第8話

 


「ねぇ、教えて」


 連れてこられた屋上で、壁に追い込まれるそこに手を付いて私の顎をクイッと持ち上げられてあと数センチで唇が付いてしまいそうな距離になり、また早鐘が激しく鳴り響く。


 ――壁ドンだ、巷で有名な壁ドンだこれ! 


 いつになく、攻めっ気の強いクリス様の低い声に体がゾクゾクする。

 耳元に囁きかけられ、喋る度に耳朶を掠める吐息で背筋を撫で回されたような感覚が走った。緊張で足が震え始める。

 目も泳いでしまって、今とてもみっともない事になっている気がする。

 何のスイッチが入っているんだこの人は、と強引に脳内で意識を逸らすが、そうも行かない程の距離に耐え切れず話をかけた。


「クリストファー様」

「クリスでしょ?」

「いいえ、クリストファー様。今すぐ離れていただけない限りは、私も貴方のお願いは聞き入れられません!」


 一瞬でも流されたら負けだと勝手に勝負事のように頭の中で尻を叩いて、クリス様に押され負けぬよう奮い立たせる。

 変な空気にならないように強気に対応をすると、興が冷めたと言いたげに離れてくれた。

 こっちは全身ゆでだこのようだというのに、彼はこんな暑い季節の気候に逆らって涼しそうなのが悔しい。

 私が暑いのは夏のせいではないが。


「……クリス様、私はクリス様をどう誘うのかと言われましたが、そもそも私はクリス様を誘う事はありません」

「手厳しいね」

「そんな理由、……ありませんから」


 恋仲であるわけでもない私達が、中途半端に親密になってしまったら変な誤解を周りにさせてしまう。

 完全に、お付き合いでも婚約でもしていれば私も安心できるがまだそこまでに到達していない。

 彼の好意には気付いているが、素直に受け入れていいものかまだ分からない為、これ以上は私もスキンシップは控えたい。

 色々言い訳を述べたがはっきり言うと、心臓がもたない。

 私の悩みなんてきっと知る由もない彼は、悲しげな瞳を見せつつ「降参だ」と両手を挙げて肩を竦めた。


「……わかった。今日の所はそう言う事にしよう」


 ――……ん? 今日の所?


 引っかかる部分はありつつも、素直に私から離れてにこやかに私の様子をうかがう。


「クリス様、クルエラ様とはそれからどうなりましたか?」

「もちろん上手くかわして逃げてきたんだよ」

「それは、無事でよかったです」


 何事もなくてほっと胸をなでおろす。

 なぜ自分が彼に何もなくてほっとしてしないといけないのか。

 好きという感情は、上手く心のコントロールが出来なくて悲しい。


「シャル、君は出来るだけ危ない真似はしないようにして欲しい。スティと同様に可愛い妹のようなものだからね」

「……はい」


 妹と言われてちょっと傷付いてしまった。


 ――私の方が避けているのにおかしな話だ。馬鹿だな私……。


 暗い気持ちを、頭を振って誤魔化し、そう言えばと思い出した事を尋ねる事にした。


「クリス様、ついでに聞きたいのですが……」

「うん、グランツとの事かな?」

「……クリス様って、心が読める感じの人ですか?」

「シャルの事なら何でもわかるよ。そうだね、例えばお尻にほくろが――」

「やめてください!」


 ――このタイミングで何を言い出すんだこの人は!?


