第15話クルエラ視点

 


 私はクルエラ・ダティ。男爵家の一人娘で兄弟はいない。

 父が始めた王都で始めた事業が成功して、突然裕福になってから日頃から勉強に励んでいたおかげもあって、カーディナル学園に二年生から通う事になったのに、とんでもない事件に巻き込まれてしまい、今に至る。

 十六回目の二年生で、奇跡的な事にシャルティエ様やエストアール様に協力をしてもらい、無事に生徒会から学園祭の実行委員会を発足する許可を得た。

 そして、まだ〝気になる〟程度にしかない学園長と、なんと恋仲になるように努力する事になった。


 ――緊張する……。


 一度は折れてバラバラになった心を、どうにかかき集めて、勇気を振り絞って学園長室へと訪れたのはいいけれど、普段からなかなか遭遇しない学園長に今日は会えるのだろうかと半信半疑で立ち尽くしていた。

 廊下は、誰も通らず閑散としている。

 日も傾いてきて、夕日が綺麗に学校内を照らしている為、少し物悲しくなっていて、『もう帰りなさい』と言われているような感覚に襲われてしまう。

 正直、学園長と結ばれたとして本当に上手くいくのだろうか。

 シャルティエ様はあんなにはっきりと言っていたけれど、私は自信がない。

 でも、「何もしないよりはやった方が良い」とお父様も昔よく言っていた。

 それで事業も成功したのだから、それを期待するしかない。

 一瞬尻込みしたが、どうにか自分を鼓舞して拳を作って扉を叩いた。


「学園長先生……? いらっしゃいませんか?」

「おや? クルエラ・ダティかな?」

「……え?」


 学園長の扉を叩いたが声のするのは真横からで、声のする方を向くと、そこには学園長がまるで珍しいものを見るようにこちらを見下ろしていた。

 背が高く、大人で、体が大きく胴体も広い。

 さらさらの黒い髪は襟足より少し長く、前髪は横に流すように払われていて少し妖艶さを感じる。

 琥珀の瞳は、私を映して少し微笑みかけてくれているような優しい眼差しを感じた。


 ――まるで私がここに来る事を待ちわびていたような……。


 私は、それに少し驚いて一歩下がると、慌て過ぎたせいも相まって足が絡まって転びそうになる。

 体が傾く感覚に尻餅をつく覚悟をして目を閉じると、力強い物に包まれて痛みは一切にやってこない。

 不思議な感覚にゆっくり目を開けると、目の前に至近距離で三十四歳とは思えない程の若さを含んだ大人の雰囲気を醸し出した顔がそこにはあって、腰には大きな手が回されてる。

 その瞬間、助けて貰った事にようやく気付き心臓がきゅうっと締め付けられる感覚に胸を手で押さえつけた。


 ――こんなに年上の……、大人の男性相手にこんなにときめくなんて……!


 やっぱり同年代の人達と色気が違う。

 顔が熱くなるのを片手で頬に当て確認する。とても熱い。

 こんなに至近距離で、綺麗な大人の男性の顔を見てしまうなんて、心が落ち着かない。

 相手もこちらの顔を見ながら、驚いた様子もなく、私の様子を見て学園長の琥珀の瞳が眩しげに細まった。


「が、学園長せん――」

「体調が悪いのかな? そろそろ全員帰宅の時間だろう……調子が悪いのならもう帰るといい」


 至近距離の顔は心配そうにこちらを見ているが、ふわりと香る学園長の香水の香りで惚けてしまいそうになり、馬鹿になりそうな頭をブンブンと振ると自分で立ち直し、頭を下げた。

 大丈夫そうだと思ってくれたのか、腰に回した手が離れて、では何用かと首を傾げられた。


「ありがとうございます。あの、少しお話がありまして」

「なるほど、さっき生徒会で会議があったそうだね。君もよく出入りしているからおつかいでも頼まれたかな?」


 にこやかに大人な笑みを浮かべて、学園長室の扉を開けて中へと招かれる。

 またぺこりと頭を下げて「失礼します」と告げて入ると、応接用のソファへと勧められ言われるままに座ると、向かいに置かれているソファへ腰を掛けてお互いに向かい合うように座った。


