悪役令嬢の親友ですが彼女を助けます!

いちごだいふく(元:桜月)

濡れ衣の悪役令嬢をお助け編

プロローグ

 


「――エストアール、お前が婚約者としての立場を利用し、クルエラ・ダティを傷付け陥れようとしていると聞いた。それは本当か?」

「……仰っている意味が、わかりかねます。グランツ殿下」


 ここはカーディナル学園。貴族と平民が通う、フリューゲルス国の王都に建つ由緒ある大きな学園だ。

 ここでは、定められた年齢の範囲であれば、平民も含め、令嬢や令息、そして王族までもが通う。

 彼らは勉学に励み、将来はこの国をさらに発展させていくための人材として育成する施設として信頼も厚い所で有名だ。

 広大な敷地でだだっ広く、通う生徒の人数以上の教室がずらりと並び、施設も充実しており、フリューゲルス国王ですらここに通えない人間は人生損していると豪語する程のものだ。

 しかし、そんな学園内で由々しき事件は発生した。

 先程聞こえた――あまり事実だと認めたくないが――その光景はおそらく明日には学園の新聞の一面を飾り、さらにはニュースとなるだろう。

 そして、その事件というのがこの大きな学園のだだっ広い廊下に伸びる赤い絨毯の上で行われている。

 それだけでは飽き足らず、茶髪でさらりと長い髪を後ろに束ねているこの国の王太子――グランツ・フリューゲルス王太子殿下が婚約者に対して断罪を始めたからだ。


「私の話を聞いていただけませんか……」

「言い訳は聞きたくない、事実かどうかをお前の口から聞きたい。……どうなんだ?」


 冷たくあしらう聞く耳を持たぬグランツに対して落胆気味に見つめる美女、白銀の髪に緩やかにウェーブのかかった誰もが羨むような美貌のエストアール・シュトアール伯爵令嬢だ。

 先程も言ったが、彼女はグランツの正式な婚約者だ。お披露目だって済ませてある。

 更に重ねて言うと、エストアールが卒業したあかつきには王太子妃として結婚式も控えている正真正銘の関係なのだ。

 グランツの、その敵意をむき出しに見下すような冷ややかな眼差しと、自分への虚偽の疑いをかけられ、いつもならば誇らしく輝かしい程の眼差しを秘めている鮮やかな赤い瞳は微かに揺れていた。

 しかし、それすらも芸術品のように美しい――まるで作り物かのようだ。

 そして、そのすぐ隣で無様にしゃがみ込む丸眼鏡の女子生徒をまるで介抱するように背中に細い手を添えられている。

 しゃがみこんでいる女子生徒をよそに、ギャラリーで集まった生徒達は公的にも婚約者同士である二人が対峙して険悪な空気を纏って睨み合っているのをじっと見守る。

 彼らは内心『一体この二人は何故喧嘩をしているのだろう』と思っている事だろう。

 しかし、この状況を誰が説明する事が出来るだろう。

 睨み合いが続いたが、言い訳をするなと言い放ち、エストアールに『私がやりました』というそれだけを待っているように感じる。

 理不尽な事だとこの場の者は心の中で叫ぶが、口に出せば不敬になるかもしれないと恐れている。


「クルエラがこんなにも悲しみで涙を流している。それにもかかわらず、お前はとぼけ、しらばっくれ、そしてこの事実を無かったようにしようとしているのか?」

「それは誤解で――」

「お前がそんな薄情で思いやりのない女だとは思わなかった」

「グランツ様! それではエストアール様が、あまりにも可哀想ですわ!」


 婚約者の言葉を遮り、まくし立てるグランツに、エストアールの取り巻きの一人が声を上げた。

 一応、僭越ながら言わせて貰いたいのは、彼らは決して主人公ではない。

 ついでに言うなれば、今回これを語らせて頂いているのは、そのエストアールの隣で介抱されながらしゃがみこんだ無様で間抜けな眼鏡をかけた女子生徒だ。

 何故私がこの廊下に居るのか、いつからここにいたのか分からないが、彼らのやりとりが始まって直後、私はまるで熱でもあるんじゃないかと疑う程の目眩で頭がクラクラとし、まるで脳みそを何かで掻きまぜられたような感覚に襲われた。

