第21話 かくもみじかき誘拐


 俺たちがキャンピングカーにコンテナを繋げたスペシャルカーを停めたのは、銀行のあるホーリーブレイズタウンから三十分足らずの国道だった。


 国道といっても旧国家が分断されている現在、道路は複数企業の共有物であり、正しくは旧国道を再利用した私道であった。


 俺たちは南の方からやって来る客を出迎えるため、尻を向けたスペシャルカーの左右に道路を塞ぐような形で手製のバリケードを張った。


 俺たちが最初にすることは、頭取の乗ったリムジンを捉えたら運転手から手動運転の自由を奪うことだった。


「遠隔操作で自動運転を管制制御からこちらの操作に切り変えれば、あとは目をつぶっていても自動的にコンテナの中に収まってくれるだろうよ」


 造作もない事だと言わんばかりのジムに、俺は「頼むぜ、最初が肝心なんだ」と言った。


「よし、合図があり次第、俺とブルは『誘導係』としてコンテナの脇で待機だ。いいな?」


「お客のボディガードは一体、何時間眠らせればいいんだい?」


「そうだな、ざっと十時間は欲しいところだ。緊張を強いられる仕事で、さぞかし神経も参っていることだろうよ。ここいらでたっぷり休養を取っておくのも悪くないはずだ」


「……ゴルディ、来たぜ、リムジンだ」


 ノランが叫び、作業着に身を包んだ俺たちは道路に飛び出すとコンテナの脇に立った。


 地面の熱で幻のように揺らいでいる地平を眺めていると、ほどなく黒い車体がこちらに向かってやって来るのが見えた。


「十秒後にリムジンの自動運転をこちらの制御に切り変える」


「オーケー。こっちはボディガードを出迎える準備に入る」


「道の真ん中で立ち回りって可能性はあるのかい、旦那」


「細工は流々、一分以内に片を付けて見せるさ。無駄な体力は必要ない」


 俺たちが交通整理よろしく行く手を阻むと、運転手が目を大きく見開くのが見えた。


「よし、お出迎えに上がるとするか」


 コンテナのハッチが開き、運転手の顔が驚愕に歪むのが見えた。おそらく手動操縦が効かず、ブレーキも踏めないことに気づいたのだろう。


「エンパイアスター銀行頭取御一行様、ご案内です」


 黒塗りのリムジンが吸いこまれるようにコンテナに収まったのを見届けた俺は、素早く中に飛び込むとマスクを装着した。ハッチが閉まると車窓が開き、コンテナ内に催眠ガスが噴霧されるのだ。


「ブレーキも窓もこちらの思いのまま、後は鼻を積まんで息を止めるぐらいしか防衛策はないって寸法だ」


「まったく容赦がねえな。清らかな俺としては博愛に目覚めて敵に寝返っちまいそうだ」


 ブルは眉を寄せて気の毒そうに言うと、ぐったりと身体を折っているボディガードたちを車外に引きずり出していった。


「……なあ、服ぐらいそのままにしておいてやってもよかったんじゃないか?」


「貧乏盗賊だからあつらえをケチったわけじゃないぜ。服一つにしても「本物」であることが大事なんだ。「中身」が真っ赤な偽物だけにね」


「そんなものかな……おい、これじゃ俺の身体が入らないぜ」


「お間さんの分は特別にオーダーメイドの新品を用意してある。感謝してくれよ」


「ふん、銀行強盗のためにスーツを新調することになるとは思わなかったぜ」


 俺たちは着替えを終えると、道路脇に張っておいたテントに下着姿のボディガードたちを運びこんだ。


「寒暖差から自動的に体を守ってくれるエアコン付きのゲストハウスだ。おまけに特殊素材の布地はグリズリーの襲撃があっても破れない優れ物だ」


「おい、意外と寝心地がよさそうだぜ。……せいぜいスイートルームの夢でも見るんだな」


 俺たちがコンテナに戻ると、ボディガードの制服に身を包んだクレアとジニィが待っていた。今日のクレアはベリーショートの髪にオリエンタルな顔立ちのクールビューティーだった。これなら銃など持たずとも男たちを一発で骨抜きにできるに違いない。


「じゃあジム、ノラン、後は頼んだぜ」


「しくじるなよ、おっさん」


「お前さんこそ、しびれを切らして船をこぐんじゃないぜ。……ブル、六人乗りのリムジンでよかったな。後部シートはお前さんが独り占めしていいぞ」


 俺が車内を覗きこんでいる大男に言うと、ブルは「そうさせてもらう」と短く返した。


「なあゴルディ、ボディガードがいきなりこんな大入道に変身してたら、目を覚ましたお客さんがびっくりするんじゃないか?」


 ノランがからかうように言うと、後部席に身体を押しこめようと奮闘していたブルが動きを止め、振り返った。


「くだらねえ心配、するんじゃねえ。陽射しと雨で倍のでかさになったと言えばいいのさ」


 俺は眠り込んでいる頭取の隣に身体を滑りこませると、記憶を操作するユニットを頭部に装着した。


「よしクレア、出してくれ。十五分もすれば頭取は身も心も盗賊の仲間入りだ」


「オーケー、ボス」


 帽子を目深に被った凛々しいクレアが、ルームミラーの中でウィンクしてみせた。


 リムジンがバックでコンテナから出ると、レインドロップ号が蒸気機関車のようなホーンを鳴らし、ゆっくりと動き始めた。


             〈第二十二回に続く〉

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