第5話
「お待たせ、スティ」
「少し遅かったわね。迷子になったの?」
「廊下でグランツ様に会ったの」
「……そうなの」
教室へ戻ると、スティの取り巻き達が彼女を囲っている所に少しだけ間を開けて話しやすいようにしてくれる。
スティは教師からもそうだが、このように生徒の女子にも男子にも人気でその取り巻く人物達の人柄も大変いい。
王妃候補と言うより、王妃確定だったのだがそんな彼女は平民生徒にとっても憧れの存在だ。
そして、付き合いの長い私を今もちゃんと幼馴染として接してくれて心配までしてくれるのだ。
よくよく考えると、思ったよりシャルティエは存在感のある人間なのかもしれない。
スティの取り巻き間限定で――いや、幼馴染だからそりゃ違う意味でも目立つのか。
「……グランツ様は何か仰っていた?」
「うーん、スティの様子を聞かれたけど、答えてあげなかった」
「まぁっ、シャルったら」
おしとやかに驚くスティに、してやったりとどややかにする私に今度は困ったように笑われた。余計な事をしてしまったのかもしれない。
取り巻きの女子達も「当然の報いですわ!」と口々に言うが、スティはそれに対しては何も触れない。
王太子相手にこんな喧嘩を吹っかける事の出来る猛者は、後にも先にも私くらいかもしれない。
そう考えると少し誇らしかったが、あまりいい反応を示さないスティの反応を見てそれも失せた。
「そうだ、明日のお昼休憩は皆で食堂へランチしない? メニューにケーキが追加されたって聞いたの」
思い切って場の空気を変えてやろうと、先程道すがら学園掲示板に張り出されていたポスターにそのような事を書いていたなと思い出して言ってみる。
すると、甘いものが好きな女子は目を輝かせてそれに首を縦に振った。
「シャルティエ様は情報通ですのね!」
「え? い、いえ……そんな……」
あまり掲示板は見てもらえない物なのだろうか、情報はあそこで見たものしか話していない為、私が話しただけでこんなに騒がれるのだから認知度は低いかもしれない。
クリス様が副会長だから次に会った時にでも、掲示板の知名度向上について話してみようかなと片隅に置いた。
しかし褒められると擽ったくて顔が熱くなる。
熱が出たのかと言いたいくらい恥ずかしくなって両手で顔を覆っていると、唐突に背後から首筋に息がかかった。
「ひゃっ」
「……シャル、何照れているの?」
「く、クリストファー様!?」
「どうしてここへ!?」
首筋にかかった息に体がゾクゾクとして驚いて変な声を出してしまい、咄嗟にしゃがみ込むと、頭上から昨日も聞いた蕩けるような声が降ってくる。
さっき脳内で話題に出したから湧いて出てきたのかと驚いた。
それと同じように驚いて狼狽するスティの取り巻き達は、黄色い声をあげてきゃいきゃいと人の頭上で騒ぐ。
「クリス様、お願いしますからもう少し距離感考えて離れて接してください……」
心臓に悪いと言いかけたが、スティが立ち上がって腰に手を当て身を乗り出すようにクリス様へ抗議する。
「んもう! お兄様、あまりシャルをいじめないで! 昨日も倒れたばかりだというのに……」
「いや、本当にごめん。少しシャルに話があってね……。すぐに返すから借りても良いかな?」
「あら、そうなの? お好きに連れて行ってくださいな」
わざとらしい口調でさっさと私を生贄のように差し出す幼馴染。あぁ無情。
兄にそう言われてしまっては仕方ないにしてもスティ、私を見捨てるの早くないだろうか。
てか、私を物のように扱うのをやめて欲しい。
しゃがみ込んだまま上を向いて恨めしそうに睨み付けるが、それが上手く伝わらず、兄妹で綺麗な顔で笑顔をこちらに向けるから文句の一つも言えなくなった。シュトアール伯爵家恐るべし。
私のこの状態を見かねたのか、クリス様は私の腕を掴み立ち上がるように促すと、電流が走ったような鈍い痛みが走った。
「いたっ」
「あ、ごめん。そんなに強く掴んだつもりはないけど」
「あ……いえ、さっき廊下で壁にぶつかってしまって……」
「壁――ね、そうなんだ。念の為に保健室へ行こうか」
先程グランツに掴まれた所が痛み、そこと同じ所を掴まれたから激痛が走った。
しかし、すぐに脇の下に手を回されて持ち上げるように立ち上がらさせられ、腰に手を回されてそのまま引き寄せられる。それを見た女子達は悲鳴を上げるが、この絵面は最悪じゃないだろうか。
イケメンが眼鏡の地味な女の子を捕まえてこんなエスコートをするなんて、昨日からやけに距離感が近い気がするなこの幼馴染の伯爵。
私の心臓が爆発するんじゃないかと気が気でない。推しだから尚更だ。
ゲーム外ではシャルティエとこんなイチャイチャシーンがあったのかと言いたい程に、完全にベタ惚れじゃないかとまるで他人事のように考えている。
――クリス様にこれ以上何かされてしまうと身の危険を感じる。彼の親衛隊的な意味で……暗殺も辞さない案件があるかもしれない。
だんだん想像が物騒になっていく、頭を振って思考をやめた。
「あの、用事が急ぎであればここでも……」
「――そうは行かないよ。ほら、スティ。先生にはうまく言って置いてくれるね?」
「え? えぇ……、シャルお大事に」
完全に見放されてしまい、隣の綺麗な顔の人に腰に手を回されてドナドナされる私。
まるで本当に生贄に捧げられるような気持ちで、教室や廊下からそれを見物するかのように身を乗り出して見守られる。
昨日世話になったばかりの保健室へと再び連れて行かれた。
もはや、動物病院を嫌がるペットのような気持ちである。
虚無の顔で連行されたのを、スティは微笑ましそうに見ている事に私は気付かなかった。
「これなら、大丈夫そうね……」
2019/08/09 校正+加筆
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