第39話 救済のない演奏会
後部甲板に出た俺たちは、上着を脱ぐと後方で待機しているジムに到着を知らせた。
俺たちが背負っているパーソナルグライダーは個人用の飛行装置だ。小型のローターで浮上後、折り畳み式の羽根で滑空する。移動距離は百メートルに満たないが、退路を絶たれた際に『高飛び』するための切り札として全員が装着していた。
「よし、あとはジニィたちが来るのを待ってここから「飛び立つ」だけだ。ブル、あんまり重いお宝をぶら下げていくとジムのところにたどり着く前に水没するからな」
「へっ、お宝はノランのガキに持たせて俺は身一つで行くよ。何せ泳げないんでね」
ブルが心なしかこわばった表情でそう漏らした、その時だった。ふいに頭上から、歌うような女性の声が聞こえ、俺は思わず上を見上げた。するとちょうど真上にあたる一等客室のデッキから、見覚えのある女子が身を乗り出しているのが見えた。
「――ヴァネッサ。……一体何をしてるんだ?」
俺が訝っているとヴァネッサの隣にオーギュストが現れ、いたわるように肩を抱いた。
「オーリー……オーリー……来たわ。約束通り、連れていって」
ヴァネッサが意味不明の言葉を口走るのを見て、俺はただごとでないことを直感した。
――オーリー?……一体何の名前だ?
「わたしたちの家、わたしたちの家族……」
「家族だって?」
家族なら同じ船に乗っているだろう、俺がそう訝った時だった。ふいに背後で銃声が聞こえ、続いて「待て、やめろ」と叫ぶ男性の声が聞こえた。
「なんだろう。ちょっと戻って見てみる」
俺はブルたちにそう告げると、通路を引き返した。角のところから顔を覗かせて向こうを伺うと、小脇に『女神の手風琴』を抱えた男性が勝ち誇ったような表情でやって来るのが見えた。俺は反射的に通路に飛びだすと、男性の前に立ちはだかった。
「人がせっかく盗賊の手から持ち主にお返しした『家宝』をまた盗むとは一体、どう言う了見だい」
俺が凄んで見せると男性は一瞬、怪訝そうな顔になった後、得心したように口許を歪めた。
「そうか、あんたが盗賊ゴルディか。戦利品を横取りしてしまって申し訳ない。我々にはどうしてもこいつが必要なのでね」
「必要だと?……あんたいったい何者だ?盗賊の類ではなさそうだな」
俺が質すと男性は居住まいを正し「いかにもその通り、私は技術者だ」と言った。
「技術者だと?技術者がなんでまた、盗人の真似事なんかしてやがるんだ」
「ふむ、ここで理由を説明したところで、あんたは信じまい。ならば力づくで納得させて見せよう。少々、準備不足だがいたしかたない」
男性は意味不明の言葉を口にすると、楽器を顔の高さに掲げ持った。
「好都合なことにこの『女神の手風琴』には『妖精の葦笛』もセットされているようだ」
男性はそう言うといきなり『女神の手風琴』を演奏し始めた。哀愁を帯びた音色が船上を流れ始め、やがて不穏としか言いようのない禍々しい戦慄へと変化した。
「やめろ。妙な曲など演奏したところで、そいつは渡さない」
「いいぞ、あと少しで世界を動かしているシステムが完全に停止……むっ、何だっ?」
突然、演奏の音を立ち切るように銃声が響き、男性の近くの床で立て続けに跳ねた。
「その楽器を床に置いてください、技術者さん」
男性の背後から聞こえてきたのは、シェリフの声だった。どうやらご到着らしい。
「……くっ、あと少しのところで」
男性はあからさまに悔しそうな表情を浮かべ、『女神の手風琴』を床の上に置いた。
「最後の仕上げが不十分だが、これでも世界を狂わせるには十分だ」
男性がそう言って上着を脱ぎ棄てると、背中のパーソナルグライダーからシャフトが伸び、放射状に開いてプロペラとなった。
「さっきから世界を狂わせるだのなんだの、思わせぶりもいいかげんにしろ」
「いずれおまえたちにもわかる。楽しみにしていたまえ、盗賊諸君」
男性がそう言い放つと、飛行装置から蝙蝠の羽根に似た折り畳み式の翼が出現し、身体がふわりと宙に浮いた。
「……逃げられると思っているのか!」
到着したシェリフがそう言って銃口を羽根に向けると、なぜか背後から追いついたジニィが「待って、撃たないで」とシェリフを押しとどめた。
「あの人を殺したら、何かあった時に困るわ」
ジニィの謎めいた言葉に、俺は思わず詰め寄っていた。
「どういうことだ、ジニィ」
「あの人……ヒューゴ・ゲインズは『ティアドライブシステム』を無効化する方法を知っているのよ」
「ヒューゴ・ゲインズだって?」
俺の脳裏に、以前聞いた二人の技術者の名前が蘇った。一人は『ティアドライブ』の開発者、ジョージ・マリウス。ヒューゴ・ゲインズとはその助手の名前だった。
「あの男が行方不明だというヒューゴ・ゲインズ……」
「あの人の野望は世界中に広まった『ティアドライブシステム』を無効化する力を独り占めすること。そのために『女神の手風琴』と『妖精の葦笛』を奪いに来たんだわ」
「畜生、盗賊だけならまだしも、そんな奴までがしゃしゃり出て来やがったのか」
俺は夜空に消えかけている技術者と、足元の楽器を交互に眺めながら舌打ちをした。
〈第四十回に続く〉
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