第56話 その男、廃棄物につき
やがて、俺の耳がごうごうという空気音が変化したのを捉えた頃、目の前に金網で遮られた出口が現れた。
「見ろ、終点だ。どうやら廃棄物の処理部屋らしいな。見える範囲に人気はなさそうだ」
俺が肩越しに振り向いてそう告げると、最後尾のブルが「本当かよ。入った途端、立ち回りなんてのは御免だぜ」と言った。
俺は「誰かが向こう側に言ってみればわかる」と呟くと、金網の隙間から万能モータードライバーを出した。俺は慎重な手つきでネジを外すと、音を立てないよう細心の注意を払いながら外に出た。
床に降り立った俺は殺風景な部屋の内部を一通り、あらためた。予想通り人間の姿はなかったが、樹脂製の箱が壁に沿って大量に積まれているのが不気味といえば不気味だった。
俺は室内に危険がないことを確かめると、後続の五人にダクトから出るよう促した。
「ここで着替えて行こう。……所詮、ばれるまでの時間稼ぎだがな」
俺たちは『岩蜥蜴』を脱ぐと、折り畳まれた白衣を取りだし、身につけ始めた。ちゃちな変装でも、潜入の際にはそれなりの役目を果たすこともある。
「よし、予定通り二人づつ、三組に分かれてデイジーを探そう。仲間に連絡を取ることができなくなったら、自力で脱出するんだ。いいな」
俺は他の四人が部屋を出るのを見届けた後、美人研究者に扮したクレアと共に出発した。
廊下に出た俺たちは人気がないのをいいことに、左右に並ぶドアを一つ一つ確かめながらゆっくりと進んでいった。
「覗けそうな部屋はないわね。……どうする?エレベーターで上か下の階に移動する?」
「それもいいが、廃棄物倉庫やダクトがある以上、この階で何かの研究が行われている可能性も捨てきれない。……実はさっき通り過ぎてきた扉の中に気になるものがあったんだ」
「気になる扉?」
俺たちは廊下を引き返すと『処理室48E』とプレートに記された扉の前で足を止めた。
「見ろ。小さく『使用禁止』の紙が貼ってあるにも関わらず、扉の下から光が漏れている」
「本当だわ」
「……よし、こうなったら運試しだ。一か八か中に入ってみよう」
俺は思考モジュレーターを出すと、扉のセンサーに押し当てた。やがてロックが解除される音が響き、青いランプが灯った。
「行くぞ。くれぐれも油断するな」
俺は扉の取手を掴むと、音を立てないようそっと押し開けた。室内に足を踏みいれた俺たちは、背後の扉を閉めて再び中の様子を見た。内部の造りはダクトの出口があった部屋と似通っていたが、一つだけ異なる点があった。
部屋の奥に金属製の格子で仕切られた一角があり、その向こう側に痩せた白髪の男性が虚ろな目でたたずんでいたのだ。
「……あんたは」
俺たちが近づくと、男性はクレアを見た瞬間、信じられないといった表情になった。
「まさか、マリウス博士?」
クレアが口にした名は、俺にも聞き覚えのあるものだった。ジョージ・マリウス。
「よもやこんな場所で会おうとは……誰にも追われることなく、無事に生き延びたのだな」
ふらつきながら立ちあがったマリウスに、クレアは厳しい顔つきで「ええ」と答えた。
「あんたが『ティアドロップシステム』の生みの親、マリウス博士か。なんでこんなところに閉じ込められているんだ?」
俺が尋ねるとマリウスが視線をクレアの顔から外し、俺の方に向けた。
「あんたは?研究員の格好をしているが、違うようだな」
「俺は盗賊ゴルディ。盗みで食っている無法者だ。クレアとはスクラップ置き場で死にかけていたところを見つけて以来の仲間だ」
「そうか、スクラップ置き場で……まあいい。私は研究者としては用済みだが、『ティタノイド・ユニオン』以外の組織に囲われるのを防ぐため、この部屋に軟禁されているのだ」
「なるほど、自分の開発した装置があまりに広まりすぎた故の悲劇だな。……もしあんたがある人物の居場所を知っていたら、脱出に手を貸すところなんだが」
「ある人物というと?」
「世界を救えるただ一人の少女さ。暴走したシステムを止める装置を造らされているんだ」
俺がデイジーが攫われた経過をかいつまんで話すと、マリウスは驚きの表情を浮かべた後、口を結んで黙りこんだ。
「……その女の子なら、おそらくこの『ロックタワーズ』にはおらん。岩の上に建っている『天界の砦』の方だろう。あんたが私をここから出してくれるなら『天界の砦』に通じる極秘ルートを教えんこともない」
「本当か?ぜひ頼む。……何か条件があるなら聞かせてくれ」
「条件は、この上の階にあるプライベート・ラボでジェイムスンという男が開発している装置を破壊することだ。その男こそ、私が一線から身を引いた後、『ティアドロップシステム』を人類を破滅させる装置へと変えた人物なのだ」
「人類を破滅させる、だって?……しかしあんたも助手のヒューゴ・ゲインズも装置を使って世界を支配することは望んでも、破滅させるなんてことは考えていなかったはずだ」
「その通り。ゲインズは己の欲望に目がくらんだところを『ティタノイド・ユニオン』につけこまれたのだ。装置の暴走が始まった今、奴も私と同様、用済みの運命を辿るはずだ」
マリウスは目に皮肉めいた色を浮かべると、「どうするかね、盗賊君」と言った。
「やるよ。どうやらそれしか『天界の砦』に行く方法はなさそうだ」
「ラボのある階は機械による防衛システムが支配している。ジェイムスン以外の人間が侵入したら、たちどころにセキュリティが働いて蜂の巣、もしくは黒焦げだ」
「それでも行くしかないんだろう?盗賊と取引する以上、あんたにも覚悟を決めてもらわなきゃな」
俺はそう言い放つと、端末で他の四人を呼びだした。
「ゴルディだ。どうやらデイジーは『天界の砦』にいるらしい。行き方を知っている人物との接触に成功した。俺が合図をしたらダクトのある階のエレベーター前に全員集合だ」
俺は仲間たちとの通話を終えると、再びマリウスの方に向き直った。
「さて、ラボに行くのはいいが、まずはあんたをその狭い部屋から連れださなくちゃな」
俺が言うと、マリウスは「それなら簡単だ。ここの管理者を呼んでキーを奪えばいい」と言った。
「簡単に言うが、どうやって呼びだす?」
「呼びだすのは私がやろう。緊急事態だと言えばいい。キーを奪うのはあんたたちに任せる。盗みは盗賊の専門だろう?」
マリウスは口元を吊り上げると、鉄格子の向こう側で愉快そうに目を細めてみせた。
〈第五十七回に続く〉
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