学園祭実行委員会の発足編
第10話
『せかうる』の世界のヒロインである、クルエラ・ダティの逆行設定が付いていたという衝撃事実を知って三日が経過した。
今日は土曜日で休日だ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、スティ」
悪役令嬢の濡れ衣を着せられた物を剥がすだけのつもりがとんでもない事になってしまったと、スティがわざわざ淹れてくれたレモンフレーバーのハーブティーを飲みながら頭の中をすっきりさせて整理する。
藁にも縋る思いで、学園の図書室でそれらしい事を調べてみたが、期待していたものは見つからなかった。
それどころか、逆行という関連の物語すら見つからなかったので、もう後はとにかく逆行をしてそうな人にそれらしい情報ないか聞いて回るしかない。
――となると、やっぱりここは手近な人だよね……。
という事で、目の前でゆっくりお茶しているスティに早速聞いてみようと言う事になった。
先日もそれらしい動向があって、スティも逆行している可能性を考えていた。
彼女も忙しい身で、時折一人で急に居なくなるから驚かされる事がある。
王妃教育を受ける為に時折王宮へと通っているらしく、彼女もなかなか多忙のようだ。
そんな多忙な彼女をちらりと目線だけ向けると、それにすぐ気付いて首を傾げてくる。
「私の顔になにかついてる?」
「え? いつもの可愛い顔だよ」
「そうやっていつも誤魔化す……」
顔を赤らめてティーカップで顔を隠す。くそう、この女神めちゃくちゃ可愛い……。
「何か聞きたい事があるの?」
察しがいいスティに感謝する。
何でもないと言いたいが、実際は〝ある〟からどう切り出すか悩んだ。
そして、その隣を見るといつの間にかここに馴染んで一緒にお茶を飲み、いつもどおり寮生からのおすそ分けチョコバナナマフィンをむしゃむしゃと仏頂面で食べるグランツが居る。
決して存在を忘れていたわけじゃないと視線を逸らす。
一応、学生寮は男女で向かい同士だ。
出入りも十八時までを門限にしており自由に行き来をする事が出来る。それそれ以降の時間はどちらの寮も滞在は禁止されている。
現在は十五時を少し回った頃、つまりおやつの時間だ。
グランツは、女子寮のおすそ分けの菓子が目当てでここに来ているのだろうかと思うほどの甘党だ。そして、スティも甘党だ。
二人は私達より仲が古いから知れた関係だとわかる。
――これってつまり、邪魔者は私だよね……。
あの断罪には、事情があっての事だからとスティの手引きでグランツと私は一先ず和解した。
しかし、だからと言ってそんな気軽にこの部屋に入ってこれるものなのかと疑問になる。
半目で視線を向けると、頬張るマフィンを咀嚼しながらこちらの視線に気付いたのかジッと見る。
普段から、仏頂面のような感情の機微が分かりにくい表情をしているグランツに不相応な行動が面白い。
「……なんだ?」
「なんでもありません。お邪魔虫でごめんなさいねー、私の部屋でもあるもので申し訳ございませんねー」
棒読みで、嫌味を一つ入れてからグイっとヤケクソ気味にカップに入ったハーブティーを一気に飲み干すと、流石にグランツが居るからなのかスティも「こらっ」と一つ注意が入る。
淑女とは面倒な生き物である。仕草一つ一つ気にしていたら長生きなんて程遠いだろう。
「シャル、あれから何かあったの? ずっと何か調べているみたいだけど」
スティは聡い子だが、ここまで謀ったかのように私が話したかった話題を振るのは至難の業だろう。
やっぱり分かっているという事だろうか。もしそうであれば、話が早いと思った。
「うーん……、ちょっとね。私もそれに関してちょっと困ってて」
「何を調べているの? 私で何か分かりそうなら、教えてくれないとわからないわ」
眉をハの字の困り顔をしたまま、ポットを持ち上げ私のカップへおかわりを何も言っていないのに注いでくれる。
つまり『出て行くな』という事だろう。
せっかく気を利かせて、聞きたい事もあったのに二人きりにしてやろうかと少なからず悩んでたのに、まさか気付いていないのだろうか。
このタイミングで本当に逆行について切り出していいものか悩んでいると、グランツが私の真似をしたのか分からないが、同じようにグイっとカップに入っているハーブティーを飲み干して立ち上がる。
「俺は居ない方が良いか?」
あぁ、そういう事か。
むしろ、自分が邪魔だと誤解されてしまった。
いや、居なくても良いし居ても良い。
どっちでもいい。
悩んでいたのはそういう事ではなかったからだ。
決して、邪魔だったわけではない事を示すためにも、真似をするようにスティが持っていたポットを取り上げて中身を確認し、まだ一人分入っている事を確認してからグランツのカップへ注ぎ込む。
それを見て、再びスティの隣に腰を掛けると、自分の分は食べてしまったであろうにまたマフィンに手を伸ばす。
いや、食べ過ぎだろ。私の分まで食べられてしまった。
――私の分でしょそれ!
