第2話

 


 優雅にお茶をしたそんな翌々日の月曜日。

 部屋で身嗜みをお互い確認し、私はいつもの丸眼鏡をかけて完璧だと誇らしげに笑う。

 その姿に、呆れた表情で見ているスティは、深い溜息を漏らして心底嫌そうな顔をした。


「いい加減にその眼鏡止めて欲しいのだけど……」

「そうかな、これ変?」

「結構変よ」

「スティ厳しい……」


 この眼鏡は、取り巻きの私にとって結構重要な役割をしている。

 そもそも、取り巻きであるならば主格であるスティより――いや、実際目立つかどうかは置いといて――少しでも目立ってはいけないのだ。

 それじゃなくても、シャルティエと言う娘は、自分で言うのもなんだがそこそこ可愛い顔をしている。

 ストロベリーブロンド、つまり桃髪に瞳もレッドベリルと言って桃寄りの赤だ。顔立ちも女の子らしく少しふっくらしていて、眼鏡を外して髪型ももっとおしゃれにすれば可愛い系のという感じだ。

 胸は残念な事に普通かそれ以下だが、背がスティより低いため小柄に入る――とは言っても平均的だ。きっとそうだ。

 そうじゃないとチビという事になる……。


「眼鏡そんなにだめかなぁ……」

「えぇ、駄目だと思うわ」


 そこまではっきり言わなくてもという気持ちを口に出さないように心に留める。

 彼女は止めて欲しいというのだが、私的にはこの容姿で変な虫がつかないようにすると言う理由もあり、結構楽だと思っている。

 寮から学園までは徒歩で十分くらいの距離で、直結の敷地内だから少しの運動も兼ねて二人で歩いて通学している。

 徒歩以外には、まぁ、平民生徒を使って抱き上げさせたりおんぶさせたり、荷物のように運ばせている生徒は確かにいる。

 勿論と言いたくないが、荷物持ちやパシリのような事をさせている生徒も居る。

 正直、お前は赤ちゃんか子供かと突っ込んでやりたいが、波風を立てないこれに限る。

 もう既に波風を立てた後だから、説得力は消え失せているわけだが気にしない。


「今日はやけに見られているわね……」

「まぁ、あの騒ぎの後だからね」


 歩いていると、道中では部活動の朝練に寝坊したのか慌てて走って来て息を切らしている生徒や、朝練で走り込みをして汗を流している生徒もいた。


 どの生徒もこちらの存在に気づくとヒソヒソと話をしながら、注目しているのがわかる。とくにそれらの中には貴族生徒が目立つ。




 貴族生徒と平民生徒はひと目で見分けが付く。

 女子生徒は、平民の場合は膝下の丈のフレアスカートで全体的にブラウンが貴重のブレザーとなっていて地味だ。胸元には白いスカーフがあり、リボン結びだったりネクタイ結びだったりと個性色々だ。

 白い靴下と黒いローファーは貴族生徒と共通で正直シンプルで、全体的に平民スタイルの方が可愛くて羨ましい。

 あと膝下丈って言うのがめちゃくちゃ羨ましい。動きやすそう。

 貴族生徒は、襟が大きく、カーディナルレッドが貴重となっており明らかに二次元作品の制服形状だ。胸元は赤いスカーフがあり、私は蝶蝶結び、スティはネクタイ結びをしている。

 スカートは貴族として肌を見せるのは厳禁の為、動きやすさも考慮して踝までの丈になっている。淑女の挨拶がやりやすいようにフレアスカートは少し回るとふわりと広がるところは可愛い。

 男子生徒は、平民は女子と同様にブラウン系のブレザーだが、胸元は平民女子と同じで白いネクタイとなっている。

 貴族生徒は、貴族女子とは対でネイビーとブルー系の貴重となったブレザーに紺色のネクタイが付けられていて大人びて高級感があるように見える。しかし、襟の大きさは女子と同じだ。

