第21話

 


 生徒会長の机にみっともなく座るマーニーと、それに弄ばれるホースの二人の視界に入るようにわざと音を立てて扉を開けて顔を出す。

 そこに同じように、ひょっこり顔を出すクリス様。

 突然の私達の登場に「えっ」と声を揃えて驚く二人に、私も目を見開いて驚くフリをしてすぐに冷静な表情に変える。


「ごきげんよう、マーニー様。こちらで何を――と聞くのは無粋ですね。見てしまいました」

「こ、これは!」

「しゃ、シャルティエちゃん! 違うんだ! クリストファー副会長! これは誤解です!」


 クリス様は、にこにこした笑顔を維持したまま足早にホースの腕を掴んで生徒会室を出て行ってしまった。

 あれはきっと怒っている。

 絶対に怒っている。あんな貼り付けた笑顔あまり見た事がない。


 未だに机に座ったまま動かないマーニーの前へ立ち、「降りてください」と言ったがにやりと笑い、挑発するように私の脇腹へと軽くその足がわざとらしくトンと蹴られた。

 それが私の怒りのボルテージを一気に上げてしまい、気が付くと思い切りパシンッといい音を立てて右頬を叩いてしまった。

 突然手を上げられたマーニーは、驚きのままそっと痛む自分の頬に手を当てる。

 手を上げてしまった後悔が、じわじわと痛む自分の手と共に後に来る。


「〝降りてください〟と言いました。王太子の作業机に座るなんて、不敬ですよ」

「あ、あぁ……貴女……! 私の頬を叩きましたね!? なんて乱暴な方なの!?」

「この不純行為を、王太子の机で行おうとした事実は棚に上げるんですか?」

「うるさいわね! 貴女がこの私の頬を叩いた事は先生にも報告させていただきます! なんて野蛮なのかしら、クリス様にも聞いていただかなければ」


 話を聞かないマーニーが『クリス様』と言った瞬間、また私はカッとなって手を上げてしまった――そしてまた後悔した。


 ――私ったら二度も……! やってしまった事実は変わらない。怒られたら甘んじて受け入れよう……。


 こんなに感情的になったのは初めてで、二度もビンタをやってしまいじんじんとする自分の手を撫でながら、気持ちを落ち着ける為に深呼吸をする。

 相当な罪悪感を感じてしまい、我ながら悪役に向いていないなとしみじみ感じる。


「ったいわね! 何をするのよっ!」

「クリス様を気安く呼ばないでください。それは、私達幼馴染だけが許された愛称なんです」


 苛立ちが募り、クリス様を勝手に愛称で呼んだ怒りがあらわになる。

 その感情も相まって、彼女を汚物を見るように睨みつける。


「この件は学園長に報告します。貴女が学園で生活する事が難しくなると思いますがそれくらい覚悟してくださいね」

「なっ……!」

「――それとも、この期に及んで救いでも求めますか? この消えて欲しい私に」


 ふと思いついた事を実行する為に、挑発的にちらりと横目で見る。


「校則でも〝不用意な生徒会室の使用や関係者以外の許可なしでの侵入は禁止する〟と明記されていますよね。それは、親衛隊の貴女がよく知っているはずです」

「そんな……、こんなはずじゃ」


 自分へのペナルティを恐れているのか、普段からそんなに目立つ方ではない私に脅されている事に怯えているのか分からない。

 しかし、マーニーは、保身のために慌てて私の足にすがりついた。

 その姿があまりに滑稽で口角を上げてにやりと笑ってみせる。

 それをどう捉えたのか、その強気そうな瞳が絶望一色に染まるのが見える。


「見逃して欲しいですか?」

「……え?」

「このまま、生徒会室で不埒な行為を行おうとし、生徒会役員を利用して私をどうにかしようと企んだ事実、そして王太子でもあるグランツ生徒会長の机に尻を置いた不敬――そして、私を怒らせましたね?」

「それは……」

「それでも見逃して欲しいですか?」


 問い掛ける言葉を強め、まるで悪巧みを考えるような顔で見下ろして吐き捨てる。

 これだけで罪悪感で胃がキリキリする。

 それをこらえながら、救済を見つけたような表情へと変わっていく彼女の顔に自然と笑みが溢れる。

 それに縋るように強く何度も何度も頷いてぎゅっと私の制服のスカートを握る。

 皺が出来そうだと小さく吐息して、スカートを引っ張って引き剥がす。


「ご、ごめんなさ……申し訳ございません! ち、父には話が通らないように……していただきたいです……」

「そうですか。……分かりました」

「で、では……!」


 ぱあっと先程とは全く違う少女らしい笑顔に変わる。

 こうやってみればマーニーも可愛く見える。

 見えるだけ……見えるだけじゃないと情が入ってしまう。

 一度目を閉じて深呼吸をしてから、再び彼女を見た。


「……この学園祭の準備期間中、貴女には私の言う通りにしていただきます」

「シャルティエ……さまの?」

「はい、貴女が率いる親衛隊の方々が、この準備期間に何かをしでかそうとした時は、すべて貴女が上手く阻止していただきます」

「は、はい……」

「出来なければ罪は貴女の責任として一緒に連帯責任を取っていただきます」

「えっ」


 容赦のない言葉に、マーニーは目を見開く。


「……そもそも、内申稼ぎをするべき生徒の将来を考えてこの実行委員会を発足したので、貴女もそれに利用させていただきます。もちろん、この事は黙っておく代わりに、貴女が私に協力してくれた分の内申をきちんと報告させていただきます」


