第52話 荒野の巨神たち


「どうしたジム、返事がなければ力づくで『ディノ・モーター』を頂いてゆくぞ」


「そう簡単に行くかどうか、試してみるのだな」


 長い多関節アームをうねらせて接近してくるマシンに対し、ジムは落ちついた態度で応じると「ゆくぞ『レインドロップス号』、タイタンフォーム」と叫んだ。次の瞬間、車体が真ん中から二つに折れ、前部が垂直に立ちあがった。


「タイタンフォームだと?」


 予想外の展開に唖然とする俺たちの耳に、愉快そうなジムの声が飛び込んできた。


「今まで黙っておったが『レインドロップス号』には重兵器との近接戦を想定した別形態があるのじゃよ。下がって良く見ておれ」


 ジムがそう言い放つと立ちあがった部分の背面、つまり車両の裏側に収納されていた二本の『腕』が左右にせり出し、同時に後部のコンテナが二つに分かれてジャッキのように上半分を押し上げた。二本の『脚』が開いて地面を踏みしめると、押し上げられた胸部からカメラのついた頭部がつき出し、人間を思わせる姿の巨大な戦闘マシンが姿を現した。


「ゆくぞ化け物」


 『レインドロップス号』は敵のアームを鷲掴みにすると、手繰り寄せながら胴体部分に近づいていった。だが、背後から近づいてきた別のアームが『レインドロップス号』を羽交い締めにすると、正面のアームが一斉に襲いかかってきた。


「……くっ」


 回転するアームの爪に脇腹をえぐられた『レインドロップス号』は、左腕からせり出したチェンソーで周囲のアームを立て続けに切断すると、再び胴体部分に近づいていった。


「悪いが動きを止めさせてもらうぞ」


 ジムがそう言って拳を振り上げた、その時だった。敵の胴体から複数の銃身がつき出し、『レインドロップス号』に向けて連射を始めた。


「……ぬうっ」


 腰部に集中砲火を食らった『レインドロップス号』は煙を上げながら身じろぎすると、そのまま地面に膝をついた。


「ふう……油断したわい」


 ジムがそう言って体勢を立て直そうとした途端、再び残ったアームが『レインドロップス号』の自由を奪った。


「……しまった」


「ここまでだな、ジム」


 不敵な笑い声と共に銃口が『レインドロップス号』に向けられた、その時だった。


「撃てっ」


 号令と共に突然、激しい砲撃が敵の武器を吹き飛ばした。不意を衝かれ、煙を上げながら後ずさる敵を追うように力強い声が響いた。


「無法者よ、正義の鉄槌を受けるがいい」


 俺が驚いて声のした方に目を向けると、見覚えのある男性――自由陸軍のモーガン大佐が戦車の砲台から姿を覗かせているのが見えた。


「モーガン大佐?」


 ブルの大声に気づいたのかモーガン大佐は口元を緩め、砲台の中で親指を立ててみせた。


「ちっ、飛んだところで邪魔が入りおった」


 ガルベスが忌々し気な口調で言い放つと、円筒型の胴体がアームを切り離してふわりと空中に浮きあがった。


「なんと……こやつ、重力制御ユニットまで備えておるのか?」


 ジムが訝しむような声を上げた瞬間、胴体の下から砲台のような物が出現した。危機を察した『レインドロップス号』が後ずさると、砲から放たれた一条の光がつま先を焼いた。


「レーザーか、こしゃくな。デモンフォークじゃ。それっ」 


 ジムは一声叫ぶと背中から巨大なフォーク状の槍を取りだし、空中に浮かぶ胴体に向けて力任せに放った。


 『デモンフォーク』がレーザー砲の銃口につき刺さると、砲台は火を噴いて沈黙した。


「畜生……貴様、いつか俺にさからったことを後悔するぞ。忘れるな」


 ガルベスは捨て台詞を吐くと、マシンと共にふらつきながら飛び去ろうとした。


「悪党め、逃がさんぞ」


 ジムはそう言い放つと『レインドロップス号』の腰から円盤状の物体を取りだし、逃げてゆく敵に向けて放った。


「ゆけ『フライング・キラー』!」


 円盤は回転しながら遠ざかる標的に迫ると、前方の空で見事に命中した。敵のマシンは煙を上げて錐もみしながら落下し、地面に激突した。


「ふう、やっと終わったようじゃな」


 ジムの安堵の声と共に『レインドロップス号』は元の形態に戻り始めた。車両から降りたジムは戦車のところに行ってモーガン大佐に礼を述べると、俺たちの元へと戻ってきた。


「やれやれ、とんだ騒ぎじゃった。お前さんたちにも、いらぬ心配をかけたな」


「それはいいさ。……それより『レインドロップス号』の損傷はどうなんだ?」


 俺が尋ねるとジムは「うむ、それなんじゃが……」と眉を曇らせ、口ごもった。


「先ほど胴体に攻撃を食らった時、どうやら『ディノモーター』に損傷が生じたらしい」


「まずいのか、それは」


「普通に走ることは可能じゃが、『タイタンフォーム』のような特殊な動きは『ディノモーター』がないと駄目じゃ」


「ふむ……治せる人はいないのか?その『ディノモーター』とやらを」


 俺が尋ねると、ジムは珍しく撃ち萎れたような表情を見せた。


「こいつを造った人間でないと駄目じゃ。しかもそやつはもう、この世の人間ではない」


「どんな奴だ。科学者か?」


「いや。わしのレース仲間でトーマス・ゴルドラックという男じゃ。エンジンの天才でな」


 ジムの口から名前を聞かされた瞬間、古い記憶の中から一つの顔が浮かびあがった。


「……ジム、もしかしたらその人物、俺が知っている男かもしれない」


「なんじゃと?」


「俺が炭鉱で働いていた時の知り合いで、俺の通称『ゴルディ』は、その男が事故で亡くなる少し前に譲り受けたんだ」


 信じられないという表情のジムに、俺はさらに畳みかけた。


「実はその男から、エンジンに似た物を形見代わりに預かったことがある。もし『ディノ・モーター』とやらに似た性能のものなら、使えるかも知れない。今から行ってみようぜ、そいつがある場所に」


「本当か。……で、どこなんじゃ?その場所は」


「少し前まで、俺たちがいた場所……瓦礫にされちまった懐かしの我がアジトさ」


             〈第五十三回に続く〉

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