第25話 やつを隙間なく覆え
「ふん、やっぱり来たか。どうやら人質を解放するまで待つ気はなさそうだ」
「どうするの、ゴルディ」
「こうなったら取引するさ。腕のいい盗賊ってのは有能な交渉人でもあるんだぜ」
俺は運転席との仕切り越しに、道の向こうをすかし見た。やがて対抗車線上に豆粒のよう複数の黒い物体が現れたかと思うと、こちらに向かって近づいてくる様子がうかがえた。
「レンジャーだな。野蛮な騎兵隊の登場だ」
俺はフロントガラス越しに黒い集団がバイクと装甲車であることを確かめると、オートドライブを手動に切り替え、荒野の真ん中でトラック停めた。気が付くと前方からだけでなく、後方からも数台のバイクが俺たちの車両を追尾していた。
「……頭取さん、どうやらクライマックスが近いようだ。最後まで名演技を頼むぜ」
蹲っている頭取にそう声をかけた直後、俺ははっとした。頭取の様子が明らかにおかしかったからだ。
「おい、どうしたんだ。具合でも悪いのか?」
頭取は俺の呼びかけに応じず同じ姿勢のまま、じっと押し黙っていた。やがて頭取の外見に変化が生じ始め、俺は思わず目を瞠った。全身の露出している部分が、暗緑色の泥のような物質に覆われ出したのだ。
「なんだこれは……大丈夫か?」
微動だにしない頭取に俺は狼狽えながら声をかけた。その直後、俺の両耳に空気を震わせて大音声の呼びかけが飛びこんできた。
「盗賊どもに告ぐ。お前たちは包囲されている。抵抗はやめて速やかに人質を解放しろ」
俺は思わず前方に目をやった。装甲車の傍らに中年男性が立ち、拡声器を手に勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
――サンダースの親父か。赤毛の父娘だな。
帽子からはみ出したもじゃもじゃの赤毛を見て、俺はすぐさま敵のリーダーを見極めた。
オット―・サンダースは元々、小さな町の保安官だった。が、ある強奪事件で俺を取り逃がして以来、保安官から流しのレンジャーに転職、二十歳そこそこの娘、ジュリーと共に俺を追い回すようになったのだ。
「無駄な抵抗はやめておとなしく出てきなさい、賞金首。さもないと一家全員、蜂の巣よ」
親父そっくりの赤毛を三つ編みにしたじゃじゃ馬娘が、オットーに続けて呼びかけた。
「見てゴルディ、頭取の身体」
クレアの緊迫した声に振り向いた俺は、柄にもなく叫び声を上げた。わずかの間に、頭取の身体が謎の物資に覆い尽くされていたからだ。
「これはいったい、なんなんだ……」
理解不能の事態に当惑しながらも俺が次の策を練り始めた、その時だった。
「どうしたゴルディ、頭取の変化に言葉を失ったか」
――なんだと?
「くくく、いいことを教えてやろう。頭取の身体には以前から『生きた防護服』と呼ばれる粘菌の一種を植え付けてある。普段は仮死状態だが、刺激で活性化するとあっと言う間に宿主の全身を覆い尽くす。その後は組織を硬化させ、銃弾にも爆発にも耐える天然の装甲と化す。嘘だと思ったら頭取の身体を銃で撃ってみるがいい。傷ひとつ付かないはずだ」
あざ笑うかのような口調に、俺は思わず歯噛みした。くそう、銀行の周りを包囲せず、頭取以外に被害の出ない荒野まで俺たちを放っておいたのは、そういうわけだったのか。
「わかったらそのおんぼろトラックを出て頭取をこちらに引き渡せ、盗賊。勝負の時だ」
勝利を確信したようなオットーの口調に、俺は唸った。どうやら敵を侮っていたようだ。
「ゴルディ、時間がないわ。出ていくなら今よ」
クレアが耳元で囁いた。たしかにその方がいいかもしれない。俺はクレアと共に硬直した頭取の身体を台車に乗せると、出入り口の方を向いた。
「出てこないと一斉に撃つぞ。それともその幌馬車でお宝ごと、骸になる方を選ぶか?」
――今だ。俺はクレアと目で合図を交わすと、コンテナの後部扉を大きく開け放った。
〈第二十六回に続く〉
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