 自分の内申まで回復するとホッとしたのか、気の抜けた表情をしてうんうんと頷いた。

 それをみて満足げに私も笑う。


「働き次第では、大変光栄な評価を頂ける事もありますよ。悪い話ではありませんよね?」


 私の提案にそれなら簡単だと嬉しそうに頷き、そして地べたに座り込んだまま頭を垂れた。

 一つの問題が解決し、ほっと胸を撫で下ろしていると、タイミングよくクリス様がホースの首根っこを掴んで戻って来た。

 掴まれているホースは、だらりと項垂れていていつもはチャラいのに元気が無くなって反省の姿が見えたような気がした。よっぽど恐ろしいお説教を貰ったに違いない。

 クリス様のあの笑顔は確実にキレていた。

 私ですら彼の怒った所を見た事がないし、ゲームでもそんな素振り見た事がないからレア中のレアだ。


 ――正直うらやましい。私も怒られてみたい……って私変態みたいだ。


 上手く親衛隊のリーダーを取り込めたのは完全に予定外だったが、感情的になってしまった私の不手際を上手くカバー出来た気がする。

 まだ不安は拭えないが。


「でも生徒会室へ入るのは固く禁じます。貴女のつるんでいる方々の監視をお願いしますね」

「は、はい! シャルティエ様……ありがとうございます!」


 そう言うとさっさと出て行ったマーニーを、生徒会室の入口から顔を出して見えなくなるまで見送る。

 去り際、私ににやりと微笑みかけていた事には私は気付かなかった――。





 ひと段落着いた所で、ちらりとホースを見ると「ご、ごめんなさい……」と消え入りそうな声でそれだけ言うと、クリス様はぱっと手を離してドサりと落ちる。

 流石に、実行委員会の仕事をやりながら反対派でもある親衛隊を監視したり、行動を把握するのは大変だ。

 人数が多いという意味でも……。

 これである程度の情報は入ってくるだろうとホッとして、物置部屋に置いてきた自分の鞄を回収して椅子に置き、中からハンカチと取り出して水筒の水を出して含ませて机を綺麗に拭いた。


「ホース様、本当に最低ですね」

「面目ない……、でもシャルティエちゃんをどうにかしようとは考えていなかったよ! それは本当だから!」

「最低だよ、ホース」

「クリストファー副会長までぇ!」


 後ろで一生懸命弁明するホースにイラっとしつつ、机を拭いていた状態のまま上半身だけ声のする方を向けてにこりと微笑む。

 その顔にホッとして居るように見えたが、チャラ男は嫌いなのだ。

 一旦痛い目を見せてやろうと、スッと真顔になって言い放った。


「私が、〝貴方ごとき〟で何かどうにかされるなんて屈辱的です。甘くみないでください」

「シャルティエちゃん〜! 本当にひどいよ〜!」

「シャルを、気安く呼ばないで欲しいんだけど」


 そう言って、バシンッとホースの頭を平手で殴るクリス様。

 男子相手には結構容赦のないクリス様が、なんだか面白くてくすくすと笑っていると、放課後の最終を告げるチャイムが鳴り。

 それをタイミングに帰る事になった。

 この事は、帰ってスティとクルエラにはきっちり報告をした。

 すると、グランツの机の事で怒った事や、その後にちゃんとその机を拭いたと言ったら、それが余程面白かったらしく、声を出して笑われて「明日グランツ様に報告するわね」と言われてしまい、次に顔を合わせる事を想定して気恥ずかしくなった。

 そして今日の私は本当に〝なってなかった〟と思う。


 ――手を上げたのは本当に、〝なってなかった〟……最低だといっても過言ではない。


 それにマーニーを手下のような扱いにして見逃してよかったのか、それがまだ一抹の不安が残っていた。行動にするには早計だったかもしれない。

 さっさと学園長に、突き出してしまうべきだったんじゃないかと悩んでいた。

 感情的になり、手まで上げ、生徒会の関係者でもない私が責めるのはお門違いだっただろう。

 幸いにも、マーニーがそれに関して問い詰めて来なかったのは運が良かった。思ったより頭は良くないのかもしれない。

 反省を込めて、スティとクルエラに平手打ちを頼んだのだが、ペチッと軽く叩かれただけで、生ぬるいからちゃんとしてと頼んだら抱き締められてしまった。


「シャル、そんなに自分を責めちゃだめよ」

「そうそう! 私なんてもっと失敗してるから責められないし」


 二人の優しさに、心温まりながらその日は眠った。



2019/08/15 校正+加筆

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