第41話 盗賊は火を盗まない
「一体何が起こっているのかね、今」
カメラ越しに当惑気味の視線を寄越しながら『行商人』はひとくさりぼやいてみせた。
「『ティアドライブシステム』のことか?」
俺が尋ねると『行商人』は「ああそうさ」と身を乗り出した。
「新商品の売り込み先で突然、エネルギー系統が麻痺して部屋から出られなくなった、なんてことがこの一週間で三件もあったよ」
「なるほどね。実はこのアジトもここ二、三日でシステムが何回かダウンしているんだ。……だからってわけじゃないが、今は物を買う予定が無いんだ。悪く思わないでくれ」
「そうだろうと思ったよ。……まあ、もう少し世の中が落ちついて来たらまた来るよ」
『行商人』がカメラのフレームから消えた後、俺はバーフロアに戻るとカウンター席に座って頬杖をついた。
「……やはりこれは『聖獣の凱歌』の影響なんだろうか」
俺が誰に言うともなく呟くと、ふいに近くでホロメールの着信音が鳴り、樽型の立体プロジェクターの上に男女二人組の人物が姿を現した。
「先日はありがとうございました、ゴルディさん。お蔭でどうにか婚約までこぎつけることができました」
俺に向かって並んでお辞儀をしたのは、グレッグとグロリアだった。
「今日は、我々の婚約以外にもお伝えしたいことがあってメールをさせて頂きました。この一週間、あちこちで『ティアドライブシステム』の停止や暴走が発生しているようです。私たちはこのトラブルの発生原因は『始終の凱歌』が演奏されたことにあると睨んでいます」
グレッグの話が進むにつれ、俺の気分は重いものになっていった。
「我々も何か対策が立てられないかと技術者を中心に調査をしているんですが、今のところ、これといった打開策がないというのが現状です。そもそも「『女神の手風琴』と『妖精の葦笛』がなぜ『ティアドライブ』と関係があるかというと、この二つの楽器をを造ったエドワード・バロウズという人物が『ティアドライブ』の基礎理論を立ち上げた技術者でもあったからなのだそうです」
その人物なら知っている。……と俺は呟いた。親父の親友で、一緒に『ティアドライブ理論』を完成させた人物だ。
「この技術者は自分で開発した『ティアドライブ』が後々、争いの元になることを見越して『ティアドライブ』の出力を減衰、無効化する装置を同時に研究していたようです」
その通りだ。親父も理論が実用化される前に研究を辞めた。だが、結局は実用化され、現在に至るというわけだ。
「バロウズの研究を引き継いで完成させたのがジョージ・マリウスという技術者と、助手のヒューゴ・ゲインズという人物です。今回、我々の船に潜入して楽器を奪い『聖獣の凱歌』を演奏することに成功したのがこの、ヒューゴ・ゲインズと言うわけです」
俺は勝ち誇ったような顔のまま去っていった男性のことを思い返した。……畜生、余計なことをしやがって。
「この人物はまだ他にも何か企んでいる可能性があります。十分気をつけてください」
グレッグは「それではまた、いずれ」と険しい表情のまま樽の上から姿を消した。
俺は胸の奥でくすぶっていた過去が、影となって立ち現れたような思いに囚われた。
――とにかく、急に『ティアドライブ』が止まっちまったらひどい混乱が起きる。誰かが暴走を止める安全なリミッターを開発しなければ、世界はおしまいだ。
俺は普段は飲まないブランデーを取り出すと、迫り来る影を振り払うように呷った。
〈第四十二回に続く〉
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