第17話

 


 私の大切な私物がめちゃくちゃにされた翌日は放課後に学園の外へ行き、王都内にある学生御用達の流行に合わはせた雑貨が並ぶお店へと行った。

 私、スティ、クルエラの三人のお揃いのボールペンを買ったりなんだかんだ嬉しい買い物をした。

 忙しいのにわざわざついて来てくれたグランツやクリス様は、流石に可愛らしいデザインのボールペンは買わなかったが、不足している備品を補充の為に購入して、なんだかんだ結果オーライとなってある意味犯人に感謝した。

 ちなみに、クルエラには学園長の了承を得て反対派についての話をしたら、案の定――


 《実行委員会を廃止しましょう! シャルティエ様がこんな目に遭うなんて耐えられません!》


 ――なんて言い出したのを、どうにか私が全力で止めた。

 一番優先しなければいけないのはクルエラで、彼女はもっと自分の置かれた状況をちゃんと理解してもらわなければならない。

 貴女が学園長とくっつかないとまた二年生やり直しだぞと。

 すると猫のように大人しくなった。





 そしてさらに翌日、週末の金曜日。

 お昼休憩が明けてすぐのここはいつもの生徒会室、なんと学園長からのありがたい御厚意で午後の授業を免除してもらった。

 今日は、実行委員会の説明会と面接の日だ。

 別室に実行委員会の有志を集めていて、グランツとクリス様にはそれを仕切ってもらっている。

 きっと参加希望者の女子は黄色い悲鳴を上げている頃だろうか。面接は生徒会室で行う為、私物は全て隠してもらった。

 面接中に皆が見ているとは言え、彼女達の中に生徒会のファンが居るのだから盗まれたりして紛失なんてしたら大変だからだ。

 そして私もクリス様の私物が盗まれると考えると、自分の私物を壊された時より怒ると思う。

 こう見えて推しの同担拒否タイプだ。

 好きな人の好きを、共有する行為は残念ながら出来ない。

 話を戻すが、募集期間が二日だけと言う事もあり集まらないだろうと思っていたが、予想を超える人数に天を仰ぐ程に眩暈がした。


「すごい数ですね……」

「でも今日は、生徒会の人も一緒に面接に参加してくれるから、まだいい方ですね」


 目をぱちくりとするクルエラに、私も目頭を指圧してふぅっと息を吐いた後、改めて昨夜一人で夜なべして作った参加希望者リストに目をやる。

 いや、書きながら覚えたから私はこれを見る必要もないのだが……。


 ――文明がイマイチ進歩していないこの世界をどうにかしたいなぁ。


 そして、昨日お揃いのボールペンと一緒に購入した蛍光ペンのキャップを得意げに抜いてキュッキュッと音を立てながらその一覧の〝ある人物〟数名に色をつけていく。

 これだけの為に予備の一覧表を用意した。

 寮で作成時に『コピー機欲しい』とグズグズ言っていたらスティが、興味津々に『それはなんなの?』と聞くものだから、私の前世の世界の物だと説明すると、開発出来ないかとそわそわしていた。

 こういう機械や、ものづくりが大好きな彼女はきっと、この世界の将来を進化させていくんだろうなと思う。

 しかし、彼女は将来王妃になる。そんな事をグランツにさせて――いや、させて貰えそうだな。

 面倒になって考えるのをやめた。


「これは……?」

「私達の敵……と、言えばご理解いただけますか?」

「あぁ……」


 それで察したのか、その色がつけられていく人物の名前をみてクルエラは驚いた様子はなかったが、眉がハの字になっていた。

 まあ、あまり敵として認識して改めて接するのは嫌だろう。私だって嫌だ。

 しかし、この一覧はあくまで生徒会の共有用な為、こんなの面接に持っていって目についてしまえば大事だ。面倒な事になるのなんて火を見るよりも明らかだ。

 警戒している事はバレないようにしなければならない。

 面接用の一覧表には、その人物にボールペンで他人にはわからない程度に目印を付けていく。

 今回の面接の際に、害がありそうな人物はとくに重点的に見ておいて欲しいという意味を込めて。


「これは……具体的に、どう見ればいいんですか?」

「具体的に……、態度とか……。あとは、私の質問に対しての回答に気になった事とかは問答無用で問いただして言ってくれれば」

「なるほど、私は人の見る目には自信がないので、シャルティエ様がそう言うならそれに従います」


 ――なんかこの子本当に私への信頼度マックスかと言いたいくらい忠誠心すごいな。


 クリス様もそんな感じだったが、だんだん私がヒロインみたいな立場になって来ているような気がしてならない。気のせいなのだが。

 そんな事を言っていたら、グランツとクリス様が戻ってきて「準備が整った」と知らされる。

 そこで、ここぞとばかりに一覧表を二人にも配る。


「説明に関してや、実行委員会に関わる事はクルエラ様にお任せします。面接は、主に私が話をしますので、気になった所はどんどん質問してください。ただ、出来るだけお二人は何かするごとにファンの子達を煽るような事になりかねない為、自分から話しかける事のないようにお願いします」