「先程、生徒会の方と、シャルティエ様、エストアール様を交えて会議をしておりました」

「へぇ、なかなか珍しいメンバーだ」

「はい、実は生徒会の方々がお忙しそうなので、学園祭実行委員会を設立し、学園祭の運営はそれらの有志たちで行っていこうかという話になりました」


 興味深そうに話に耳を傾けてくれる学園長は、私の話の続きを待つように相槌を打たずに黙って聞いてくれる。

 少しの勇気がじわじわと溢れ出るようになって、出来るだけ皆さんの努力や協力が台無しにならないように先程の会議での話を説明すると、納得して貰えたようで、学園祭実行委員会の設立を正式に学園長公認で許可して貰える事となった。


「君も、〝暴走〟が落ち着いたみたいで良かった」

「――はは、ご存知だったのですね」


 学園長にまで、あの失態の話が行き通ってしまっている恥ずかしさと落胆で肩を落としたが、それでも私と面会してもらえた事に少しばかり安堵した。

 そして、このマイナス部分からどうやって汚名を打ち消していけばいいのかを後でシャルティエ様と相談しようと頭の片隅に置いた。

 ここで長居をするわけにも行かず、用件を終えて「それでは」と切り上げて立ち上がると、学園長は私の立ち姿をみて笑いかけてくれる。

 その笑顔が良い年の男性なのに、少し子供じみたような物を感じて大人を相手にして喋っていた緊張が少し解けるような気がした。


「じゃあ、運営委員長からの報告は君から聞けるんだね」

「はい、何かあれば、その都度ご報告させていただきます」


 ――あ、でも学園長はいつもどこに居るかわからないし、先生に言伝を頼んだりしないといけないのかな……?


 ふと思い浮かんだ疑問を今すぐ聞くべきかどうか悩んでいると、それを察したかのように学園長はそれを杞憂にしてくれた。


「わかった。午後三時から四時までの間ならここに居る事を約束しよう。不在の時はすまないが出直してくれると嬉しい」

「いつもお見かけしないのでどうしようと考えていた所でした。ありがとうございます!」


 私の不安を打ち消してくれた学園長に深く頭を下げると、「こちらこそ」と返してくれた。どうしてこちらもお礼を言われる側になったのかはわからないけれど用件も終わり退室する。

 すると、迎えに来てくれたシャルティエ様とエストアール様がどうだったかと首を傾げて報告を待っている。

 このお二方は、私があんなに最低な行いをしてしまったにもかかわらず、それを蒸し返す事も嫌味のひとつも言わず協力をしてくれて助かっている。

 シャルティエ様は愛らしいお顔をされているのに、今までエストアール様の取り巻きとして引き立て役をしてたそうで、顔を隠していたのはとてももったいないと思った。


 ――シャルティエ様ってこんなに可愛い顔しているのに。もっとおしゃれすればいいのにな……。


 今日の一件から眼鏡を外すようになったようで、こうやって改めて見ると、髪も桃色のような髪で瞳も赤いような桃のような不思議な瞳をしている。エストアール様が美人であればシャルティエ様は可愛いの部類に入ると思う。

 クリストファー様が想いを寄せているお相手が、彼女と言うのも納得出来た。

 ただ、最近二人の雰囲気が柔らかくなったように感じて、お付き合いを始めたのかとても気になる。


 ――シャルティエ様の様子を見る限りそうでもなさそうだと思うけれど。


「どうだった……? 駄目なら他に作戦を――」


 シャルティエ様は私の様子を見て首を傾げながら気遣わしげにそう言う。その隣で同じように首を傾げるエストアール様。

 彼女は、学園いち美しいと言われている美女で、私が迷惑をたくさんかけてしまったグランツ王太子殿下の婚約者の方だ。そして、クリストファー様の妹さん。

 彼女には濡れ衣を着せてしまったが、それも未来を知っていたから気にしていないと言われてしまい、それでもきちんと謝罪をさせてもらった。

 二人共本当に優しい方で、こんなに素敵な人の側に居る事自体が恥ずかしい事なのではないかと思ってしまう程で萎縮してしまう時がある。


「上手く行きました! あと、学園長先生の面会、可能な時間も教えていただきました。これで心置きなく報告に行けます」

「良かったですね。一歩前進じゃないですか」

「はい! 本当にありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げると、二人は笑いながらよしよしと頭を撫でてくれた。


 ――こんな方達とお友達になりたかったな、なんて贅沢かな。


 今日は寮の門限もある為、三人で帰り部屋に戻ると、ジャスティンが私帰りが遅いからと心配して抱きついてきた。

 そういえば、ここにも大切な友達がいたと安堵した。



2019/08/13 校正+加筆

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