 小さい頃に一緒にお風呂に入った事があるからと言って、今それを普通に言うクリス様は一体どんな精神の図太さを持ち合わせているのだろうか。

 ゲームでは、自分の出生について相当悩んで苦労してたはずなのに、本当にこんなキャラだっただろうかと叫んで胸ぐら掴んでやりたくなった。

 悲鳴に近い叫びで止めると、やれやれと肩をまた竦めた。


 ――こっちがやれやれだよ。


「私の体の話ではなく……!」

「お昼休みに、クルエラに会う前にこの事を知らせてあげようと思って、教室に向かっている時に偶然見かけたんだよ」

「……会う前に、私に声を掛けに来て下さったんですか?」

「スティの無実の証拠と、クルエラの愚行を掴むんだよね?」


 こくんと頷くと、またにこりと笑って私の頭をくしゃりと撫でた。

 恋愛小説や漫画だとこういう時、「あぁ、好きだな」とか思うんだろうな。わかる。


「また何かあったら知らせるよ。一応協力者だからね」

「ありがとうございます。クリス様」


 ペコリと頭を下げると、授業が終わるチャイムが聞こえてきた。

 スティが心配するだろうと、その場で解散して私は教室へと戻っていった。





「流石に、一時間まるごと居なくなるとは思わなかったわ」

「ごめんね、ちょっと大事な話をしていて――」

「やっぱり二人は、仲がいいのね! 私とても嬉しいわ!」

「あー、うん……うん」


 また誤解をされてしまった。

 まぁ、スティが笑顔なら私も嬉しい。

 だからといって、クリス様との間の関係を勝手に誤解されて変な期待をさせてしまっては申し訳ない。

 ここは、心を鬼にして否定する。


「クリス様とはそういう仲じゃないからね」

「そうなの? でも、お兄様はシャルの事とても想っているのよ?」

「ほら、親衛隊の女子に目をつけられるからその話はまた今度……」

「あ、シャルティエ様!」


 教室の外から聞き覚えのある声にまた振り返ると、この間どこかの王太子に肩を抱き寄せられ、砂糖を撒き散らされながら守ってやる宣言をされたヒロインのクルエラ・ダティ男爵令嬢だった。

 今日は、殆どの主要人物に遭遇したのではないだろうか。

 お昼休憩みはクリス様を誘い込み何かしようとしていたようだが、上手くかわして逃げたと言う事は未遂で済んだ聞いている。さぞかし彼女は悔しい思いをしただろう。


 ――なんでここに……。


 半目で何も言わず見つめていると、眩い笑顔を振りまきながらこちらへと駆け寄ってくる姿は、まさしく美少女(ヒロイン)だ。

 スティには及ばないが、私よりは可愛いと思う。

 目がくりっとしていてまつげも長い、それに鎖骨までの長さの金髪にふわふわした髪をサイドにバレッタを添えてあって女子らしい。

 瞳は緑で、わりとどこにでも居るような瞳の色をしているが、まさにヒロインらしいその風貌は、攻略対象の人間じゃなくても好意を持たれる事は間違い無しだと思う。


「ごきげんよう、クルエラ様。……私に何か?」

「何か……、そうですよね。私、疑いかけられているんですもんね」


 よく分かってるじゃないか。

 じゃあ何故ここに来たのかと問い詰めたいが、彼女は嘘くさく眦に涙を溜めてしゅんとしている。

 これでは、私がいじめていると言う風にしか見えないのでは? 


「フェリチタ辺境伯令嬢、あまりクルエラ嬢をいじめるなよな」

「そうだ、クルエラ嬢が可愛いからって嫉妬は良くないぞ」

「私はそんなつもりは……」


 ――無いに決まってんでしょ! スティの方が可愛いと張り合ってやりたいわ!


 クルエラの親衛隊か何かだろうか。

 そういえば、彼女の後ろから金魚のフンのようについて来ていたような気がする。

 だが、名前も割り当てられなかったようなモブなんてどうでもいい。

 呆れた表情を、これ以上露骨に出さないように口角を上げて笑顔を貼り付ける。

 目の前で、嘘泣きをするクルエラの前まで歩み寄り、対峙するように立った。


「クルエラ様、そんなに泣かないでください。貴女がもし本当に無実で、スティ――エストアール様に本当に非があるというのであれば、本日のお昼休憩の事は黙っておきましょう」

