第53話 静かなる英雄の形見


「くそっ、ひでえことしやがる。奴ら本当に人間かよ」


 ブルが瓦礫と化したアジトに足を踏み入れるなり、そう吐き捨てた。


「嘘を吹きこまれた連中が、俺たちの『家』を悪の本拠地だと思いこんだんだろうな」


 天井に開いた穴から空を見上げ、シェリフがぽつりと漏らした。


「これだけ徹底的に壊されちまうと、建て直すより引っ越した方が早いかもな……なあ、クレア?」


「そうね。……でも私はこの場所が好きよ。たとえ瓦礫になってしまっても」


 そう言うとクレアは、僅かに形が残ったバーカウンターの残骸に凭れかかった。


「畜生、こうなったらゲインズ達のアジトも同じ目に遭わせてやらなきゃ気が済まないぜ」


 ノランが興奮した口調で言うと、片方だけ残ったスウィングドアを拳で叩いた。


「そうだな、盗みもしばらくは休業だし、それもいいかもな」


 俺はバーカウンターの内側に移動すると、床の一部を踵で叩いた。


「――どうやら地下は無事らしいな。ジム、アジトに残った唯一のお宝に案内するぜ」


 俺は床の一部を持ち上げると、地下へと続く階段を目で示した。


「なんだい、まだこんなところに秘密の部屋があったのかよ」


 近づいてきたノランが、目を輝かせて地下への入り口を覗きこんだ。俺たちは連れ立って地下に降りると、坑道を思わせる暗い通路を奥へと進んでいった。やがて目の前にドーム状の開けた空間が現れ、俺は携えていたライトを天井の梁に吊るした。


「ここがアジトの『始まりの場所』さ。ここが鉱山だった頃の名残だよ」


「なるほど、それであちこちに掘りかけの穴があるってわけか」


 自分も鉱夫の経験があるらしいブルが、感心したように言った。


「そうだ。そしてここが俺に『ゴルディ』の名を託したトーマス・ゴルドラックの墓だ」


「墓だって?」


「そうだ。穴の隅にアルファベットが彫られているだろう?『T』と彫られている穴の奥を押してみろ」


 目を丸くして声を上げているノランに、俺は穴の一つを目で示しながら言った。


「なんだい、勿体つけんなよ。なになに『T』……あっ、これだ」


 ノランが穴の一つに手を入れ、奥の壁を押した瞬間、ごおんという音がして床の一角が箱型に持ち上がった。


「うわっ、なんだ?」


「次の文字がわかるか?全部で三文字だ」


「ちぇっ、見くびるなよ。こう見えてもパズルは得意なんだぜ。……ええと、たぶんこれだ」


 ノランが続けて押したのは『О』の穴だった。穴を押し終えると一呼吸置いて、今度は出現した箱型の突起から、かちりという何かが解除されてような音が発せられた。


「そして最後は……『M』だ」


 ノランは自信に満ちた口調で言い放つと、三番目の穴を押した。すると突起の前部が引き出しのようにせり出し、中に収められた機械が露わになった。


「ジム、これがトーマスが残した『遺品』だ」


 俺はエンジンと思しき機械を取りだすと、ジムに手渡した。するとジムの表情が目に見えて変化し、信じられないという顔つきになった。


「これは……間違いない『ディノ・モーター』の進化形態じゃ。……あやつ、亡くなる前にこれほどの物を完成させておったとは……。ゴルディ、こいつを『レインドロップス号』に取りつければ、今までとは比べものにならない性能が得られるぞ」


「そうかい。そいつは良かった。……さあ、亡き盟友の墓参りも済んだことだし、風通しのいい『旧アジト』に戻るとするか」


 俺が天井のライトを見つめてそう漏らした、その直後だった。ふいに壁のスピーカーから緊急着信を告げる音が聞こえ始めた。


「まさか、通信装置が生きているのか?」


「確かめてみましょう」


 俺たちは頷き合うと、一斉に地上へ続く地下通路へと引き返し始めた。


               ※


「ゴルディ……ゴルディ!聞こえたら返事をしてくれ、頼む」


 瓦礫の間に見えるモニターから呼びかけを繰り返していたのは、モーガン神父と家庭教師のドウエル教授だった。俺は瓦礫を取り除くと、通信機能の応答スイッチをオンにした。


「ゴルディだ。遅くなってすまない。何があったんだ?」


「ゴルディ、大変なことが起きていたって言うのに、どうして出てくれなかったんだ」


「実はアジトが空爆を受けて、一時的に避難していたんだ」


「何だって?空爆とはいったい、どういうことなんだ」


 俺の返答を聞いた二人が、表情を一変させた。


「詳しいいきさつは後回しだ。それより大変なことってのは何なんだ」


 俺が問い質すとモーガン神父は一瞬、言葉を切って目を伏せた。


「……実はデイジーが行方不明になった。何者かが教会に侵入し、拉致していったらしい」


「なんだって?」


「おそらく『リミッターシステム』を手に入れようと企む『ティタノイド・ユニオン』の一味だと思う」


「『ティタノイド・ユニオン』か。ゲインズのスポンサーだな」


「ゴルディ、デイジーが連れ去られて二日以上経つ。『リミッターシステム』の開発を強要されているのだとしたら、一刻の猶予もない。頼む、彼女を奴らの手から救いだしてくれ」


「もちろんだ。しかし助けようにも居場所がわからなければどうしようもないぜ」


「デイジーが囚われている場所はおそらく、『ティタノイド・ユニオン』の本拠地のひとつ『タワーズロック』と『天界の砦』だ」


「『天界の砦』?」


「バベルの塔を思わせる巨大な一枚岩と、その上に建てられた古代の神殿風の建造物だ。内部は最先端の研究施設になっているとも言われている。何とかして潜入し、デイジーの身柄を無事に取り戻してくれないか」


「間違いなくそこにデイジーはいるんだな?」


「ああ。他には考えられない」


「よし、今からそこへ救出に行く。必ずデイジーの身柄を取り戻してやるから安心しろ」


「たのむぞ、ゴルディ」


 通信を終えると、俺の中にかつて覚えたことのない激しい怒りが沸き起こった。


 ――今からテッドおじさんが悪者を退治しに行ってやるからな。待ってろよ、デイジー。


            〈第五十四回に続く〉

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