むっと睨み付けるが、しれっと平然とした顔でそれを口に放り込んでしまった。
隣でスティが笑いをこらえている。
「頭がおかしい事を言うかも知れないけど聞いてくれる……?」
「どうしたの? シャルは最近変なことばかり言ってるわよ?」
それはそれで酷いと思いつつ、咳払いをして居住まいを正し、神妙な面持ちで言い放つと同じように倣って姿勢を整えてくれた。
口の中に未だに残っているのか、もぐもぐとしながらこちらを同じように見てくるグランツはキャラ崩壊気味だ。
クールで真面目だけど、女の子に何だかんだ優しい思いやりのある王太子設定はどこへ行ったんだ。これでは残念クール系の甘党王子だぞと先程と同じように半目で見つめた。
――口に出しては言えないから心の中で言おう、イケメンが台無しだ。
これでは、ずっと話が進まないと思い切って聞いてみる事にした。
「自分の人生を、もう一度やり直す事が出来る人が居るって言ったら、スティはどう思う?」
「やり直す……?」
鸚鵡返しで口にしたのは、マフィンを飲み込んだグランツだった。
こくんと頷くと、口元に何もついていないか手探りで確認しながら視線を落とし、何かを考えているようだ。
隣で、ポケットからハンカチを取り出して口元を拭いてくれるスティ。
もう嫁力が高すぎる。
「お前は、そういう人間がいる事を信じているのか?」
「……はい」
実際クルエラが逆行者だ。
証明する物は無いが、彼女のあの時の精神状態からしても納得していいと思う。
しかし、口裏合わせていると言われてしまったらもう終わりなのだが……。
スティの方へ視線を戻すと、ハンカチをテーブルに置いてふぅっと一息をつく姿があった。
まるで、何か決意しているように見える。
「……シャル、あのね、ずっと黙っていたのだけど。私は、この二年生を二度経験しているのよ。今は三度目」
「……へ?」
思考というか、私だけ時が止まったような気がする。
――いま、なんて……?
