第9話

 

「貴女、何週目なの?」


 私の小説で読んだ程度のなけなしの知識だが、思い当たる物が一つだけ浮かんだ、それは一度だけ読んだ事がある『逆行』と言う設定だ。

 やり直したい人生があったり、何かの意思が働いて記憶や精神だけがその過去の自分に成り代わる状態の事なのだが、転生した私がそれを疑う余地はない。

 大いにありえる話なのだから。

 泣いて真っ赤になった目元を、ポケットからレースのついた可愛らしいお気に入りのハンカチを取り出して涙を拭ってやると、その行為が意外だったのかクルエラは驚きで目を見開いた。

 しかし、すぐに我に返って慌てて私と距離をとった。


 ――今、めっちゃいい感じだったじゃん。


 散々嫌いとか言ってた私が言うのもなんだけど、そういう事情があるなら少し話を聞く必要がある。心なしか、同情の気持ちも出てきた。


「シャルティエ様も……?」

「いいえ、私はもっと別のパターンなのですが、クルエラ様はこの時間をずっと巡っていらっしゃるのですか?」


 適切な問いだったかは分からないが、それ以外に聞き方が思いつかなかった。

 だから、言い回しについては何も考えない事にした。

 すると、クルエラは少し考えた後に、また涙が溢れてきたのかぽろぽろと溢し始めた。

 こういう時、見た目が可愛いからどうしても調子が狂ってしまう。


「クルエラ様、もしもこの世界をずっと繰り返しているのであれば、貴女が原因なのかもしれません。なにか心当たりはないのですか?」

「わからない……わからないの……。ほんとう……に……っ」


 両手で顔を覆っているが、指の間から溢れ出てくる涙で彼女の苦労が垣間見た。

 正直不憫に思う、自分の置かれた状況に混乱しているのは私もだ。

 そのうち見ていられなくなり、再度抱き締めてあげようかと両手を出すと逃げられてしまう。

 二進も三進も行かない状態にどうしようかと考え、思考をひたすら巡らせる。

 しかし、いい案は出てくる訳もなく、それに泣いている女の子を慰めるのは得意ではない。

 敵対していた彼女に突然優しくするから、殊更に困惑させるのだろうと言うのは重々承知している。

 ただ、事情を知ってしまえば状況が変わったのだ、と言うのが正しい。

 痺れを切らし、ひと声かけてみる。


「クルエラ様、一緒に考えませんか? まず貴女が試した事を全て教えてください。このままでは、私達もまた同じ事を繰り返してしまう可能性があります。これを誰かに相談した事は?」 

「こんな頭のおかしい事、簡単に相談出来るわけない!」


 ――そりゃそうだ。返す言葉もない。


「……じゃあ、後日改めて話をしましょう。この状況じゃ会話もままなりませんし。落ち着いたらまたお話しましょう」


 そう言い残してその場を去ろうと歩き出すと、後ろからがばりと勢い良く腰に抱きつかれてしまい、今度はなんだと少し不愉快を表に出しながら背後をちらりと振り返り見ると「話すから行かないで」と人の腰に顔を埋めながら言われた。