 すっかり着慣れた制服だが、改めて考えると、貴族生徒の制服はおしゃれ……という事なんだろうか。

 制服のデザインが違うのは平民が誤って高貴な人間へ粗相をしない為の対策なのだそうだ。

 学園の入学の際にそんな説明を受けた気がする。

 逆に、貴族が平民に対しての態度等も成績や内申に関わる事を殆どの生徒が知らないから嘆かわしい。

 普通に考えれば分かる事なのだが。


「でもこれで良いの。スティはしばらくこの注目の的になってて貰わないと困るの」

「でも、普段から人に見られる事はあってもこんな風に見られるのは何というか恥ずかしいわ……」

「大丈夫、スティは可愛いから平気だよ」


 少し気恥ずかしそうににするスティに、追い打ちをかけるように可愛いというと、爆発したかのように顔を真っ赤にして持っていた鞄で顔を隠した。


 ――ほらやっぱり可愛い。


 スティは、美しいやら綺麗やらとは散々持て囃されてきたが、可愛いと言われる事が殆どない為、その免疫がない。

 それゆえに、こうやって褒めるとすごく恥ずかしがる。

 そこが可愛い。

 こんなに可愛い婚約者を見捨てて、よく分からない女に騙されるグランツって相当のあ――もう止めておこう。

 仮にも親友の初恋の相手だ。あまり言うのも良くない。

 憎からず幼馴染でもある、事情があるのかもしれないと心にもない想像を立てて誤魔化す。


「それに、こうやって注目を浴びていると、スティがクルエラ様に何かしたかどうかの証言にもなるからね。余計な事も出来なくなるし証言の材料になるから」


 こんな地味な格好をした取り巻きがいきなり「無実の証明をします!」なんて言ったらそりゃ目立つかと思うが、何より一度は婚約破棄を言い渡されてしまったから予定通り学園中の話題の中心となるだろう。

 パンダのように目立ってしまったのは、それに関しては申し訳ないとしか言いようがないが、悪い事をしたつもりはない。

 そんな会話を繰り広げていると、背後から久しい声が聞こえてきた。


「シャルの言う通りだよ」

「っ!」


 周りの好奇の視線を感じながら、さもそんなの知らぬと言いたげに話しながら歩いていると、背後から声をかけられ、その声に全身がビクッと震えた。

 その声のする方へ振り向くと、先に気づいたスティが花が咲いたように笑顔になり、その人物の方へ駆け寄る。

 模範となる淑女はどうしたスティよ。


 ――走ると危ないぞなんていう暇も与えてもらえなかった……。


「お兄様!」

「おはよう、久しぶりだね。手紙はよく送っていたけど」

「半年会えないだけでも、少し寂しかったわ」

「はは、伯爵邸は王都にあるんだから来ようと思えば来れたはずだよ。でも、そう思ってもらえるだけで兄としてはこの上ないほど嬉しい事だね」


 兄妹水入らずの会話に微笑ましげに遠目から眺める私。

 彼はクリストファー・シュトアール伯爵。先日話したスティの血を分けた兄妹で、攻略対象の一人だ。

 この世界では予定より遅く復帰している為、時系列に狂いが出ているようだが、まあそれは特にそれがなんだという。

 ゲーム通りにならなくとも、それで世界が滅ぶとかそういう物ではない為焦りはしない。

 六月の少しどころか、結構汗ばむ陽気の朝にもかかわらず、風にさらりと靡く兄妹お揃いの白銀の髪が眩しい。

 そして、妹に向ける溺愛の眼差しがまた優しげで私でも見とれてしまうどころかむしろ妬けてしまう程だ。

 こちらの視線に気付いたのか、スティの時とはまた違う優しい笑みを浮かべ、こちらに近づいて来るなりぽんぽんと頭を撫でられた。


「く、クリストファー様!?」

「半年会えなかったけど、元気だった?」

「は、い……大丈夫です。叔父様達の葬儀以来ですね……」


 かろうじて葬儀での記憶が今蘇り上手く話題を取り繕うと、目を細めて嬉しそうに微笑むクリストファー様。眩しすぎるくらいに美形だ。

 それにしても――。


 ――こんな喋り方だっけ? 