 そのせいで一気に気持ち悪くなって、崩れ落ちて今に至る。

 これは決して、丸眼鏡をかけていて度が合わずそれで酔って気分が悪くなったわけではない。これは度がないのだから。

 私の名は、シャルティエ・フェリチタ。辺境伯の令嬢で一人娘だ。

 私の背中に手を添える心優しいエストアールと、そこの金髪の胡散臭い女を肩に抱いて断罪みたいな事をしている残念王太子とは残念ながら幼馴染だ。

 体の不調はゆっくりだが治まっていき、なんとか体を持ち上げるように立ち上がると、心配げにこちらの様子を見てくれるエストアールは本当に優しい令嬢であり立派な淑女だ。

 こんな状況にもかかわらず、私の事を気遣ってくれる。


「シャル、大丈夫? 保健室で休んだ方が……」

「大丈夫、ありがとうスティ」


 彼女は私をシャルと呼び、私も彼女をスティという愛称で呼んでいる。

 それは、あの幼馴染の王太子もかつてはそうだった。ちなみに、彼にはグラムという愛称がある。

 立場上、学園で呼んだ事は一切ない……はずだ。不思議と記憶があやふやだ。

 あっ、そう言えば私はどうやら転生してきてしまったらしく、意識的に記憶が前世の方が強いようでなんだか他人の体に乗り移ったような感覚になっていて不思議な気分になる。

 しかし、シャルティエの記憶は所々断片的ではあるが、名前や少しの思い出はわかるようだ。

 転生によるショックだろうか、こんな事があるのかと実体験した私は自分の頭の中なのに変な気分になる。

 この場合って、普通は『私の前世はこんな人なんだ!』くらいのものではないのだろうか、まるで昨日の事のように最期の記憶が鮮明に蘇った。

 そして今この目の前で繰り広げられている光景は、嫌という程に見た断罪シーンだ。

 しかも、私がかなりやりこんだゲームの……。





 ――『世界で一番麗しい人』、略称『せかうる』と呼ばれ、ネットでは色んな意味で評判のあった乙女ゲームだ。

 乙女ゲームと言うのは、女性向けの男性と結ばれる為に奮闘する恋愛シミュレーションゲームだ。

 現在行われているこのイベントは、ヒロインが王太子であるグランツと結ばれる前に、今までヒロインにちょっかいを出していたライバルキャラのエストアールに、三年生の卒業パーティーの公衆の面前で断罪し、婚約破棄を言い捨てる。

 その後、ヒロインとトントン拍子に婚約、結婚と進んで、その後のエピローグまで突き進むのだ。

 それなのに、まだ今は六月だ。三年生の卒業パーティーは半年以上も先だ。

 まさかそんな、こんな最悪のタイミングでこの世界がゲームの世界に目覚めてしまった私は最悪の中でもトップクラスに最悪じゃないかと頭を悩ませた。

 シャルティエとしては、彼女エストアールは幼馴染で親友だ。そして、取り巻きなのだ。

 ここでエストアールが不幸になる展開は本望ではない。むしろ反対だ。

 是非とも、ヒロインには別の方に乗り換えて欲しい――いや相手は選んで欲しいが……――。


「お前はそんな奴を構っている場合ではないぞ。こちらの大事な話から目を背け、そして無かった事にしようとしているのか? お前がそんな残酷な女だとは思わなかった――エストアール、お前との婚約を解消する事にしよう。そして……クルエラ。 お前は俺がこれから守る事を誓う」

「グランツ様、そんな……嬉しいですけど」


 芝居臭い台詞を聞くやいなや、クルエラは頬を染めて口元を緩める。

 そして、口どころか、穴という穴から砂糖が出てきそうな甘い空気が漂い始める。

 見てられない状況に胸がムカムカしてくる。

 そして、ヒロイン――クルエラ・ダティ男爵令嬢の何気ない発言にいちいちイライラしてくる。

 私は転生早々に更年期が来たのかも知れない。


 ――嬉しくないなら今すぐ断りなさいよ! って叫んでやりたい!