 ちょっとだけ、ほんの少しだけ可愛い所があるじゃないかと思ってしまった。


「では、そこのベンチに座りましょう」


 立ち入り禁止の屋上だが、どういう意図があるのか分からないが、ガーデニングが施されている。

 まるで、空中庭園のような光景に学園の屋上なのにそこだけ違う世界のようにも思えた。

 その真ん中に東屋のような物があり、専用職員が手入れをしているのだろうか、綺麗に維持されている。

 どうせ誰も来ないだろうと、蔓で網状になった天井のある東屋に置かれたベンチに並ぶように座り相手の様子を見ながら話すのを待っていると、ゆっくりクルエラは口を開いた。


「最初は、グランツ様と結ばれて、彼の卒業直後に結婚式もあげて幸せを感じていたのです……それで」


 その初夜に、グランツを部屋で待っていたら突然意識を失って目を覚ますと二年生の最初に戻っていたらしい。

 クルエラは、親の事業が上手くいき、学校に通える資金まで余裕が出たらしく、二年で転入してきた。

 その状態が続いていて、かれこれ十六回逆光を繰り返しているそうだ。

 話を聞くと、彼女は最初は普通に恋愛をしてエストアールもやっかみをぶつけたり、悪役らしい令嬢をしてクルエラをいじめていたらしい。

 そこから守ったグランツと結ばれる所は、明らかに普通の乙女ゲームだった。


 ――私の知る『せかうる』の話の内容ではないけど……。


 しかし、その後も詳しく聞くと、グランツでは駄目なのかと別の攻略対象に当たってみたが、結局同じように戻されたそうだ。

 グランツ、クリストファー、その他の攻略対象と接してきたが、同じように戻されたらしい。

 もちろん、誰とも結ばれない事もあったという。

 そして、次第にクルエラは彼らと結ばれるが、女としての幸せを感じる事が出来ずに時間だけが戻されてしまい、それに飢えてとうとう生徒達と体を重ねるようになってしまったのだそうだ。

 それだけ、精神的に追い詰められていたのだろう。


「じゃあ、それ以外の人には当たっていないという事?」

「はい……、もう疲れてしまって。前々回くらいからエストアール様の様子も変わって来ていたので、私へのやっかみも言わずに優しく悪い部分を注意してくれるようになっていました。でも、最初にグランツ様と幸せになれたのだから一年を繰り返すなら慣れた人と一年過ごすのかがいいなと思って……」


 つまり、王太子妃になる為と言うのは諦め、ただ楽だったからグランツを選んだだけなのか。


 ――まあ確かに恋愛は楽しいもんね。仕方ないと思う。


 それより、スティの様子が途中から変わってしまったと言うのも気になる。

 そう言われてみればと思い返す。

 だから先程、グランツと和解する時もあんな余裕に対応していたのか。

 総合的に、彼女も恐らく逆行しているだろう。


 ――じゃあ断罪シーンなんて事を……?


 後でちゃんと話をしなければいけないかもしれないと考えていると、おずおずと隣でクルエラがこちらの様子を伺っていた。

 どうやら、今後どうすればいいかという事だろう。


「クルエラ様、今回の騒ぎは流石に目に余る所があるから、もしかしたら普通に生活に戻る保証は出来ません。何も知らなかったとは言え、私も酷い事をしました。申し訳ございません……」

「いえ! 私がこんなだから……。私の事は気にしなくて構いません。ただ、同じ事を繰り返している原因が私にあると言うのなら……何かしなければいけないと言う事ですよね」


 随分しおらしくなってしまったクルエラは、俯いて制服のスカートをぎゅっと力強く握り締めている。

 それを横目に、自分の事も話すべきかと数秒だけ悩んだ。本当にほんの数秒。

 自分の情報を出さないで相手の情報だけなんてフェアではないと、強く握り締められた手に重ねると、きょとんとした面持ちでこちらを見つめ返す。

 目が大きいから、本当に落っこちそうだ。


「クルエラ様、私は周回をしていませんが、あの断罪の日からずっと私はシャルティエであってシャルティエでならぬ者です。私は違う世界の前世の記憶を持っています。ある事情で、この世界の事も少しは知っています。……これが私の秘密です」

「じゃあ……、この繰り返しも」

「……ごめんなさい、この現状は今さっき初めて知った事なので解決方法は今すぐには思いつきません。でも必ず助けますから……スティも、クルエラ様も」


 ぎゅっと手を握り、このおかしな世界を元通りに、そして新しい世界を構築する為の情報集めが始まった。


「あ、もしこの周回から抜け出せてもクルエラ様の貞操は戻りませんのでご了承ください」

「わ、分かってます!」


 顔を赤くして、声を荒げる程には回復したようでひとまず安心した。



2019/08/10 校正+加筆

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