第55話 盗賊は入り口を選べない
「ゴルディ、ブルがダクトまであとどれくらいかって聞いてるわ」
『岩蜥蜴』をまとって垂直な岸壁を上っていると、足元の方でクレアの声が聞こえた。
「もう目と鼻の先だ。いいから黙ってついて来いと言っとけ」
俺はそう言い放つと、闇に溶けている岩山の壁面を見上げた。たしかに登り始めてから一時間以上は経つ。いかにスーツの登攀力が高いとはいえ、そろそろ手足も限界だろう。
「問題はダクトの大きさだな。あの映像で見た限りじゃ、ブルが潜りこむのは一苦労……んっ?」
俺の目が闇の一点に動く物体を捉えた、その直後だった。拳ほどの塊がおれの頬を掠めていったかと思うと、立て続けに同じような物体が高速で落下してきた。
「わああっ、何だっ」
下の方でノランの叫ぶ声やブルの「痛っ」という悲鳴が上がった。どうやらゴミか何かがばらまかれたらしい。
「何だか知らんが、この真上がダクトらしいな。物が落ちてくるってことはシャッターが開き始めたってことだ。……みんな、あと少しだ。急ごう」
俺は足元に向かって檄を飛ばすと、がむしゃらに岩肌を上り始めた。やがて、頭上にパイプのように突き出した岩が見え、生暖かい空気が俺の髪を嬲った。
「クレア、俺は先にダクトに侵入して君たちを待つ。俺が合図したら順番に入ってくれ」
俺は後続にそう告げると、吹きつける風に抗うようにダクトに向かって進んでいった。
やがて岩をくりぬいたダクトの入り口が目の前に現れ、俺はパイプの内壁に手足を押しつけて侵入していった。ダクトが水平になった位置で待っていると、クレア、ジニィ、ノランの順で仲間たちが現れた。
「……ブルは?」
ノランに恐る恐る尋ねると、背後を肩中越しに見て「今、格闘中」という短い答えを返してきた。『レインドロップス号』で待機しているジム除く六人がデイジーの救出メンバーなのだが、最初の試練がブルの潜入だった。
俺たちが狭いダクトの中で待っていると、やがて顔を赤くしたブルが身をよじりながら姿を現した。
「なんだってこんなに窮屈なつくりにしやがったんだ、この入り口は。よっぽど手足を外に置いてこようかと思ったぜ」
ブルはパイプ内に寝そべると、荒い息を吐きながらひとくさり不平を漏らした。
「贅沢言うなよ。このダクトは俺たちが侵入するための設備じゃない。……んっ?何だブル、その顔にひっついてる紙は」
俺が頬のあたりに貼りついている紙のような物を示しながら尋ねると、ブルははっとしたように紙をはがし、ためつすがめつした。
「……なんだこりゃあ」
ブルから紙を手渡され、裏面をあらためた俺は思わず息を呑んだ。紙だと思っていたものは写真のプリントで、写っていたのは何かの研究室らしい部屋と、椅子に座って俯いている少女だった。
「……デイジー!」
俺が叫ぶとブルが「何だって?その子がお前さんの探してる子か」と、鼻息を荒くした。
「そうだ。俺たちは一刻も早くこの部屋を見つけださなきゃならない」
俺が重い口調で言うと、クレアが「手分けしましょう」と言った。
「よし、二人一組で探そう。誰かがデイジーの身柄を確保したらすぐ脱出する」
俺たちは頷き合うと再び一列になり、狭いダクトの中を終点目指して進み始めた。
〈第五十六話に続く〉
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