すぐには理解出来ず困惑して、心を落ち着けるために自分もマフィンを食べようと皿を見ずに手を伸ばしたら空気を掴んだ。
予想外の事に、視線を皿に向けるとひとつも残っていなかった。
「え?あれ?」
「あぁ、悪い」
「え? マフィン、十個あったのに」
――食べ過ぎだろ、このとんちき王太子……。
呆れて淑女らしからぬ口を『へ』の字にして恨めしそうな表情をしてみせるが、それより先程のスティの言葉がマフィンが無かった時以上に予想外で、頭がついて来ず現実逃避してしまった。
一応伝えておきたいのだが、決してスティが逆行をしている事を知って驚いているわけではない。
「えーと……スティ、ごめん。貴女も逆行してるの? しかも、三周目……?」
「えぇ、グランツ様も今は二周目よ」
「えぇ!?」
なんて事だ、思った以上に現状は深刻かも知れない。
どうやら、この世界のメインヒロイン以外の登場人物、しかも一度で済んでいない。
普通、逆行なんて何度も繰り返すものじゃないのだ。
回数には個人差があるようだが、この様子だとクリス様も逆行をしているのかもしれない。
だとすれば、彼の雰囲気も少し違うのも納得いく。
「シャル、考えてばかりじゃなくて口に出して話して」
「あぁ、ごめん。じゃあ質問を一つ、クリス様はこの状態にはなっているの?」
「いいえ、お兄様はしていないわ。前に一度、それらしい事を聞いてみたのだけど逆行はしていないようだったわ」
じゃあ、周りの影響を受けているのか。
あるいは、逆行はしていないが性格が何かの力で捻じ曲げられているのかもしれない。
そう言えば、伯爵になってからここに戻ってくるのにゲームより時間がかかったのはスティの差し金だったはずだ。そんな事を言っていた気がする。
《いくら学生とは言っても、お兄様は正式な伯爵になったのだからこの学園に残る事必要もないのよ。それでも、どうしても卒業までは在学したいと言うものだから、仕事を片付けてから戻ってきてとお願いしたの》
うん、言ってた。
多分あれは本当に心置きなく仕事終わらせてから学園生活に戻れという意味だったのだろう。できた妹だ。
だとすればと、ゲームの時と違うあの彼の口調や態度について思い切って聞いてみる事にした。
「クリス様って昔からあんな喋り方していた? なんていうか、様子がおかしいのっていつから?」
「お兄様の様子……?」
「こう、優男と言うか……口調が変わったのはいつ頃からなの?」
「クリスがあの口調になったのはお前のせいだぞ」
それをお前が言うのか、と怪訝そうに言うグランツにまた私が一時停止した。ここ
――え?私のせい?
身に覚えが無く、一生懸命記憶を掘り返すのだが、そういえばクリス様との記憶はほぼ残っていない事を思い出して落胆した。
幼い頃に、知り合った実家で遊んだはずの記憶もあやふやだ。多分遊んでいたはずだ。
幼馴染なのに何故、こんなに記憶が曖昧なのか分からない。
額に手を当てて身を逸らして自分の記憶の役立たずっぷりに呆れてほかに情報をくれないかと目を合わせたが、グランツはまたハーブティーを口に含んでそれ以上は言わなかった。
自力で思い出せという事だろうか。
なんて残酷な男なんだ。
話が一向に進まないと、私は気を取り直して別の質問をした。
「こうなった心当たりはある?」
「最初はおかしいと思ったの。でも夢を見ていたと思ってもう一度一年……とやっていたら三回も戻されてしまって、異常さに気づいて思い切ってグランツ様に相談したら、彼も同じ状態になっている気がするという話になって……それで、三度経験したうちに行動がどれも違ったクルエラ様の行動にとりあえず合わせてあげて欲しいとお願いしたのよ。そのうち私達は、ヨリを戻す予定だったの」
やっぱり、スティのグランツに対しての余裕はこういう事だったのだ。
最終的に、この世界ではスティが王妃になる事が確定していたと言う事だ。
――グランツと、最後は結ばれる事を二人で決めていたようだからあの断罪は茶番だったという事だ。信じて振り回された私馬鹿だな……。
そこまでする必要はなかったのだろうけど、あの彼女の状態では変にあしらうともっと悪化すると思ったのだろう。私もそう考えてたかもしれない。
三度の周回で、クルエラの行動だけが目について違っていたら確かに彼女に原因があると考える。
「断罪の日、あの時にとりあえず私へ問い詰めて無実を私が主張して、シャルには普通に否定して貰えたら、後はグランツ様が信じてくださってクルエラ様に問い詰めて、私の取り巻きが追い打ちに否定して貰う予定だったのに、貴女が突然変な事をするから……」
「私、スティにそんな事を約束していたの?」
覚えのない事にまた困惑する。