「……え?」


 さっきまで可愛らしい顔をしていたクルエラが、私の言葉に信じられないといった驚きの表情に変わる。

 私も、自分で口走っておいて困惑のあまりに周りに悟られないように口を噤む。

 想像を超えた私の言葉に、恐れをなしたのか、それとも侮られていたのか、突然お昼休憩の際の出来事を知られて焦っているのか、何の事かととぼけるつもりなのだろうか、反応を伺うが大きな瞳が落ちそうな程に見開いて呆然としている。

 もっとこの話は温めておくつもりだったのにと少し出し惜しみしながら、胸ポケットに忍ばせていたクルエラの手紙を取り出して広げた。

 それを目の当たりにして、一気に顔が青ざめたのが分かった。

 きっと彼女は、クリス様が私側についている事を理解しただろう。


「あぁ、申し訳ございません。クリス様が先程ここへいらした時に落とされたメモをうっかり見てしまいまして……」


 ひらりひらりと、持っていた手紙の存在をアピールする為靡かせていると、青ざめたクルエラの顔がより一層と青く染まる。

 唇まで紫に色になっているのではないかと疑う程に顔色が悪くなっているのを周りの人間は見逃さなかった。

 しかし、問答無用の公開処刑に私は物怖じせずメモをスティに見せれば、驚いて「まぁっ」とわざとらしく言うだけでそれ以上は何も言わなかった。


 ――スティ、反応薄すぎない……?


 気になったが、そのまま続けてに親衛隊に見せる。

 すると、顔を同じく青くして「こんなの嘘だ!」と叫びだした。しかし、字の癖はきっと彼らなら知っている事だろう。諦めて欲しい。

 突然始まった証拠の付きつけに、一気に教室内が騒然とする。

 野次馬として集まった他の生徒も、廊下側の窓や出入り口から覗き込んでそれを見守っていた。


「この前クルエラ様とグランツ様は、エストアール様を蔑ろにして婚約するような話していなかったかしら?」

「いえ、先日はエストアール様が婚約破棄宣言をされただけですわ」

「え、じゃあグランツ様とご婚約されるのにクリストファー様と個人的に呼び出してお話なんて、もしかしてクルエラ様は二股を……?」

「ちょっと、聞こえるわよ!」


 スティの取り巻きの女子達が私の背後でこそこそと、教室や廊下にまで集まる野次馬に聞こえるように言い放った。

 そのわざとらしさが面白くてクスッと笑った後、未だに顔を青くしたまま呆然とするクルエラが慌てて顔を覆って「ひどいです!」と泣き出した。


 ――今度は泣き落としか……。


「申し訳ございません。本当の事を、ここで言うべきではありませんでしたね」

「言いがかりです! こんなの嘘です! あぁ……シャルティエ様は私を敵視しているからこんなデタラメな物まで作って、グランツ様と幸せになる私を陥れようとしているのね……!」


 演技がかっている悲痛な叫びを上げているクルエラに、私が虚偽を突きつけていると大声で公言した。

 あの手紙を出して信じられない人ってどれほどいるのだろうかと、一度自分の周りの人間をくるりと一周その場で周り見てみるが、絶対に私の勝ちじゃないかと言いたいくらいのクルエラへの非難の眼差しだった。