 グランツに、〝そんなやつ〟呼ばわりされてしまったのだ。

 確かに、シャルティエはゲームでは目立たないキャラクターだ。

 それでいて、エストアールの幼馴染にして取り巻きだ。

 目立たないのは当たり前――目立たない格好をしているのも理由があるのだがそれにしてもひどい言われようだ。

 自分の顔を隠す為の物だが、これのせいで結構周りからの対応は冷たい。

 人は見た目で判断するから分かりやすい。

 それがまた眼鏡の意味をなしていると思うと都合がいいのだが、少しは私だって傷つく。

 そんな事は置いといて端的率直に言うと、私はヒロインのクルエラが嫌いだ。

 もっと言って許されるなら、大嫌いだ。誰とも幸せになれなくていい、と思っているくらいだ。

 酷いと言われてもこれだけは、それ以外に何とも言えないくらいなのだ。

 こんな事を突然言われても、きっと誰もが驚くかもしれない。

 ただ、彼女は今までやってきた乙女ゲームのヒロインの中でもかなり異質な存在だ。


「エストアール、どうなんだ。いつまで待たせている? 罪を認めろ」

「ですが……」

「エストアール様、私は認めていただけるだけで十分ですから!」


 ――ほら、ヒロインならこんな事、口が裂けても言わない。


 やりこんだ私なら大声で言える。彼女はおかしい。

 厳密に言うと、シナリオライターがおかしいのだが、ゲームの制作に関わった人間もなぜこれを良しとしたのかも分からないし、きっと今後説明を受けてもそれを理解する事は出来ないだろう。

 詳細を簡潔に語る事は難しいが、今回の件で言うならば、エストアール――スティは無実潔白、清廉潔白なのだ。


「信じてください。私は何もしておりません」

「嘘をつくな! クルエラがこうやって涙を流しているだろう! お前がつまらん嫉妬で、俺から距離を置けと言われたと聞いている」

「そんな……」


 覚えのない事を突きつけられ、瞳には涙を溜めているが懸命にそれが溢れないように耐えている。

 気高く美しい完璧な令嬢は、いかなる時も涙を簡単に見せてはいけない。

 その伯爵令嬢としての心得を常に守ってきたスティは、幼い頃から恋をしていた相手に、まさかのある事ない事を突きつけられ今まさに責められているのだ。

 そして、何より気に入らないのはクルエラだ。

 誰にも分からないようにグランツの胸に縋るように抱きつき、顔を隠してニヤリと笑っているのが私からは良く見える。

 こんな女にスティの幸せを奪わせるわけには行かない。助けてあげたい。

 ゲームをプレイしていた当時は彼女の為に、そして私が好きな人物の為に一生懸命このシナリオのヒロインの魔の手からの抜け道はないのかと、この『せかうる』をやりこんだ事もあってか、今まさに幸か不幸かここに転生する事になった。


 ――神様は、私にこの世界を救えとでも言うのかな? 


 シナリオが気に入らないからと、数年通った会社からのいつもの帰りに制作へクレームでも入れてやろうと普段はそんな事やろうともしないのに一念発起をして、信号待ちにかかってわざわざ公式ホームページまで行き、問い合わせを開いて思いの丈を書いて送ろうとした時だった。

 サービス残業で半ギレ状態での帰宅に夜も遅く、暗い道に自分の体がやけに明るくなる。

 何事かと光の元の方を見ると、プリウスがこちらに突っ込んで来たのだ。

 思い切りその体は轢かれて飛ばされ、そのまま力なく倒れこみ、頭から生暖かい物を感じて頭をぶつけて血が流れたような感覚もまだ覚えている。

 それを慌てて様子を見に来る老人二人が顔を青くして覗き込んで来た事も覚えている。


 ――だから免許返納しろってテレビで言ってたじゃん! 馬鹿なの!?


 じわじわと、脳内にもやがかかったようになり、意識が遠くなって行くのを感じた所までは覚えていた。

 老害め、全世界の老人が問答無用で免許剥奪になる呪いでもかけてやろうかと死に際に思ったのに、その怒りよりもゲームにかけた時間と、ヒロインに対しての不快が勝ってしまったようでこちらに転生してしまったようだ。


 ――そうじゃないと、ここに来る意味がわからない。


 正直悔しいが、この際転生してしまったのだからこの世界でやれる事をしようと気持ちを今切り替えた。たった今。

 相変わらず目の前で不毛なやりとりが繰り広げられている光景を眼鏡越しに見つめ、ストロベリーブロンドの毛先がワンカールされた髪を指先で弄びながらこの状態をどうしようかと悩んだ。