もしかして、私は自分の前世の記憶が蘇る代わりに、かなりの記憶を失っている……?クリス様との記憶もそうだ。
忘れ去られた物が多すぎて、私は頭を抱えた。
スティとグランツと私は、断罪の日にスティの濡れ衣を全て晴らす予定だったのだそうだ。そして、クルエラの断罪を行う予定だったらしい。
それを覚えていない私が、予定外の行動に出たせいで事が悪化してしまったという。
なんて事をしたんだ私は。記憶が無いにしても馬鹿みたいな二度手間を踏んでしまった。
どんな理由であれ、馬鹿すぎて自分でも笑いがこみ上げる――悲しい意味で。
「ごめんなさい。私もあの時おかしな事があって……」
「やっぱり、あの時何かあったのね」
こくんと力なく頷くと、「やっぱりだわ」とグランツに言っている。
スティは、恐らくこの一連をすべて把握しているのだろう。
流石は将来有望王妃である。
頭がまた混乱してきて、気分をごまかすためにこめかみを指で押してマッサージをする。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう。私ね、前世の記憶があって……今はシャルティエだけど、シャルティエの半分は別の人と言うか……」
「だから、あの時から少し雰囲気が変わったのね……」
やっぱり分かってしまうのか。
幼馴染だからこそ、親友だからこそ変化にすぐに気づいてしまうのだ。寮が同室だから避けて通れないことだろう。
私がシャルティエになってしまったのだから、もう私はこれからシャルティエなのだと言い聞かせたいが、シャルティエの記憶も曖昧なのに自分の置き所が分からなくなっている。この話はまた後日だなと深い溜息を吐いた。
しかし、逆行は私の転生には関係ない……と思う。
あるいは、私がここに来る意味があったのはクルエラに限界を感じたからなのだろうか。よく分からない。
最初は、この『せかうる』の世界に思い入れと言うか、色んな意味で思う所があったから異世界転生をしたのだと思っていたのに、そもそも原作通りになっていないこの世界で私が転生する意味があったのだろうか。
――無意味に転生したんだとしたら……私あんまりここにいる意味なくない?シャルティエの肉体を使って闊歩してるのなんかおかしくない?
魔法がない世界のはずだから、納得のいく理由が思い浮かばない。
いや……、ゲームの設定になかっただけで実際は魔法を使える人間が登場人物以外で存在するとしたら……?
また新たな可能性が出てきてしまったようだ。
「私は、前世の記憶と言うか……意識が強いから幼馴染のシャルティエと別人かも知れないよ? それでもいいの?」
「シャルはとても大事な親友よ。もし、貴女がシャルの見た目で中身が違う人間だとしてもそれでも大切な親友。例えシャルが――いいえ、何でもないわ」
スティは何かを言いかけたが止めた。私にはそれが分からなくて聞くべきか悩んだが、彼女が言い淀む事ならば話したくないのかもしれない。
それにしても、問題が山積みだ。
まずは、三年生になる事が目標となるだろう。このループを抜け出せばきっと解決の道へ進む事が出来るだろう。
「……クルエラ様が、もう十六回目なの」
「じゅ……っ!?」
クルエラの回数を伝えると、異常すぎる回数の事実に流石のグランツも一瞬立ち上がりかけてまた座る。
私は、これは事実なのだと頷いて見せると不憫に思ったのか目を逸らして何か考えているようだった。
「たぶん、原因はクルエラだ……と思う。彼女は、この世界の中心的な存在なの。スティなら薄々勘付いてるでしょ?」
「えぇ、彼女はどうしてか目立つもの……」
もし彼女に何かあって、この世界に大きな変動を起こして取り返しの付かない事になった場合を危惧して、彼女を刺激しないように茶番まで続けたのだから涙ぐましい努力だっただろう。
こういう事態が引き起こす原因は、だいたいが「ヒロインの結末」だ。
どんなプロセスでこんなふうになってしまったのかは不明だが、クルエラがこの世界の結末が気に入らないとそういう事が起きてもおかしくないはず。
――でも、どのエンドもコンプしていて、どれも気に入らないという事はどういう事だろう……。
とりあえず、この予定通りのエンドではダメなのだろう。
それならば、原作展開を無視したエンドを目指さなければならないわけだ。
それに気づいたら善は急げ。私は立ち上がって二人を見下ろして、楽しげに笑う。
それを見て、二人は一瞬ぽかんとしたが私の笑みを見てつられて口元が緩む。
「私、クルエラ様に会って来ます!」
私は、足早に部屋を後にした。
2019/08/11 校正+加筆
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