 目の前でしゃがみ込み、実際本当に泣いているか分からないが、泣き崩れているクルエラを見下ろしていると、突然廊下が騒がしくなった。

 何事かと廊下へ視線を移すと、先程別れたばかりののクリス様と険しい表情をしたグランツが入ってきた。

 おそらくこの騒ぎを聞きつけたのか、騒ぎの中心人物として誰かが呼んでくれたのだろう。

 そこで、これだけの人間がいてクルエラが間違いを起こしていると知らしめる事が出来ているのであれば断罪出来るのではないかと閃く。

 それならばと、こちらにクリス様が意識が向いているうちに行動を起こした。


「すみません、クリス様。私ったらつい勢いで手紙を使ってしまいました……。だって、私……」

「……シャル、大丈夫だよ」


 色々と意味深な含みのある言い方をすると、上手く乗っかってくれたクリス様がこちらへ駆け付けて私の肩を抱いた。

 そして、「大丈夫? 手を出されたりしていない?」と顔を覗き込んでくれる。

 それを更に利用して、私は少しだけ眼鏡をずらし涙を拭ったふりをして「ありがとうございます」とだけ返し、私の嘘泣きに気付いたのか一瞬だけ目を瞠った。

 この状況を完全に把握したのか、私を慈しむような眼差しへと変えて私の肩を抱く力が強まった。


「大丈夫だよ。僕は何もなかったから、安心して欲しい」


 指で私の眼鏡を少し持ち上げ、そして私の目尻に滑らせるが一切湿っていない。嘘泣きなのだから当然だが。

 折角、グランツが二週間と設けてもらった期間を無視し、いきなりクライマックスのような展開になってしまった。

 まさか、こんなに早くクルエラがクリス様を呼び出してボロを出したり、私に接触してくるとは思わなかったのだ。

 本当ならば、二週間きっちり証拠を集めて断罪を行おうと思っていた私の意気込みも思惑も全てがパーとなった。


「大丈夫、君には僕がちゃんと付いてる。不安にさせてごめん」


 そう言って、優しく私より長いリーチの腕を伸ばして懐へと誘いぎゅっと守るように抱き締めてくれる。

 泣いているふりをした私の背中を、子供をあやすようにゆっくり撫でてくれる。


 ――役得すぎるでしょこれ……!


 これは全部演技で、私も嘘泣きなのに心臓がばくばくともう少しで爆発するんじゃないかと恐れてしまう程の激しさになっていて今すぐ離れたいのに、心のどこかでずっとこのままでいたいと思っている自分が更に悔しい。空気を読みなさい私。

 この空気に耐えられなくなったのか、グランツはクルエラに向き直る。


「クルエラ、クリスと二人きりで何をしていたんだ……」

「あ、あの……グランツ様。私……そ、そうなんです! シャルティエ様が、私になりすましてこのような偽物の手紙を使って謀ろうとしたのです! 本当です!」


 頑張って泣き顔を作ったのか、鼻が真っ赤になっているクルエラの言い訳に、グランツの綺麗な整った顔がひそかに歪めて彼女の目を見てその真意を問う。

 彼ならきっと、付き合いの長い私達がどう言う真似をするかなんてわかるはずだ。

 流石に騙されやすいおば――いや、おめでたい人ではあるが、決して悪人になる人物ではないのだから。


「クルエラ様こそひどいです。グランツ様を好いていると言っておきながら、クリス様とも淫らな行為を行おうとしていたと聞き及んでおります! 不潔です! なんて人なの……男爵家の令嬢ともあろうお方がこんな淫行をしようとするなんて……!」


