第11話

 


「人の部屋に行くの初めて……かな?」


 私は、クルエラの部屋へ訪れていた。

 彼女の部屋は同学年の為、女子寮の同じ二階にある。

 部屋のプレートに『クルエラ』ともう一人、「ジャスティン」と言う同室者のプレートが並べられてされているが、とりあえず目標のクルエラがここに居ればそれで良い。

 三度扉を叩くと、中から「はい」と大人しげな声が聞こえてきた。


「こんにちは、クルエラ様はいますか?」


 一瞬誰かは判別出来なかったが、扉を開ける本人の姿を見てクルエラ本人の声だと理解する。

 私の姿を視界に入れた途端、キラキラした眼差しでこちらを見てくる為、私は元は敵対者だというのに良くここまで心を開いてくれたものだと感慨深くなった。


「いらっしゃいませ、シャルティエ様!」


 一人、感慨深くうんうんと頷いている奇行に対してこてんと首を傾げるクルエラは、歓迎の言葉と共に私の手を握ってそのまま引かれ部屋の中へと招かれる。


「私にお話があったんですよね? どうぞ、お入り下さい」

「ありがとうございます。お邪魔します」


 入ると、そこにはもう一人の同室者である、朱色の髪が印象的で、森林を思わせるような優しげな緑の瞳をした人物がこちらに視線を向ける。

 そして、私の姿を確認するなり慌てて立ち上がり、ベージュの部屋着のスカートを摘み上げて腰を落として礼をする。

 緑の瞳はこの世界では割とスタンダードなカラーのようで、明暗の違いで個性の認識が出来て良いなと思う。

 ちなみに緑の瞳といえば、グランツもそうなのだが彼は母親が元平民で、瞳の色も緑らしい。

 肖像画で、先日その姿を目にしたから間違いない。

 日本人は黒や焦げ茶が多いからあまり個体差が分からない。

 二次元の世界は本当に最高だ。

 自分の、このピンクの瞳も気に入っているけどね。


「ご……ご機嫌麗しゅうございます。シャルティエ様」

「ご機嫌よう、ジャスティン様。クルエラ様に今日は用事があってきたの、あまり気にしないで下さい」


 眼鏡をかけていると、表情が分からず怒っていると誤解されるのだ。

 だから、出来るだけ口角を上げて柔らかい声色で話をする事を心掛けているが、ジャスティンにはあまり効果がないようだ。

 彼女は平民生徒だ。

 クルエラと出身地が同じで、この学園に転入してきた時に学園の事を色々と教えたりする程の仲の良さだ。

 どういうわけか、ジャスティンの方が一年生の頃から在学しているから先輩なのだが本編でもそれに関しては触れていない。モブだからだろう。

 ゲームの中でも、主人公のクルエラの親友的ポジションで時には背中を押し、時には心の支えになっている。

 逆行をしている様子がない所を見ると、ややこしい話をするこの部屋にいない方がいいだろう。

 変に巻き込むと、彼女が可哀想だ。


「――やっぱりごめんなさい。私これからクルエラ様と大事な話があって、終わったら呼びに行くので、私の部屋へ行ってスティとグランツ様の邪魔をしてきていただけませんか?」

「え、えっと……?」


 いくら婚約者とはいえ、あの部屋で色々な事をされたらたまったもんではない。

 きっと、王族だし結婚するまでは一線超えないと信じているが、若い男女がひと部屋に二人きりだ。

 ジャスティンに、馬鹿な事をしないように見張っててもらおう。

 突然の私のお願いに、一瞬戸惑った様子だったが、頭をぺこりと下げて出て行ってくれた。本当に申し訳ない。


「――それで、肝心の話ですが……」

「とりあえず座ってください」


 性急に話をしようと急ぎ過ぎて、不覚にもクルエラに気を遣わせてしまった。

 心の中でそんな謝罪の気持ちを込めつつ、先程ジャスティンが座っていた席に座らせてもらうと、まだ彼女の温もりが残っていて人肌に安堵する。

 テーブルには、グランツが食べてしまったマフィンと同じものがいくつか置かれていた。ここにもおすそわけが来たのだろう。

 しかし、立場上ここで美味しそう頂きますと頂く訳もなく、ここはぐっとこらえてクルエラの方を見た。


 ――真面目な話をしに来たんだぞ私。しっかりしろ。


「……実は、先程少し考えた事がありまして。それにはどうしてもクルエラ様の協力なしには叶えられない事なんですが」

「どんな方法ですか……? 流石に、死んでくださいと言われなければ大丈夫です!」


 もう打つ手がないから、とりあえず手当たり次第試したいと息巻いているようにも見えるクルエラの必死さに感銘を受ける。

 一応、客人としてお茶を出してくれたが、先程スティに淹れてもらったハーブティーが胃に残っていてタプタプしているのを我慢しながら少しだけ口をつける。


「それで、どんな方法ですか?」

「はい、それが……。クルエラ様には、これから言う人物以外の人と恋愛をしていただくか、あるいは誰とも恋愛的な物をしないで、ジャスティン様とは距離を置いていただいて、私やスティ……エストアール様と仲良くしていただくかになります」

