第4話
クリス様の半ば強引な協力の申し出を受け入れた更に翌日の事。
私の宣言したスティの無実の証明探しは、誰かさんのおかげで卒倒したりなんやかんやと慌ただしくて出来なかった為、今日こそはクルエラの悪事が何か一つは掴めないかと意気込んでいた。
スティの無実を証明するには、一つでもそれ以下でも微塵の程度でも彼女にとって何か不利な物を探さねばならない。
悪役の密偵のような事をしているが、言ってしまえば私は悪役令嬢とやらの取り巻きポジションなのだからその辺りは問題ないだろう。
我ながらこの役割は楽しいとも思ってしまう。やっている事はいたって真面目なのだが……。
それにモブが宣言した所で、恐らく注目はスティへ向いているだろうから今は特に行動しやすい。尾行をしても見つかる気がしない。
クリス様も生徒会の副会長をしている、最初はああ言っていたけど、忙しくてそのうち飽きて私に丸投げをするかもしれない――いや、溺愛している妹がこんな目に遭っていたら幼馴染でもグランツを一発でも二発でも殴っているんじゃないかと思い始めた。溺愛設定なわけだし。
正直なところ、クリス様の事を意識しすぎてしまうから調査どころではなくなるのだ。
気が散るから協力なんて必要なかったんじゃないのかと言いたい。
「精神年齢年下の男一人に何振り回されてんだか。私もあの王太子と同じでアホか……」
誰にも聞こえない程の小さい声でぼやき、広い廊下の真ん中を歩いていると、ふと目についた校庭に並ぶ木の枝に留まって嘲笑うかのように鳴くカラスに悪態をつく。
それを睨みつけて「うるさい」とだけ言うと、まるで理解したようにぴたりと鳴き止む。
「魔女の使い魔ってこんな気分なのかな」
カラスの使い魔にした魔女の話は物語でよく聞く。
残念な事に、この世界では魔法は存在しないはずだ。そんな描写一度も見た事が無い。
くだらない事を考えないで早く一つでも手がかりを探そうと軽い足取りで歩みを進める。
そして歩きながら、スティの事を思う。
彼女は今もグランツの事が好きだ。普段はああやって気丈に振る舞っているが、きっと傷ついているはずだ。
部屋に居ても何もないような素振りで本を読んでおもろいシーンを見つけては笑ったり、普通に私と話をしてくれるけど、好きな人からあんな事されたら私なら笑って過ごせない。
気高く美しいエストアール・シュトアールは、本当に誇って自慢出来る程の親友だ。
「……早く戻らなきゃ」
お昼休憩に、昼食を終えてからお手洗いを済ませようと一旦スティと別れて行動をしていた。
お昼休憩にお手洗いに行くのは癖というか日課と言うか、一度一人になってゆっくり考え事をする時間を設けたい為の自分で作ったブレイクタイムだ。
私の僅かに残っているシャルティエの記憶の一つだ。
――スティにもあまり私が張り付いていると可哀想だしそういう意図だと思う。
花摘みを済ませ、一人廊下を歩きながら今後についての予定を考えていると、偶然にも前方から取り巻きの女子に囲まれたグランツに遭遇した。
いいご身分だな、と言ってやりたい気持ちを殺して厚めの丸眼鏡を付けた私は、少しだけずらして相手の表情を伺う。
向こうも視線に気付いたのか、こちらの存在を確認するなり驚きに目を見開いて凝視していた。
――その余裕のない表情は王太子の顔じゃないよ。
一応幼馴染で、先日宣戦布告までしたのだからひとまず挨拶をしてやるか程度の気持ちで、先日の「そんな奴」発言を思い出して嫌味も含め、制服のスカートの摘み上げて最上の礼をして見せて挨拶をしようと口を開いた――が途中で話しかけられた。
「ごきげんよ――」
「シャルティエ、こんな所で何をしているんだ」
「……ごきげんようグランツ王太子殿下。淑女(レディ)のお手洗い事情まで話すべきかどうか些か疑問ですが、それでも良ければ逐一欠かさず今後はお話しするべきでしょうか?」
挨拶の邪魔をされた苛立ちを隠しつつ、気にせず挨拶を続行してこの学園で不敬と問われる事は無い為、少し生意気な態度で返事をすると、返答内容が淑女らしからぬ物で不愉快だったのか、立ち直して顔を伺うと眉間に皺を寄せていた。
それを取り巻く赤の制服を纏った貴族女子生徒達は、こちらを鋭く睨み付け再びグランツへと熱い視線を送り付ける。すごいメンタルだよ君達も。クルエラとほぼ婚約するみたいな話をしてたのにそれでも取り巻けるんだから。側室希望?側室希望なの?
この王太子も、よくもまあ女子を侍らせていい気なものだ。
いや、付きまとわれているが正解なのだが。
「失礼ですが、急いでおりますのでこれで――」
「エストアールは、どうしている?」
「……どうとは?」
素っ気なく人の塊の横を通って教室へ向かおううとした時、グランツは取り巻きを少し鬱陶しそうに払いのけ、私の所までわざわざ近寄って周りに聞こえないような声量でそう尋ねられ、しらばくれる。
どう、と問われてふざけた態度を取る私の腕を掴み、向き合うようにさせられると、彼の表情は苦しみにもがくような物へと変わっていた。
――これはどういう事?
「気になるのであれば、ご自分でお伺いになられればよろしいではありませんか。それとも何か都合の悪――」
「誰のせいだと……!」
「っ!」
声を荒らげかけて自制心が働いたのか途中で途切れる。
その台詞だとまるで私のせいみたいな言い方に動揺した。
言葉だけは抑えられたようだが、私の腕を掴む手に更に力がこもり激痛が走る。
痛いと叫ぼうかとも思ったが、この状況で通りがかった生徒達が王太子が先日宣戦布告した幼馴染に掴みかかっているのだからこの段階で色々大問題なのだ。大事にすればただじゃ済まないだろう。お互いに。
「私の腕は貴方の剣より細いのです。そんなに握られたら折れてしまいそうです」
「す、すまない……」
彼の良い所は素直な所だ。
誰にだって優しいはずで、簡単には人を疑わない。だからしっかり者のスティは、そういうグランツの支えてあげたくなるような所に惹かれたに違いない。母性が働くのだろうか。
どうしてこんな風になってしまったのだろう、どうしてクルエラに溺れてしまったのだろう。
ヒロインの力はそれ程の強力なものなのだろうか。
少し悲しくなり、離れた後もズキズキと痛むその腕はしばらく熱がこもったまま忘れられそうになかった。
――私のせいってどういう事だろう……。
納得の行かない事ばかりが頭の中で反芻する。
きっと戻るのが遅くて心配するかもしれないと小走りで教室へ戻った。
2019/08/09 校正+加筆
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