第27話

 


 死ねと殺すと面と向かってこんなに直接殺意を向けられたのは人生初めてで、どうすれば良いのかも分からず、上手く動かない体を丸めて頭を抱えた。

 また死ぬのかと覚悟して目を閉じたが、痛みが全く来ず、死んでまた違う人間になってしまったのかと震えた。

 顔を上げるのが怖い。

 せっかく仲良くなったクルエラや、幼馴染なのだからと言いながらずっと仲良くしてくれているスティ、私に好意を抱いてくれているクリス様、この前やっと距離感を取り戻したグラムの事が脳裏に浮かび、なかなか頭を抱えた手を外せない。

 恐怖からか、聴覚が現実逃避を起こして何も聞こえない。

 現実を見るのが怖い。

 もしかしたらマーニーが私の手を離すのを待って構えているのかもしれない、もしかしたら死んで知らない世界にいるのかもしれない、どちらも絶望的でそう考えると怖くなった。

 抑えようにも、手がカタカタと震えて止まらない。

 恐怖で、どうにもならない感情が溢れて涙がぼろぼろと出てきてきっとみっともない顔になっていると思う。

 それでも、どうしても怖くて子供みたいに涙が止まらなかった。

 すると、コツンッと足音が近付いてきて体全身が震え上がった。


 ――来ないで、来ないで! ……怖い! 誰か助けて……!


 すると、私の反応でそれ以上近寄ってこない事に気付き、微かに聞き覚えのある声が聞こえたような気がして、ゆっくり腕を退かせて声のする方を見ると、一番いま会いたかった人がそこに居た。


「……シャル」


 優しい声色で自分の事を呼ぶ彼に、安心して涙さらに溢れ出てくる。

 顔がみっともないかもしれない、でも、その顔を今は逸らしたくなかった。

 今は、この人の顔を見て安心したかった。


 ――死んでいなくてよかった……。まだ、この人の顔が見れる。


 クリス様は慌てて来てくれたのか、額に汗を滲ませて優しい面持ちこちらに微笑みかけてくれている。

 そして、ゆっくり両手を広げて待っていた。

 今すぐその胸に飛び付きたいのに腰が抜けて動けず、まだ震えが止まらない。

 こんな情けない私を今すぐ抱き締めて欲しい一心で、どうにか体を動かして両手を広げると、ゆっくりこちらへ来て、優しく壊れ物を扱うように抱き締めてくれた。

 鼻に通るクリス様の香水の香りに、少しずつ落ち着きを取り戻し、気が抜けていく感覚にまたホッとして吐息した。

 その温もりを感じるため、ゆっくり目を閉じる。


「シャル、怖かっただろう」

「クリスさま……しぬかとおもいましたぁ……」


 情けなく弱々しい声しか出ず、優しくトントンと背中を撫でてあやしてくれるクリス様の手が暖かくて落ち着く。安堵からまた涙が出てくる。

 これでは制服を濡らしてしまうと分かっているのに、そうしても離れ難かった。

 そして、不思議と自分の背中が濡れているような感覚がして、少しだけ嫌な予感がして頭が冷えた。


「クリス……さま?」

「シャル? どうしたの?」

「どうしたのではありませんよ。……手を見せてください」


 とぼけるクリス様にさらに嫌な予感がして、その腕から離れようとするが、強くしっかりと抱き締められ動ける状態ではなく、肩の向こうを見回すとそこにはマーニーを監視するグラムがいて声を上げた。


「グラム! ……グラム助けてください!」

「シャル? どうし……クリス! 手を見せろ!」

「……せっかくシャルを慰めているのに……」

「そのシャルの背中が、お前の血で血塗れになるから離れろ!」


 グラムの台詞で嫌な予感が的中してしまい、どうにか手を借りて強引に離れるとそのまま真っ赤に染まるクリス様の右手を掴んだ。


 ――やっぱり怪我してた!


 傷口を掴んでしまったのか、一瞬綺麗な顔の表情が歪んだ事を見逃さず、保健医の先生に治療を任せると、こちらを名残惜しそうに見つめてくるから「また後で」と伝えて離れた。

 そこにスティと男性の教員が流れ込んで来てマーニーが運び出されていくのを見送った。

 もうその頃には震えはおさまって、泣いてぼろぼろになった顔や髪を整える余裕が出来た。

 その姿を見つけたスティがこちらに駆け込んできて、その勢いで抱き締められた。


「シャル! 無事だったのね!」

「スティ……! 心配かけてごめんなさい……というか離れてスティ、汚れちゃうから」

「そんな事気にしなくていいのよ! 貴女は自分の心配だけしていればいいの!」

「えぇ!?」

「――所でその血は何? ……怪我したの?」


 スティが血まみれの制服を見て怪訝そうに背中を見つめるが、自分の血ではない事を分かっている私は、クリス様の方を向いて「あれ」とだけ言うと、顔を青くしてそちらに駆け寄る。

 治療されているクリス様を見ると、私の方を見ながら処置を受けていて、「シャル……」とうわ言のように呟きながら立ち上がる度に、先生にじっとしない頭をパシンッと叩かれているのがなんだか面白くなって口元が緩んだ。

 それを見たスティも大したことないと理解したのか、こちらに戻って私の手を握って優しく撫でた。


「シャル、思ったより平気そうね」

「うん、クリス様が助けてくれたの……」

「俺もだぞ」

「あはは、ありがとうございます。助かりました」


 スティに、クリス様やグラムに助けて貰った事を改めて報告すると、安堵してぎゅっと抱き締められた。

 胸の大きいスティに、こうして抱き締められるとすごく落ち着くなんて言ったら二度と抱き締めて貰えないだろうから我慢した。

 これが母性かと呑気なことを考え、すぐそばで視線を感じてそちらに目をやると、恨めしそうにグラムに睨まれた。

 女相手なんだからこれくらい許して欲しい。

 その後、マーニーは学園の地下にある不審者を捉える牢屋へとひとまず押し込められ、しばらく様子を見る為に運ばれて行った。

 牢屋とは言っても、ベッドもあるし鏡台やトイレもついていて普通の客室のような物だと教員に教えて貰った為、ひと安心した。

 その話を聞いた直後に、学園長のケヴィンが保健室まで顔を出してくれた。

 私に、明日は話があるから朝一番に来るようにとだけ言い残して去っていった。


 ――生徒会ではなく私だけとは一体……。



2019/08/15 校正+加筆

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