「了解」


 グランツとクリス様の二人が声を揃えて返事をした所で、隣の広い多目的室へと移動した。




 多目的室へ入ると、わざわざこれの為に机や椅子を用意してくれたようで、参加希望者が席についてこちらに注目していた。

 ざっと、女子が四十名、男子が十名の五十人前後だ。

 よくこんなに人が入った物だと感心したが、男子が致命的な程に少ない事に今更気づいて肩を落とした。

 多目的室での説明会ではクルエラに任せた為、教卓の方へ立つと参加希望者はクルエラに視線を向けているが、やはり女子生徒はちらちらと私の隣に並んで立つ顔立ちのいい男二人を見ていた。


 ――集中してクルエラの話を聞いてくれるか不安だ……。


 念の為、その参加者と机の配置は名前の順に座るように指定したのか、幸運にも顔と名前を一致して覚えていなかった私は二人に感謝し、早速目に付いたノートを台替わりにして生徒の名前の頭に三角マークをつける。


「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。私は、この実行委員会の委員長を任されました。二年のクルエラ・ダティと申します。面接という事でお集まりいただきましたが、軽く実行委員会としての活動を把握してもらう為の意味も込めまして説明会も行います」


 昨日、寮で私が一覧表を作っている間に口頭で教えた挨拶の言葉と、彼らに伝える必要のある実行委員会の仕事内容も覚えてもらった。まさか本当に、全て覚えられるとは思わなかったけど……。

 この調子なら〝じゅげむ〟も覚えられそうだ。

 なんてのんきに考えていると、気が付けば話が結構進んでいた。


「……参加者の中に反対者がこんなに居たのか」


 クルエラが話をしている間、グランツが口元を書類で隠しながら私へ小声で聞いてきた。私も倣うように口元を隠して小さく頷く。


「はい、絞っただけで女子四十人のうち三十四人ほどです。もしかするとまだ増えている可能性はあるので、あまり宛にし過ぎないでもらえると嬉しいです」

「――分かった」


 その返答とともに書類を下ろすと、クリス様が横目にこちらをじっと見ていたが、軽く会釈だけして前を見た。

 視線を戻すと、私の頭の中で参加者の顔と名前が一致しているうちに、クルエラの話を聞いていなさそうな生徒に三角マークを追加し、初回に三角マークをつけた人物と被った名前にはその三角マークの中を塗りつぶした。

 後で面接の時にでも参加概要についておさらいと称して聞いてみよう。


 ――やる気がない人は来なくていいから。


 前世の曖昧な記憶の中でふと思い出したのが、人事に頼まれて面接官をやった記憶のある元社会人の頃の自分だ。

 どうしてかそういう部分が気になってしまう。


「ここまでお話しましたが……簡単に言うと、重い物を運んだり、雑用が多数ありますので、面倒な事が沢山あります。それでもお手伝いしていただけると言う方は、このまま残って面接の順番をお待ちください」


 説明を終えたクルエラは、そう言って下がる。

 その言葉で女子生徒の数人が出て行った。それを確認して、一覧から排除する。

 お嬢様育ちの子達が、力仕事や雑用をさせられると知れば嫌だと思うのも当然かもしれない。

 しかし、こう言う所で下の人間がどんな大変な思いをしているかも分かるという社会勉強になるのだが、彼女達は惜しい事をしただろう。


 ――クルエラが言ってた言葉を間に受けてるなんて勿体無い。


 クルエラは、説明の合間に何度か『生徒会とは無関係の組織』と明言していて、それがおそらく女子生徒達の中でこの活動の意味の無いものだと決めつけているのだろう。

 実際は、意地でもどこかで生徒会とかち合うような事があるのだが、それは真面目に活動していたらの話だ。下心では、彼らに合わせるわけには行かない。

 クルエラみたいな事されたら、たまったものじゃない。それは私にではなく、誰か巻き込まれたらという意味だ。

 それに、由緒ある学園の学園祭に携われないどころか、内申も貰えないなんて勿体無い。

 私なら喜んで参加してしまうだろう。縁談にもいい影響を及ぼすからだ。

 静かになった多目的室を見回し、誰もこれ以上立ち去らない事を確認する。


「他に辞退する方はいませんか?」

「……質問、よろしいですか?」


 沈黙していたが、一人はっきりとした声色で挙手しながら発言を希望したのは、マーニー・フランチェスカ子爵令嬢だ。

 見るからに気が強そうで、確かクリスの親衛隊だった気がする――そう言えば、最近彼女をよく見かけるような気がする。

 クリス様と廊下で遭遇する時、後ろをついて回る彼女を時折見た事がある

 。

 彼女は、紛れもなく要注意人物だ。

 手を挙げたままの彼女に、私が教卓の前に立ち返事をする。


「フランチェスカ様、どうぞ」

「……マーニーで構いません。質問ですが、本当に生徒会の皆様と一緒にすることは無いと言う事でしょうか?」


 これだけ何度もクルエラが説明した事をわざわざ確認を取るなんてと思いつつ、下手な回答をして生徒会室に入り浸られても困るし、素直にありのまま言ってやった方がいい思う。

