第1話

 


 ――と宣言したのが昨日の事だ。


 ここは私の部屋でもあり、スティの部屋でもある。

 学生寮は男子も女子も持参金や、寄付金さえそこそこ積んで置けばある程度は綺麗な部屋を用意される事になっている。そして、自分で場所を指定する事も出来る。

 学生寮は、二人でひと部屋と定められている。だからこそ私は喜んでスティと同室になった。もちろん、スティも歓迎してくれたから転がり込んだのだ。

 貴族はお金を使って経済を回さなければならない。溜め込むのはいざという時の分でケチくさいことはしてはいけないと誰かが言っていた。……多分。

 カーディナル学園は評価を重視する所だが、金銭で評価は関わらない事が原則で決められている。

 金銭で学生としての評価を左右させる事は出来ないが、学生寮は金銭で優劣をつけられる。これは寮長のさじ加減のため、学園長もそこまで介入しない。

 考えがみんな違ってみんないいと言うからそれでいいなら私もいいと思う。

 今日は休日で土曜日だ。

 課題も終わらせ、暇を持て余していた為、自分達の部屋で私がティータイムの用意をし、優雅にお茶をしながら可愛い幼馴染のお小言を聞いている。


「本当に何を考えているの? 驚いて心臓が止まるかと思ったのよ?」

「あはは……本当に、ごめんなさい」

「シャル? どうしてあんな事言ったの?」

「……? スティを守ってあげたくなっちゃって……。つい、ね。怒ってる……?」


 どうしてここまで怒られているのかよくわからないが、私が申し訳なさそうにしつつ問いかけると、目を逸らして「お、怒ってはいないわ。驚いただけ……でもどうして……」と口をもごもごとしていたが、良くやったとは思ってもらえていないようで肩を落とした。

 そりゃそうだ、あんな目立つ真似をした上に、彼は立場や地位を主張する事はしない物の、あの王太子に喧嘩を売ったのだ。

 言うなれば宣戦布告。

 実際にはクルエラへ投げた挑戦だったのだが……。


 ――やっぱりまずかったかな……。


 少しの後悔が浮き上がってくる。

 カーディナル学園は全寮制で、侍女を連れてくる事も基本的に禁じられている。例外は認められるが、寮長に正式に申請をして置かなければならない。

 自立心を育む事こそが、この学園の方針だ。

 自分の事は自分で行い、他人の為に自分がどう動くかがこの学園で試されている。もちろん内申に響く項目だ。

 しかしそれに気付いているのはひと握りで、知らない者は自分の身分に溺れて平民の生徒を足蹴にし、奴隷のように扱う事もある。

 またそれを助けるか否か、それも試されている。

 私は、極力目立たないように行動をしたいが、放っておけない部類に入るだろう。そこまで腐った貴族じゃないと主張したい。

 実際、シャルティエ自身は今までどうしてきたのかは全く覚えていないのだが……。いや、シャルティエは私なのだけど。

 全ては、卒業時にそれらの内申評価と、成績や実績と総合的に評価される為、後から気付いてもそれを取り戻すのは困難な事だ。

 人の信用を取り戻すにはそれ以上、もしかしたらそれでは贖いきれない事もあるから日頃の行いは良くしておいた方が良い。

 だからこそ貴族である私達は、平民生徒や、下級の貴族生徒の模範として日頃から品行方正、日進月歩、そして波風を立てない事が一番最善なのだが――。


「……それで、どうするの? 証拠を掴むなんて、あまり危ない事はしないで欲しいわ」

「大丈夫、あまりスティに迷惑をかけないようにするから」

「いいえ、私の事は良いのだけど。シャル、貴女は突然無理をするから怖いのよ」

「……スティに心配してもらえるなんて、私は幸せ者だね」

「もう! 私は本気なのよ!」


 頬を赤くしながら、猫目みたいなつり目なのにぱっちりとした大きな瞳を潤ませながら拗ねたように言うスティに、私は笑いながら自分のカップに追加の紅茶を注ぎ込み、砂糖を二、三個と入れてピンクゴールドのティースプーンでくるくると混ぜる。

 私がちゃんと話を聞いていないと思ったのか完全に拗ねてしまい、ふてくされたままお茶請けにと分けてもらった寮生の手作りクッキーを一つ口に入れるとまだ赤い頬に綺麗な指を添えて先程とは違ってうっとりとした表情に変わる。


 ――ねぇ、うちの幼馴染可愛すぎない? 大丈夫? 


 そんな友馬鹿みたいな物を発揮してしまいつつ、倣うように一つ取るとプレーンクッキーの中に砕いたピーナッツが混ぜ込まれていて二つの食感を堪能した。

 確かに、すごく美味しい。


「そう言えば、明日からお兄様が学園に復帰するそうなの」

「クリストファー様が?」

「そう、お兄様ったら半年で大慌てで仕事を切り上げて学園に復帰出来るように頑張っていたの。……ふふっ」


 意味ありげに笑いながら紅茶を啜るスティを楽しそうに眺めつつ、彼女の兄であり、幼馴染のクリストファーの存在を思い出す。

 彼は確か、父であるシュトアール伯爵が突然、流行病で亡くなってしまい、急遽伯爵の爵位を継ぐ事になってしまい後継の手続きや残された仕事を片付ける為に休学していた。

 しかし、ゲームではもっと早いうちに――なんだったら学年の始まりの段階で復学していて、生徒会長のグランツに生徒会室に誘われてよく出入りするヒロインのクルエラと鉢合わせて出会い、そのまま結構選択肢も楽でスムーズにクリストファールートへ入れるメイン攻略対象の二番手のような人物だ。