「ジャスティンは親友です……。仲良くするなと言われても困ります」


 そりゃそうだ。

 しかし、ゲームでは恋愛落ちをしないとジャスティンと友情エンドになってしまう、これは決定事項だ。

 誰も落とせないと、友情エンドは確定なのだからそうならないためにも、本筋とそれた事をしてもらわなければならない。

 きっと、私が指示した攻略対象達を聞いても同じ事言われそうでどうしようかと悩んだ。


「シャルティエ様が指定する方と言うのは、具体的にどなたの事ですか?」

「グランツ様とクリストファー様は、まずダメですね。あと……――」


 残りの数名の攻略対象を告げると、クルエラは驚いた顔をしてどうしてその人達なんだとこちらを見てくる。

 ゲームはゲームだが、彼らは生身の人間でここの現実だ、私がもし物語の登場人物で攻略対象なんですよなんて言ったら頭ヤバいと思う。


「く、クルエラ様が先日ご自分でいろいろ試したんだと教えてくださった時に、この殿方の名前を上げてらっしゃったじゃないですか」

「……え? そうでしたっけ?」


 こくこくと壊れた人形のように首を振ると、そんな気がしてきたと納得してくれたようだ。

 それならばと顎に手を添えて、それ以外で心当たりがある人物が思い当たるのかと尋ねると、「うーん」と唸って悩んでいた。

 それを見ながら、我慢出来ずにこっそりマフィンを一つ拝借して今日初めてのマフィンにありついた。

 それに気づいていないようで、まだ唸りながらずっと考えているようだ。

 こうやってみると、本当に正統派美少女ヒロインの容姿で可愛いなぁと眺めてしまう。


 ――あ、このマフィンすごく美味しい……。全部食べたグランツ、絶対許せない。


 もぐもぐと食べながら、食べ物の恨みで今度恨み言の一つでも言ってやろうと考えていると、クルエラが顔を上げた。


「――実は一人だけ、それ以外の方で気になっている方が居るんですけど」


 まさかクルエラが、それ以外で気になる人物がそんなすぐに出てくるとは想定外だった。


「ふぇ? ふぉんなふぁたふぇふか?」

「シャルティエ様、口の中……」


 マフィンが口の中に入ったまま、はしたなくも前のめりになりながら尋ねると、思いの外口に残っていて言葉にならない所をクルエラに窘められた。

 紅茶を口に含め、少しマフィンを飲み込みやすくしてから下すと「すみません」と一言告げて言い直した。


「えーと、どんな方ですか?」

「実は、学園長なんです」


 学園長――このカーディナル学園を運営している、学園長のケヴィン・トワイライトという若くして立ち上げた学園を十年の間に優秀な生徒を排出してきた敏腕学園長だ。

 色々と行動力のある人物で、今は確か三十四歳だ。

 しかし未婚で、ゲームではチュートリアルや学園長の挨拶の出番程度で、あまり面識がないと思っていた。

 また一つ、もぐもぐとマフィンを食べていると、そこでようやく私がそれを食べている事に気付いたのかお腹を抱えて笑いだした。


「なんですか?」

「あはははっ……すみませんっ……くくっ……あーっ! シャルティエ様ったらハムスター見たいで可愛らしいんですよ……、あはは……もうやめてくださいよ〜!」

「っ!」


 頬張りすぎたようで、ほっぺたが少し膨らんでいるのを見て笑われたようだ。

 そこまで笑う必要はないだろうと文句を言いたいが、美味しいマフィンに免じて聞かなかった事にしよう。

 あまりに楽しそうに笑うから、「へけっ」とわざとらしく首を傾げて見せると、また笑いが悪化した。

 学園長が気になるのであれば、その人にアタックしてもらうしかない。

 私も出来る限り、手助けが必要であれば言うようにだけ伝えて部屋へと戻る時、クルエラは私にハンカチでマフィンを二つ包んでくれた。


 ――めっちゃいい子すぎるな!?


 今度、美味しいお茶をご馳走する事を約束した。

 部屋へ戻り、ジャスティンへお礼を告げてからマフィンを少しもらったと話したら、お菓子に目がないと思われてしまったのか、先程のようにお腹を抱えて笑われてしまった。

 ひとしきり笑って落ち着いたのか、さっさと部屋へ戻って行った。


「最近、貴女の人物像が崩れ落ちるような気がしているの」

「まぁ、私であってもう私ではないからね」

「シャルはシャルよ。失礼な事言ってごめんなさいね」


 でも、よくよく考えるとクリス様がクルエラと結ばれる事が出来なくなったのであれば、このまま私と結ばれて結婚する事になるわけだ。

 そう考えるとちょっとにやけてきた。なんだか色々悩んだ私が馬鹿のようだ。

 手元にあるマフィンを二つ、ソファに座りながら膝の上において広げると、それに目をつけたグランツがこちらに手を伸ばそうとするのをスティがバシっと手を叩き落とした。

 本妻は強い。

 このマフィンを、守ってくれたスティと一個ずつ分けた。



----------------------------------------------------------

2019/08/11 校正+加筆

訂正→ケヴィンは伯爵ではなく公爵です。

削除→「その功績を称えて、国王から賞賛の意を込めて公爵の爵位を与えたという。」

※国王と身内設定に変更したため、公爵家の人間にしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る