 それをよし伝えるぞと口を開いた――はずだった。


「それは、どういう意味ですか?」

「え……?」


 まさかのクルエラによる返しに、私は思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 しかし、クルエラが話したいというならとぺこりと頭を下げて手で「どうぞ」と示すと会話が再開した。


「……つまり生徒会の方から、お手伝いを頼まれるのはという事は一切ないかと言う質問です。または、こちらが生徒会の皆様に用件ができるという事はありますか?」


 こんなに分かりやすい下心のある質問を、誰が答えたいだろうか。

 しかし、それに屈せずクルエラははっきりと言い放つ。


「生徒会の方々はこの学園祭の準備には参加しません」

「どういう事ですか?歴代生徒会の方々が催し物を考えて準備してきたのに……」

「生徒会の方々には、私達代表が学園祭に関しての共有は行いますが、役員の方たちが生徒会の方々に何かする事も、頼まれる事も今の所予定しておりません」


 吐き捨てるようにはっきりと、「お前たちが関わる事は許さない」とでも言いたげに言うクルエラ。

 その言葉に忌々しげな顔でぎりっと唇を噛んでいるマーニーだったが、見なかった事にした。

 おそらくクルエラは、私の鞄の一件で彼女達が犯人なのだろうと考えて邪険にしているのだろう。しかし、そんな事をすると公平さが欠けるから自制心を働かせて真面目に返しているつもりなのだろうけど、それが冷たく言っているように見える。

 さらに、クルエラはそこに追い打ちをかける。


「――それとも、マーニー様は、実行委員になって生徒会の方たちと関わるがために、志望されたとかそういう事ですか?」

「それは……!」

「クルエラ様、ここからは私が」

「……すみません」


 これ以上は喧嘩になりそうだと思い、割って入ってクルエラの前に手を出して制し下がらせると、私がマーニーへと体を向ける。


「実行委員会、副委員長のシャルティエ・フェリチタです」

「っ……存じております」


 私の顔を見るなり、苦虫を噛んだような顔をしながら頷くマーニー。

 ひと目で、私の事が嫌いなのだと分かる。


「ここからは私が代わってお話致しますが……、この実行委員会は生徒会だけにこの仕事をさせてしまうと生徒の内申問題に偏りが生じる、それを救済する事も踏まえての活動になります。下心や生半可な気持ちでこの企画に参加すると言うのであれば、それこそ皆様の誇る生徒会へご迷惑になります」


 生徒会に迷惑だと伝えると、マーニーもぐっと黙り込んだ。

 それを見てさらに続ける。


「彼らをサポートする為の組織でもある事を、忘れないでいただきたいのです。それに、活動の妨害や悪質な事態での失敗をすれば連帯責任ですので関わった全員は責任を持って携わっていただきたいと思います」

「な……!」

「私、存じ上げておりますよ。貴女がクリス様の親衛隊の代表格だという事」


 少し挑発的に言ったが、連帯責任を強調しておけば親衛隊が余計な事をした時に誰かが止めるだろう。

 彼女のようなプライドの高い代表格が管理しておけば下っ端は馬鹿な事をしでかさない。

 それは、彼女達の内申にも関わるからだ。

 これで怖気づいて辞退する人間が居るならばその時はその時だ。


 この世界は内申でその人物の価値に磨きがかかる。

 だからこそ内申を大事にしているのだ。

 優秀であれば、女性ならば常識のある人間だと認知されて縁談の数も増えるし、男女関係なく就職先なども有利になる。どこの世界も同じだ。


 ――まあ、連帯責任っていうのは親衛隊メンバーの中でだから、純粋に参加する人には関係ないんだけども。


 巻き込まれ損は可哀想だから、そのあたりは学園長にも許可取っている。


「少し話がすぎましたね、良き学園祭に出来るように、委員長のクルエラ、そして補佐役の副委員長シャルティエが全力で取り仕切りたいと思いますので、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げると、クルエラも倣うようにぺこりと頭を下げた。

 するとパチパチと拍手が来た為、頭を上げて数人ずつに分けて面接を行った。



2019/08/14 校正+加筆

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