第19話

 


 週末が明けて、実行委員会の腕章を配ってからの数日後。

 まずは、学園祭の催し物の内容からの話し合いをした。

 クルエラは、グランツとクリス様から過去の学園祭で行った事を教えて貰い、資料化してそこから今年は何をするかを決めた。


 最初は心配だったが、この期間は思ったより充実していてスムーズに話し合いも進んだ。

 あんなに騒ぎを起こしたクルエラが率いているにもかかわらず、誰も文句を言わずについてきた。

 彼らも最初は彼女の事を疑っていたが、次第に真剣さを認めてくれたという風に都合よく解釈した。


 ――クルエラ、頑張ってたもんね。皆が認めたくなるくらいには。


 被害者でもある生徒会達が後ろ盾になれば、間違いなく付いてくるのは想定済みだったが、ここまで上手くいくとは思わなかった。

 催し物がだいたい決まり、最低限必要な予算が纏まり、クルエラには学園長に会いに行って報告してもらうべく一度解散とした。





 かくいう私は、拠点の生徒会室でぼんやりとノートを広げて今日の授業の復習をしていた。

 最近は忙しくて授業に身が入らないからこうやってタイミングを見ては勉強しなければならない。


「こんなに早く纏まるとは思わなくて、ここで勉強する事になろうとは思いませんでした……」

「わざわざ空いた時間に勉強をしなくても、シャルは優秀だと思うけど」

「流石に私も人間なので、勉強しなければ学年順位は勝ち取れませんよ……」


 隣に座るクリス様が私のノートを覗き込み、ぴったりと肩がくっつき、制服越しにそのぬくもりが伝わってソワソワする。

 いい香りのするクリス様は、きっとそれなりにいい香水をつけているのだろうか、無意識に、すぅっと息を吸い込んでしまった。


「……ぷっ……ははは。シャルは何というか、分かりやすいね」

「えっ!? あ、ごめんなさい!」


 いい香りがするとつい匂いを嗅いでしまい、それがバレてしまったのが一番恥ずかしい。

 はしたない事だと分かっているが、どうしても〝推し〟の香りだと思うとつい意識してしまう。


 ――そろそろ、推しっていうのやめなきゃな……。


 気持ち悪いと思われるかもしれないが、この香水を特定していつも布団に付けて眠る人は絶対に居ると思う。私はしないが……スティにバレてしまうから。

 今日の生徒会室には、私とクリス様しかいない。

 今日は幸にも不幸にも、グランツがスティの用事に付き合っていて居ないらしい。王妃になる準備とやらだろうか。

 それをよしとしたのか、スライムがくっついているのかと思う程にベッタリとくっついている。

 そして頭に回された手は、私のストロベリーブロンドの髪を指に絡めて遊んでいる。

 念の為説明したいが、私達は恋人ではない。

 先程からずっと髪を触られて、それを掠める首元がざわざわとする。


「クリス様……」

「何?」

「あの……――」


 ――私たちこんな事する間柄ではありませんよねって言いたい。


 ここまで来ているのに、喉に引っかかりを感じてなかなかそれ以上出てこない。

 私の顔を覗き込む綺麗な顔と、赤い瞳は私の視線を捉えて離さない。

 そして、相変わらず髪をいじっている手は止まらない。

 指に絡めてはスッと抜いて落とし、サラリと戻る髪を面白いと思っているようで、何故かそれが気恥ずかしくなる。

 なかなか言いたい事を口にしないでいると、クスッと笑った。


「えーと……、私の髪いじって楽しいですか?」

「そうだね。サラサラしていて、でもしっとりと纏まりのあるシャルの髪は君みたいに素直で可愛いよ」

「か、かわ……」


 馬鹿な話の振り方をしてしまったと後悔したが、まさかそんな風に褒められてしまうとは思わなかった。

 それでも手を止めないクリス様にやめてと言う理由が思いつかず、この恥ずかしい状況も次第に満更ではないような気分になってきた。

 流されてはだめだと顔を振って誤魔化す。


「シャル、手が止まっているよ? 勉強は終わりかな?」

「え、いや……その」


 今度は私の事を指摘されてノートを見下ろすと、殆ど開いた時の状態のままで全然集中出来ていない事を自覚した。


 ――というか、クリス様のせいじゃん。


 どの口が言うのだと言いたげに、唇を尖らせながら不服そうにしている事を示すと、横で密着するクリス様は一度離れて肩にあった温もりが離れて少し寂しく感じた。

 しかし、すぐに肩を掴まれて向かい合うようにさせられる。

 咄嗟に、持っていたペンを机に置いて手持ち無沙汰になって膝に手を置く。

 両肩を掴み、視線を合わせる眼差しに熱を感じる。


「シャル……」

「く、クリス様……あのあの……まって…――」


 口付けされるのかと上目遣いで見上げると、目を細めて笑うクリス様はゆっくりと私の方へと顔を寄せる。

 流されてはいけないと頭で分かっているのに身動きがとれず、唇をまであと少し――の所で、扉が叩かれた。


 ――だ、誰か来た!


 私はびくりと肩が震え慌てて離れようとしたが、クリス様に突然腕を掴まれて、机にある私物を全て持ち、音を立てずに生徒会室の奥にある扉へ導かれる。

 その中には、備品などを管理する物置部屋があった。

 なぜ外の人間に返事をしないのかと問おうとするが、シッと指で自分の唇に寄せる。

 緊迫したような雰囲気なのに、それが何故かクリス様は楽しそうだった為、それに合わせてこくりと頷いて黙る事にした。


 ――隠れないといけない相手なの……?


 音を立てずに物置部屋へ入り、私をここへ連れてきた彼は扉を閉めて少し高い位置にあるガラスの覗き窓から覗き込む。

 それに倣うようにそのガラスを覗き込もうとしたが、背が足りずに一生懸命背伸びをするがそもそも目線も合わない。


「む、無理です……」


 クリス様はこちら見て笑いをこらえながら、正面から両脇の下に手を入れて軽々と持ち上げると、そのまま尻が彼の腕の上に座るような形の子供をだっこするような状態になる。

 自分の体重なんて気にした事ないが、この状態はすごく恥ずかしくて、何より重いだろうからやめて欲しいと首を振って視線を向けるが、顎で窓ガラスの方を指す。

 そのまま、されるがままそれを何も疑う事なく覗き込んだ。

 すると、生徒会室に思いもよらない人物が入っていた。



2019/08/14 校正+加筆

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