第20話※

 


 生徒会室の物置部屋に連れて行かれ、更には子供のような抱き上げられ方をされながら覗き窓を覗き込むと、マーニーとホースが入って来た。

 誰も居ないと思っているのだろうか、返事をしていないから分からないだろうけれど。

 まさか私達が隣の部屋で見ているなんて知る由もない気の抜いた二人は、手を繋いで中へと入るなりマーニーは生徒会長専用の質の良い机に乗って座った。

 そして、誘惑するような体制でホースを艶かしい眼差しで見つめる。


「な……っ」

「シャル……」


 グランツの机に尻を置くなんてと、心なしか悔しい気持ちが芽生える。

 声を上げそうになるのを、こごえクリス様が小声で宥めて押さえ込んでくれたおかげでグッと堪える事ができた。

 視線を戻すと、その目線に吸い寄せられるようにホースは、ジリジリとゆっくり近寄りあと一歩で触れられそうな距離で、マーニーは足先を伸ばしてそれを制する。

 ただならぬ空気に、抱き上げてくれているクリス様のブレザーをやり場のない感情のままきゅっと握ると、小声で「下ろそうか?」と声をかけてくれるが首を横に振る。

 しかし、この状態はとても恥ずかしい。

 でも、生徒会室に部外者が侵入して、グランツの机に尻を置いて、更にはいかがわしい事を始めようとしている彼らを止めるべきなのではないかと悩んだ。


 ――どうしよう、これは止めなければいけないんじゃ。


 幼馴染でもあり親友の婚約者でもあり、仮にも王太子の机だ。

 身分を振りかざさない暗黙のルールだが、それでも立場は変わらない。

 そんな机に、図々しくも尻を置く不敬を理解できないのだろうか。

 正直、これだけで色々と処罰が下る。生徒会室での淫行、王太子の机に座っている不敬……笑い事ではないのだが、何故かクリス様が笑っているように見えた。

 しかし、学園長に頼まれた通り、実行委員に対して何かを起こす為の作戦の一つなのだとしたらこのまま見守って確実なボロを出すのを待つべきなのかと頭を悩ませた。

 ――ように見えたそんな事をうだうだ悩んでいるうちに、マーニーの足先はホースの下半身へと滑る。

 それを顔を赤らめるわけでもなくただただ見ている。

 クリス様もはぁっと呆れの溜息を吐いて小さく首を振った。

 私もイライラして体がウズウズとしてしまう。中身の話だが、大人としてあれは止めなければいけないとようやく動きになった。

 そんな私の苛立ちが伝わったのか、クリス様はひそひそと話しかけてきた。


「そろそろ止めようか……?」

「そう……ですね」


 クリス様の提案に頷いたが、その直後生徒会室から二人の話し声が聞こえてきた。


「ねぇ、ホース様。お願いがあるんです」

「何かな、可愛いマーニー」

「あの、小賢しいシャルティエという子を生徒会から遠ざけられないかしら」

「……あの子が気に入らないのかい?」


 マーニーの足先で腹部を弄ばれながらホースはにやりと笑って言葉を返すと、ふふっと笑った。

 どこのB級ドラマだよ。小物過ぎる会話に笑いも出ない。

 自分の事を言われていても平然としている私を気にかけてなのか、抱き上げるクリス様の腕の力がこもった様な気がした。

 ふいっと振り向くと目の前にクリス様の綺麗な顔がすぐそこにあって、それがなぜか恥ずかしくて慌てて覗き窓の方を見る。


 ――クリス様、ちょっと怒ってた……。


「シャル……」

「な、なんですか……」

「……耳、真っ赤だよ」


 クリス様の表情を見て気まずそうにした私に、耳元で吐息混じりにそう言うと、驚いて耳を塞いだ。

 しかし、これだと話し声がうまく聞き取れない為結局手を放した。

 この行動がまた面白かったのか、私の肩に顔をうずめて笑う声を殺していた。

 まぁ、それくらいなら許そう。

 そしてまた耳をすました。


「グランツ様とエストアールの、あの一件あたりからやけに目立つのよ。それに眼鏡を外してからはとくに男子の視線がそっちへ行ってしまって……なんだか、腹が立つのよ」

「ふーん、妬いているんだね。ここには君しか見ていない男がいるのに」

「ふふ、お上手ね。シャルティエをどうにかしてこの学園から消すくらいしてくれれば、私……貴方の事好きになっちゃうかも知れないわ」


 なんて低い好きの沸点なんだろう。

 呆れて頭の思考も馬鹿になりそうだと、未だに私の肩に顔をうずめたまま戻ってこないクリス様を見下ろすと、スゥーーーッと息を吸う音が聞こえてきて一気に顔が熱くなった。


「ちょっと、匂い嗅がないでください……!」

「はは、さっきの仕返し」


 悪びれた様子もなくにっこり笑う綺麗な頬にぺちっと軽く叩くと、離れてくれてそのまま下ろされる。

 あのやりとりを聞いたら十分だ。というか、もう聞いていられない。

 そして困った事に、どうやってここから出るかと室内を見回す。

 正面突破をしてもいいのだが、気まずい空気になるのが耐えられないから別の経路を探す。

 しかし、道具に封鎖されて開かずの扉と化している片扉を見つけ、音を立てずに出る事は可能か考えたが不可能だろうと判断した。

 ちらりと、背の高いクリス様を見上げて目を合わせると、それだけで分かったのか、小さく頷いた。



2019/08/14 校正+加筆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る