 こんな優しい王子様みたいな口調だっただろうかと戸惑いを見せつつも、彼の声や容姿、そして優しく声をかけられるだけで緊張してしまうのはシャルティエの時からのようだ。

 かくいう私は何故緊張しているかと言うと、ゲームで散々彼のルートをやりこんだからだ。

 そう、その好きな人物というのが彼だ。

 グランツルートでクリストファー様の結婚式が見れると聞いて飛んで見に行った事を覚えている。彼が出てくるストーリーは余す事なく見た程に大好きな『推し』だ。

 こんな気さくに推しに頭に手を置かれてしまい、心臓がまるで激しく乱れるドラムのようだ。雰囲気の良い表現をすると早鐘のように激しく鳴り響いているというような状態だ。

 今にも爆発して体もろとも飛び散ってしまうんじゃないかという気持ちになる。

 奇跡的なことに、私自身とシャルティエの感情が一致していたようで、おそらく彼女に転生したのもそれが理由なんじゃないかと思い始めていた。


「お兄様、シャルが固まってるわ」

「あぁ、ごめん」


 言葉がうまく出せずに固まっていると、スティが止めてくれて名残惜しそうにその手は離れた。

 ようやく離れてくれて、私を見下ろす背の高いクリストファー様は、少し寂しそうな眼差しで屈んでこちらの顔を伺っている。

 しかし、この眼鏡で表情が見えない為、少しほっとしてしまった。

 そうでないと、顔を赤くするのを我慢して目に涙を溜めてる事がバレてしまう。

 先程のスティではないが、めちゃくちゃ恥ずかしいのだ。


「あ、あの……」

「ん? 」


 何か話しかけようと声を出したものの何も思い浮かばず、彼の喉から出る問い掛けの吐息だけで気絶してしまいそうだ。


 ――あぁ、好き過ぎる。


 オロオロとして投げかける言葉に困っていると、また心配したのかぽんぽんと頭を撫でられた。そろそろ本当に心臓が爆発するかもしれない。


「シャル? 体調悪いのかな?」

「あ、あの……えっと……」


 綺麗に整った顔が、私の目の前で覗き込むように見つめてくるのが耐え難く何故か居心地が悪い。胸がざわついている。

 そして、緊張する私の精神がそろそろ限界なのか、心臓のドキドキがおさまらないどころか悪化していく。


 ――血が巡りすぎて頭がクラクラしてきた……。


「シャル? ……シャル!」

「え? あぁ……スティ、ごめん。大丈夫だから……」

「シャル、顔が青くなったり赤くなったり大変だね。どこか体調悪いのかな?」


 心拍がおかしくなるのをなんとか堪えていると言うのに、いつまでも私の顔の近くでにこやかに微笑を浮かべる王子顔の現役伯爵様は、わざわざ額と額をぴとっと合わせたり、頬に手を添えたりと甲斐甲斐しく心配する。

 とうとう私の我慢が限界に達しかけた時、天と地がわからなくなる程の目眩が起きてそのまま意識を手放した。

 遠くでスティが私の名を呼んだような気がした。





「……シャル!? シャル! お、おお兄様どうしましょう!」

「スティ落ち着いて、大丈夫だよ。気を失っているようだ」


 突然気絶をしたシャルに狼狽する妹のスティを優しく宥め、体を揺らさないようにゆっくり横抱きにする。

 周りも突然倒れた彼女に慌てて先生を呼びに行ったほうがいいかと僕に問いかけるが丁重に断り、遅刻して行くと先生に伝えるように指示して保健室へと向かった。


「どうしちゃったのかしら……」

「はは、そうだね」


 ――シャルがこんなに、表情を沢山見せてくれるとは思わなかったな……。


 保健室のベッドに横に寝かせ、布団をかけてやると、スティは濡れタオルを用意してシャルの額に乗せて呟く。

 それに対して、意味深に笑うが妹には気づいていないようだった。


「先日は、大変だったね」

「えぇ……、少し驚いたけれど私は平気よ」

「本当に、我が妹ながら健気で強いね」


 健気なスティに優しく頭を撫でてやると、頬を赤くして「もう子供じゃありません!」と膨れっ面になる。

 そんな妹が可愛くてクスクスと笑った。きっとシャルもそう思うに違いない。

 自分の顔を見て赤くなる彼女も本当に可愛いんだ。

 早く目を覚まして、面白い反応をもっと見せて欲しい。


 今まで見せてくれなかった分……。



2019/08/08 校正+加筆

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