 咎めて言い募ると、クルエラは「そんな事していない!」と大声で否定する。

 しかし誰もそれを信じる者はいないだろう。

 縋るように見つめるクルエラに、目が合ったクリス様はふいっとわざと見捨てるかのように顔を逸らし、私の頬を撫でて涙を拭う素振りをしてくれる。

 演技が完璧ですよ。すごいです。


 一見これだけ見ていると私とクリス様がデキてていい感じに見える。

 もう、そういう事で良いんですか? 私知りませんよ? と言いたいが口に出しては言えない。

 ちょっとした事が大事になってしまったが、グランツはまるで興味が無くなったとクルエラから掌を返すように離れた。

 そして、目も合わせようとせずにスティの所へ近寄る。

 それに対して、スティは何も気にした素振りもなく肩を上げて首を傾げながら笑っていた――まるでこうなる事を分かっていたかのように。


「エストアール……、いやスティ」

「グランツ様、お疲れ様でした」


 意味ありげな会話をしているが、今は絶望に立たされたクルエラの方を見やると案の定、絶望的な表情で立ち尽くし俯いて視線はやり場もなく彷徨った。

 これをずっと見ていた野次馬たちは、この時を待ち望んでいたとばかりに騒ぎ出し、良かったと周りは安堵した。

 そんな空気の中、留まる事も苦痛であろうクルエラはふらふらとした足取りで教室を出て行く姿を見送ろうとした。

 しかし、私は気になった事を思い出してそれを確かめる為に、クリス様の腕の中から強引に脱出し駆け出す。

 追いかけ、クルエラに追いつくと腕を掴んで引っ張りそのまま出入り禁止の屋上へと連れ出した。

 もう意気消沈の彼女は、それに抵抗する力も残っていないようで、何も言わずに付いてきた。




 屋上へ出るなり、腕を掴んだまま向き合ってそれを問いかけた。


「どうして、クリス様を呼び出したのですか」

「……」

「何故、グランツ様だけじゃなく、クリス様も取り込もうとしたのかと聞いているのです」

「……こんな……はずじゃ」


 下を向いたまま、ぽろぽろと涙が落ちてくるクルエラの涙を拭う事もせずにじっと見つめて、どんな言い訳が飛び出してくるのか見守る。


「だって、いつもグランツ様は私を選んでも、ずっとエストアール様を見ていたから……! こんなはずじゃなかったのに!」

「それは幼馴染なのだから当たり前でしょう!?」


 これは嘘だ。

 私が邪魔をしたから彼女の世界が崩壊したのだろう。

 彼女に、恨まれてもおかしくない事をしたのだ。

 幼馴染の親友として生まれ変わった私は、スティの為にこのクルエラという主格の存在を蔑ろにして運命をねじ曲げた。

 そして、おかしいのは彼女の行動だ。

 クリストファールートに移る為に、まさか体を使って靡かせようとするなんて想像を絶した。

 前から思っていたが、この『せかうる』の世界は何かがおかしい。

 クルエラに、ゲームで見た事がない親衛隊がついていたのもおかしかった。

 これがついていたら、他の攻略対象者が万が一クルエラに惹かれても近づけないだろう。

 むしろ、向こうが近づいていたら親衛隊は諦めてクルエラの取り巻きをしていなかったという事だろうか。

 親衛隊の存在は今は置いといたとして、誰とも落ない事を仮定にしてトゥルーエンドは、親友ポジションの女友達と一緒にお弁当を食べて終わる極めて平和なエンドだ。

 まあ、これなら一番平和で済みそうだと安堵していたら、目の前のクルエラは、突然悲鳴のような叫びを上げる。


「そもそも貴女何者なの!? こんな展開初めてでこれから私はどうすればいいの!? また卒業まで待って転校してくる所にまた戻るのを待たなきゃいけないの!?」

「……え?」

「シャルティエ様は、今までずっとエストアール様の側についてるだけでずっと大人しかったのに……こんな、突然……私の事を邪魔するなんて!」


 さっきから様子がおかしい。

 いや、もしかすると私の予想を遥かに超えている事態が起きているのかもしれない。

 この胸騒ぎはなんだろう。なんだか私の知らない事が起きている不安感で胸が気持ち悪くなる。ざわざわしている。

 転生系とは違う、もっと他の小説だったらこの場合はどうだった……?

 自分の展開を知るような人物が出てくるような、そんな話があったはずだ。

 目の前で嗚咽を漏らすクルエラを見ていられなくなり、思わず抱き寄せて背中を撫でる。

 すると、今は誰にでもいいから縋りたい気分なのか、先程まで敵対していた私の背中へ手を回してわっと泣き出した。

 彼女の泣き声に、一気に頭が冷えた気がした。

 転生系は、ヒロインも転生している可能性は高い、それは予想していた事だが、これではクルエラの発言と私の考えている事の辻褄が合わない。

 妙に噛み合わない言葉にまだ混乱した思考を懸命に巡らせる。

 これでは、クルエラは何度もこの時間を繰り返し生きているかのような……――。

 そこまで考えて、心臓が凍り付くような気持ちになる。


「――貴女、何週目なの?」


 その言葉に、クルエラは重たい顔を無理やり上げて、驚きと困惑で見開かれた瞳のままこちらを見て息をのんだ。



2019/08/10 校正+加筆

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