第22話 警備は一度罪を犯す


 「城」のごとき威容を誇るエンパイアスター銀行ホーリーブレイズ支店は、ステーションにほど近い角地にあった。


 俺たちは周囲に出迎えの人間がいないことを確かめると、正面玄関前にリムジンを横付けした。俺たちにとってラッキーだったのは、視察が以前から利用客のいる通常業務の時間帯に行われていたということだった。


 俺は車を降りると真ん中のドアを開け、どこかぼんやりした表情の頭取に降りるよう促した。俺とクレアは頭取の盾になるような形で前に立つと、正面のドアを潜った。


 行内は一般の利用客で混雑していた。窓口で手続きをしたり、ソファーで順番待ちをしたりしている客の中には、物々しい雰囲気を漂わせている一行に怪訝そうな目を向ける者もいた。フロアに漂う緊張した空気を、利用客たちも感じとったというわけだ。


「お偉いさん」の来訪は事前通達されており、俺たちがカウンターに歩み寄ると受付担当の女子行員が立ちあがってうやうやしくお辞儀をした。


「予定していた視察に参りました。支店長をお願いします」


 俺が声を低め、慇懃に告げると女子行員は「承知しました」と神妙な顔で応じた。女子行員の背後で控えていた複数の職員たちが互いに目で合図を送り合い、やがて明らかに他の行員たちとは雰囲気の異なる人物が姿を現した。


「支店長のグッドマンです。ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」


 恰幅のいい年配男性は丁寧に挨拶をすると、カウンターの一部を解放した。カウンターの中に足を踏みいれた瞬間、頭取が俺に「やるのか?」という目線をよこした。俺は頷くと、懐から取り出した銃を頭取のこめかみにつきつけた。


「全員、手を上げろ!」


 俺の号令でクレアが行員たちに、後方のジニィとブルがフロアの利用客たちに銃をつきつけた。クレアとジニィが折り畳み式のサブマシンガン、ブルがショットガンだ。


 殺傷力の強い武器の使用は俺の美学に反するのだが、これらは精巧なオモチャであり、おまけにショットガンのごつい外見はブルの放つ威圧感ときわめて相性が良いのだった。


「見ての通り、頭取は我々が人質に取った。我々の命令に従わない場合、頭取はもちろん、行内に入る全ての人間の命はない物と思え」


 俺は高らかに言い放つと、あたりを睥睨した。芝居がかったこの瞬間が、強盗を働く上で最も好きな瞬間なのだった。


「……なんでもおっしゃる通りにいたしますので、どうか手荒なことはお控えください」


 支店長はしわがれ声で命乞いをすると、同意を求めるかのように視線を巡らせた。


「ようし、では地下の金庫室に案内してもらおう。くれぐれも言っておくが、今後、我々は常に頭取を伴って行動する。少しでも不審な動きがあれば容赦なく引鉄を引くと思え」


 俺は凄みをきかせた声で言うと振り返り「状況は随時伝える。人質から目を離すな」とブルたちに言い放った。ブルとジニィはこちらに背を向けたまま「了解」と短く応じた。


「さて、お宝の場所にはどなたが案内してくれるのかな」


 俺が尋ねると支店長が「私がご案内します」とこわばった声で答えた。俺とクレアはロビーにブルとジニィを残し、頭取に銃をつきつけたままオフィスの奥にあるエレベーターへと向かった。


「この先にセキュリティがあります。私がロックを解錠しますので後に続いてください」


「了解した。ただし妙な素振りを見せたら頭取の頭に穴が開くぞ」


 俺が脅しをかけると支店長は「わかっています」と頷いた。


 エレベーターで地下へと移動した俺たちは、支店長を先頭に人気のない地下通路を奥の金庫室へと進んでいった。しばらく行くと通路の途中に突然、防犯ゲートと思しき隔壁が現れた。


 俺は全身の神経を研ぎ澄まし、支店長の挙動をうかがった。頭取が一緒である以上、不審な動きはしないだろうというのが読みだったが、場合によっては遠隔操作でガスや電流などの「反撃」を企てる可能性も考えられた。


 俺もクレアも絶縁体のインナーを着用し、ポケットにあらゆる毒性物質を遮断できるマスクを忍ばせてはいるが、油断は禁物だった。


「下がってください。セキュリティを解除します」


 支店長が抑揚のない口調で告げ、俺が身を引こうとした、その時だった。背後でクレアの悲鳴が上がり、重いものが床に崩れる気配があった。


「クレア!」


 振り変えた俺の目に飛び来んできたのは、両眼を大きく見開いて仰向けに倒れているクレアの姿だった。クレアの額には黒い穴が穿たれ、あたりには焦げ臭い匂いが漂っていた。


「レーザーだな。解錠すると見せかけて、不意打ちをくらわせたわけか」


 俺は支店長を睨みつけると、頭取につきつけていた銃口をゆっくりと移動させた。


「お、おそらくモニタールームで監視していた誰かの仕業です。私は指示していない」


「そうか。それじゃあその「誰か」にこう言え。今すぐ監視カメラを切って、今後は俺たちに一切干渉するなとな」


「は、はい」


 支配人は口元をわななかせながら言うと、端末でどこかとやり取りをし始めた。


「もう大丈夫です。ここからは私の指示なくシステムが作動するということはありません」


「……だそうだ、クレア」


 俺が倒れているクレアに声をかけると、額に穴の開いた女がむくりと身を起こした。


「最低のおもてなしね。レディの顔に穴を開けるなんて」


「まったくだ。こうなるとわかってたら、額が隠れる帽子を持ってくるんだったぜ」


 クレアは額に穴を開けたまま、支配人の傍に大股で歩み寄った。


「女は強盗に行く時だって身綺麗にするものよ。顔に穴を開けられて黙っていると思う?」


「あ……」


「わかったら、これからは私たちの言うことをよく聞いていい子にするのね」


 クレアは防犯ゲートのロックを解除する支店長を睨みつつ、額にバンダナを巻きつけた。


「どう?これ」


 ポーズを取ってみせるクレアに俺は「いいね、勇ましい所が一層セクシーだ」と言った。


             〈第二十三回に続く〉

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