第40話 ロストワールド・ハネムーン

 再び後部甲板に戻った俺たちは念のため、改めて端末でジムを呼びだした。


「――ゴルディ、いったいどこにおる?」


「すまんジム。もたついちまってね。あいにくとまだ船上だよ」


「実は急に水面が波立ってきおってな。この場所にボートを留めおけるのもせいぜいあと五分といったところだ。早く姿を見せてくれ」


「了解、すぐに飛ぶ準備をする」


 俺が通話を終え、飛ぶ準備を全員に促そうとした、その時だった。頭上から「動くな」という男性の声が降ってきて、俺は思わず動きを止めて上を見た。


「ようし、集めた金をそこに置いて後ろに下がれ」


 声の主はスイムサーペントのボスで、傍らには武器をつきつられたヴァネッサの姿があった。


「まて、言う通りにする。だから娘に手を出すのだけは止めてくれ」


 ボスの手前でオーギュストとともに賊を宥めている男性は、どうやらヴァネッサの父親らしかった。


「いい心がけだ。金をおいたらすぐに立ち去るんだ。娘を解放するのはその後だ」


 オーギュストがヴァネッサの父親から渡されたケースを床に置くと、ボスは駄目を押すように武器をヴァネッサの首筋に押しつけた。


「……くそっ」


 シェリフが銃に手を伸ばそうとしていることに気づいた俺は「待て」と小声で制した。オーギュストがヴァネッサと一瞬、目で何か合図を交わしたように見えたからだ。


「そうだ、それでいい。もっと下がれ、もっとだ……うわっ」


 突然、短い悲鳴が上がったかと思うと、ボスの武器を持つ手に黒く長い物体が巻き付くのが見えた。蛇か?そう思った瞬間、ボスが「ぎゃっ」という声を上げて床に崩れた。


「どうだい、淡水ウミヘビの電気ショックは。――今だ、ヴァネッサ!」


 オーギュストがそう叫ぶとヴァネッサは手すりに飛びつき指笛を二、三度鳴らした。


「オーリー!……オーリー!……いるなら来て!私たちをここから連れていって!」


 ヴァネッサが暗い水面に向かって呼びかけると、その声に応えるかのように巨大な黒い影が現れ、次の瞬間、長い首を持った生物が大量の水飛沫とともに姿を現した。


「な……なんだありゃあ」


 船上の乗客たちが呆然として見守る中、亀とアザラシの中間のような顔がデッキに近づき、巨大な口から長い舌を出してボスの身体に巻きつけた。


「うっ……な、なにをする怪物めっ……やめろおっ!」


 怪物はもがくボスをデッキからふわりと持ち上げ、軽く首を横に振った。同時に長い舌が独楽を飛ばす紐のように伸び、ボスの身体を暗い水面に放りだした。


「いいぞ、オーリー。……さあ、花嫁を迎えに来てくれ」


 オーギュストが呼びかけると、巨大な身体に似合わず優しい目を持った怪物は首を曲げ、ヴァネッサのいる手すりの高さに頭を下げた。


「……みなさん、こんな唐突な別れで申し訳ありません。今から僕らはオーリーの生態を守る生活に入ります。ヴァネッサのことは必ず幸せにしてみせます。……では!」


 オーギュストはそう言い残すとデッキの上を駆け出し、先にオーリーの頭上に乗っていたヴァネッサの傍らに飛び乗った。


 オーリーはゆっくりと船から離れると、頭上の二人を優しく扱うように首をすくめ、水中で身体を展開させた。


「パパ、ごめんなさい。……私、こうする事をずっと前から決めてたの。オーギュストからオーリーの研究に人生を捧げるって聞いて、私も傍で彼の研究を支えるって」


「……ヴァネッサ」


 ヴァネッサの父親が半ば呆然と見守る中、二人は怪物の頭に乗ってハネムーンへと旅立っていった。


「……ふふん、やってくれるじゃないか。ヴァネッサ達も」


 ふいに背後で声がして、振り返るとグレッグとメイドが並んで立っているのが見えた。


「紹介します。グロリアです。……僕らも今夜、結婚を誓う予定です」


 グレッグがそう言うと、ノランが前に進み出て「しょうがねえな」と言った。


「融通の利かない兄貴だけどよろしく頼むぜ、グロリア姉さん」


 ノランは褐色の花嫁にそう告げると、ポケットから小さなティアラを取り出した。


「これは俺が五つか六つの時にパーティーでつけろって親がしつらえた物だけど、結婚祝いにやるよ。……グレッグ、グロリアの頭に乗せてやんな」


「ノラン……粋なことをするじゃないか。外で暮らすうちに随分、大人になったな」


 グレッグは嬉しそうに言うと、グロリアの頭に小さなティアラを乗せた。


「ねえノラン。盗賊もいいけど、家族が恋しくなったらいつでも戻ってきてね。あなたの大切なお兄さんと一緒に待ってるわ」


 グロリアが身を屈めてノランの額にキスをすると、ノランは「まあ、そのうちにね」と言って照れくさそうに鼻の下を擦った、


「……それにしても、さっき聞こえた曲、あれは『聖獣の凱歌』ではないのかな」


 グレッグがふいにそう言うと、それまでの幸福そうな表情を一変させた。


「『聖獣の凱歌』?」


「もしそうならごく一部しか演奏していないとしても、『ティアドライブシステム』に何らかの不具合が発生する可能性があります。今後は演奏に使うことを控えねば」


 グレッグはそう言うと、背後で使用人が守るように携えている楽器ケースを見た。


「……まあ、明日のことは明日だ。俺たち盗賊はそろそろずらからせてもらうぜ」


 俺はそう言うと、パーソナルグライダーの起動スイッチを入れた。クレアたちも同様に装置を起動させ、全員の背中から脱出のための羽が伸びて開いた。


「ゴルディさん、色々とご迷惑をおかけしました。今夜のことは決して忘れません」


「俺たちにとっても面白いパーティだったよ。今度は二人で盗賊のアジトに来てくれ」


 俺が二人に告げると頭上のローターが回り出し、両脚が甲板からふわりと浮いた。


「……ジム、待たせたな。やっと全員揃って『夜逃げ』に成功したぜ。ボートはどの辺だい?」


 俺が暗い水面に向かって呼びかけると、しばらくして「遅いぞゴルディ」というジムの不機嫌そうな声が返ってきた。


「お前さんたちがもたもたしてる間に、こっちは怪物みたいなでかい影に煽られて危うくひっくり返るところだったんだ。いつまでも遊んでないで、とっとと戻ってこい」


 俺は空中で苦笑すると「了解」とジムに告げた。やがてボートの上で照明を振るジムの姿が見え、俺たちはゆっくりと降下を始めた。


 全員がボートに降り立ち、羽根を畳むと突然、オーリーの鳴き声が夜空にこだました。


「若い二人の門出を祝ってってところかな」


 俺がが呟くと、ノランが「あんないかしたオープンカーに乗られちゃ、祝福せざるを得ないよ」と両肩をすくめた。


             〈第四十一回に続く〉

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