびっしょりと濡れていて、お気に入りのストロベリーブロンドはじっとりと毛先のカールも伸びていた。
ひとまず、用事を済ませて立ち上がり、ぽとぽとと滴り落ちる水滴を見て何故だか怒りは出てこなかった。
――また面倒な事になってしまったなぁ……。
面倒な事がまた起きてしまった事による疲弊感だ。
こんな小学生レベルの所業に、嘆息だけがお手洗いの個室に響いた。
2019/08/16 校正+加筆
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