「クルエラが嘘をついているとは思えない。気の強いお前なら、自分の意見を通す事は造作もないだろう」

「そんな事は神に誓っても致しません。どうしてこんな……」


 スティは、悔しげに自分の言い分を聞き入れてもらえない屈辱に表情を歪めるわけでもなく、先程よりも更に冷静に対応をしている。

 その手を見ると緊張しているのか、それが分からないように制服の踝までの丈のフレアスカートを後ろで握り締めていた。

 しかし、いい加減にこの光景も見ていられなくなり、私はスティの手を握り、安心させるように二度きゅっきゅっと握る。

 れは小さい時から、お互いに怖い事や不安な事があった時に安心させる合図だ。

 彼女の兄から教わった物だが、それを思い出して自然と口角が上がる。

 それに驚いたスティは、目を丸くしてこちらを見て私の眼鏡越しのレッドベリルの瞳と合ったのか、表情を戻した。

 しかし、直ぐに怪訝そうにこちらをジッと見つめてくる。そんな事はお構いなしに、私はそれに対して頷いて見せて、空いた方の手を挙げた。


「なんだ、シャルティエ。 言いたい事があるなら手短にしろ」

「そんなにせっかちな方でしたか? それとも、こんな私と会話をするのも嫌という事でしょうか?」

「……何を言っているんだ? 下らない事を言うな。用件だけ聞く」

「……転生って、普通ライバルキャラとかヒロインとかそっちの方に憑依するもんじゃないの?」

「――ん、何か言ったか?」


 私の不服のぼやきに問い掛けるグランツに「何でもありません」と言い、スティの手を握ったまま、改めて右手を挙げて宣言した。


「私はスティと――、エストアール様と常日頃から生活を共にしております。無実であると思われます」

「それは――」

「それに彼女は周りからも目立つ存在です。それはグランツ様がご存知なはず。他の人間が見ていない所で、クルエラ様を陥れる為に行動するには些か窮屈な環境条件ではないかと思われます」

「しかしクルエラは泣いていた」

「泣いているから被害者なのだとすれば、それはつまり、私やスティがこの場で泣いたとしたらそれを信じて頂けるという事でしょうか?」

「それは……」


 大変不服ながら、私の前世年齢とシャルティエの実年齢がプラスされて人生経験が彼らより多い。大人の部類に入るだろう。

 死んだのが二十六歳。シャルティエは十七歳……もうこれ以上は言いたくない。

 足し算ではなく、やり直したと思えば気にならない。

 子供のような言い分に現実を突きつけるように言えば、道理の叶った言い分に回答を詰まらせるグランツ。

 そして、その腕の中で動揺に表情が崩れるクルエラ。まるで予定外の展開だとでも言いたそうだ。

 この場でこれ以上強く出てしまうと、今後やりづらくなるかもしれないと総合的に判断した私はここで宣言した。


「このシャルティエ・フェリチタ。辺境伯令嬢の名誉をかけて、エストアール様の無実の証明、潔白の証明と証拠を用意する事をここに宣言致します。その為に一ヶ月の猶予を頂きたいのです!」


 私の申し出に、誰もが予想だにしなかった展開だったのかしんと静まり返った。

 それにお構いなく私は真っ直ぐ眼鏡越しにグランツを睨むように、厳密にはその腕の中で嘘泣きをするクルエラに向けて睨みつけた。

 こちらに気付いたのか「こわいです!」と猫撫で声で再び抱きついたのを見て、繋いでいた手の力が強まった気がする。

 スティは顔には出さないが、嫉妬でどうにかなりそうなのだろう。

 グランツはこちらをジッと見つめてくる。

 何か言いたいようだったが、今は関係ない。きっと関係のない事だ。

 こんな公衆の面前で婚約破棄されそうで、よくわからない女に取られそうなのだ、そりゃ不安にならない方がおかしい。

 しばらく無言が続いたが、諦めたように嘆息するグランツに視線が集中する。


「……それで、無実の証明したらどうしろと言うんだ」

「それはグランツ様にお任せ致します。それでもなお、クルエラ様を守って差し上げるというのであれば、私はもうこれ以上は意見を続けるつもりはありません」

「……分かった。ただし二週間だ」

「……ありがとうございます」


 ――短いな。そんなに急ぐ必要があるのかな。


 少し期間が短くなったが、それまでに全力を尽くせばいい。

 大好きな親友の為に、この世界の最低な展開を覆してやろうと心と、この左手を震えながら握る彼女に誓った。


 ――親友を助けるぞー! 



2019/08/07 校正+加筆

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