 ちなみに一番ちょろ――定番で、攻略が簡単なキャラはグランツだ。

 彼は原作でも結構そそのかされやすく、そして泣いてる女の子に弱い。

 その優しさが仇となり、クルエラにうまく丸め込まれてしまったのだろう。ゲームでも、ヒロインのクルエラは色んな手段を使ってライバルキャラのエストアールを利用して自作自演の被害を主張していた。だから嫌いなのだ。


 ――誰がこんなヒロインに感情移入するのか、制作側に問いただしてやりたかったのに!


 彼の欠点は、そういう人に優しすぎて疑う相手を間違える所だ。

 今後国をおさめる為にもこれを改善してもらわなければ、いつか私の父が治める国境付近の領地にも迷惑被りそうだ。それは勘弁して欲しい。

 そしてクリストファーについての話に戻るが、学園に戻ってくる時期について引っかかる。


「スティ、少し聞きたいんだけど」

「なにかしら?」


 先程と打って変わり、機嫌よくクッキーを食べては紅茶を飲んでティータイムを楽しむ彼女に、私は気になった事を問う。


「クリストファー様って伯爵になったんだよね?」

「えぇ、父の爵位を継承したのよ」

「思ったよりゆっくり仕事をこなしてたんだね」


 それだけ言うと随分不躾な事を言っていると思われるかもしれないが、継承して学園に戻るまでにゲーム通りになっていない疑問がどうしても気になった。

 私の質問に一瞬目を瞠ったスティは、こほんっと咳払いをした後、カップをテーブルに戻した。


「いくら学生とは言っても、お兄様は正式な伯爵になったのだからこの学園に残る事必要もないのよ。それでも、どうしても卒業までは在学したいと言うものだから、仕事を片付けてから戻ってきてとお願いしたの」

「スティが?」


 そうよ、と頷いてまたクッキーを口に運んだ。

 やはりゲーム通りになっていない事に少し悩んだが、ここは現実の世界なのだからそもそもゲーム通りになっていない方が当たり前なのかもしれない。

『イフ』と捉える方が良いかもしれない。


「そっか、ありがとう」


 改めて話は戻るが、クリストファールートは簡単に入れる攻略キャラなのだが、このルートでは彼のコンプレックスと向き合う為に奮闘する物語構成となっていた。

 スティや私とは一つしか違わない年齢だがグランツと同い年で、懐妊から生まれる月数の計算をすると随分と早生まれ過ぎて、彼自身が本当の伯爵家の子供じゃないんではないかと、実は妾が居て、それでスティとは腹違いの子ではないかと思い込み、出生を気にするせいでクルエラのアプローチをいまいち信じられず、選択肢にもかなり神経を遣う内容だ。攻略対象の中でも厄介な性格をしていた。

 しかし、間違いなくスティと同じ腹から生まれており、早生まれなのは本当に早産だったのだ。

 若干未熟児ではあったが、出生も問題がない話をシュトアール家の古株な使用人にクルエラとクリストファーは聞いて知り、やっと改めてクルエラと向き合えてそこからは口から砂糖がドバドバと溢れ出てきそうな甘い台詞だったり行動だったりが続く物語になっているのだ。

 しかし……。


 《あぁ、君に出会えて本当に良かった。そうじゃないと僕は今頃……、不安で伯爵すら捨ててどこかに消えていたかもしれないな》


 脳内で突然再生されるクリストファールートの急に真顔にさせられる台詞だ。

 それを聞いた私は「いやいや、そこまでしなくても」とツッコミを入れてしまう程に、クリストファーという人物はよく分からない人間だった。

 設定的には、気さく、優しい、紳士、甘やかし上手、そんな所だった気がする。妹がいるから優しいお兄ちゃん系で物事ははっきり言うタイプだったのだが。


 ――でも、そこがまた色んな意味で好きだったなぁ……。


 彼はクルエラの誘惑にも一切乗らないで、ただ純粋に恋をしていた。

 しかし、グランツルートでクルエラと結ばれると、後日談でクリストファーは、シャルティエ――つまり私と結婚するのだ。

 クリストファールートでは微塵もそんな話が出てきた事がないのに。

 その結婚式に参列するシーンもあるのだが、そこではクルエラ視点で『こんなに祝ってもらえているのにクリストファー様は、シャルティエ様の顔を見ずに遠い目をしていた』と言う描写がある。


 ここまで色々思い出しながら頭の中を整理したが、これつまり、〝しゃーなし〟というやつで私と結婚したという事で間違いないだろうか?

 突然悟ったような表情をしながらティーカップとソーサーを持ちグイっと紅茶を飲む。

 淑女らしくない飲み方をした私を見て、ストレスが溜まっているのかと解釈されたようで注意はせずくすくすと笑われてしまった。

 部屋の中であれば彼女も特に何も言ってこないから楽だ。

 きっとこんなに穏やかな二人のお茶会も今日までしかないと思うのだった。




2019/08/08 校正+加筆

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