第19話 格納庫に進路を取れ


「『エンパイアスター銀行』頭取の視察予定日は来週の月曜、午前十時だ」


 バーフロアの中心で俺たちは大ぶりの円卓を囲み、強盗の計画を練り始めた。


「今回の襲撃の目玉は「頭取に守ってもらう」事にある。つまり侵入から逃亡までずっと行動を共にし、警備員にも保安官にも絶対に手を出さないよう命じてもらうという訳だ」


「人質に取るってこと?」


 ノランがテーブルに身を乗り出し、小鼻を膨らませて聞いた。本物の襲撃に参加するという経験に、興奮が抑えられないのだろう。


「早く言えばそうだ。だが脅迫するわけじゃない。自分から協力するよう、仕向けるんだ」


「どうやって?」


「人質に取られた人間が長く監禁されると、極限状況を共有しているという意識から犯人に親近感を抱くようになる。これを超短時間で実現させようというわけだ」


「だからそれを知りたいんじゃないか」


 勿体つけやがって、と俺を睨みつけるとノランは駄々っ子のように頬を膨らませた。


「ボディガードになりすまして、記憶を修正するのさ」


「記憶を?列車の警備員にやったみたいにかい」


「そうだ。前回の視察時、頭取のボディーガードは前と後ろに二人づつの四人編成だった。今回もおそらく同様だろう。まず銀行に向かう頭取の車を、車体ごと拉致する。そして全員の意識を失わせ、俺たちがボディガードと入れ替わる。この時、頭取の頭に『強盗犯への共感』を刷り込むんだ」


「共感って、どういう風に?」


「犯人が強盗を企てた理由は、実は病気の子供たちを救うためだった、というドラマチックなイメージを植え付けるんだ。そして人質として犯人に協力した後、頭取自身も称賛を浴びるイメージも刷り込む。銀行についた時にはもう、頭取は俺たちの仲間と言うわけさ」


「ふん、もう少し乱暴に事を運ぶとばかり思ってたが、さすがに悪どいことを考えやがる」


 ブルが感心とも軽蔑ともつかない表情で俺を見ると、椅子の背に体を預けた。


「犠牲的ヒーローになり切っている頭取は、俺たちに脅迫されている芝居を一生懸命するはずだ。こうなると警備もそう簡単に手は出せない」


「それで?現金を手にいれたらどうするの?頭取を解放したらその瞬間、レンジャーたちに蜂の巣にされるわよ」


「そこが今回の計画の肝さ。頭取を解放した瞬間、奴らの目の前から煙のように姿を消してやるのさ。それさえうまく行けば銃撃戦も爆破も一切無い、スマートな銀行強盗になる」


「そんなことが本当にできるの?」


「できなきゃ、自動的に一世紀前の強盗に逆戻りだ。やると決めた以上、後戻りは無しだ」


「ところでボディガードは誰がやるの?ノランとジムは身長から言って難しいと思うわ」


「そう、この二人は銀行の外で逃走の手引きをしてもらう。残った四人がボディガードだ」


「こんなでけえボディガードがいたら目立つんじゃないか?」


 ノランがブルを目で示して言うと、ブルが「そうか?意外といると思うがな」と返した。


「その通りだ。こういう強面のほうがいかにもボディガードっぽくて、逆にいいと思う」


 俺はブルとクレア、そして加わったばかりの新人、ジニィの顔を見据えて言い放った。


「そういうわけで、明日から必要な物品の調達及びリハーサルを行う。意義のある者は?」


 俺が一同を見回すと、珍しくクレアが手を上げた。


「準備の中に、頭取が好みそうな『女の顔』のリサーチも忘れないで入れるのよ、いい?」


                  ※


「ねえ、本当に来ると思う?」


 照明を落としたバーフロアの隅で、クレアが囁いた。


「来るさ。そのために鍵束をわざわざ元の場所に戻したんだ」


 俺とクレアはバーカウンターの内側に身を潜め『来客』が訪れるのを待ち構えていた。


 やがて、小さな軋み音と共にドアが動き、チャリンと金属が鳴る音が響いた。


「来たな。後をつけるぞ、クレア」


「……待って、ゴルディ。『夜の顔』をつけなきゃ」


 クレアは戸棚から慣れた手つきで女性の頭部を取り出すと、首の上に乗せた。


「どう?こんな女」


「いいね。でもあいにくと俺は『見えない顔』に慣れちまってるんでね。どんな美女が目の前に現れても九九点どまりなのさ」


「ふふ、気難しい男はもてないわよ。……さ、行きましょ」


 俺たちは暗闇の中を『来客』の痕跡を追って進み始めた。


「ふん、さすがに間取りを覚えてやがる。今回は正面突破じゃなく、裏口をつかうらしい」


 おれは『来客』が格納庫の方に曲がったことを確かめると、迷う事なく進んでいった。


『レインドロップス号』を収容したことで外に続く通用口が車体の陰に隠れ、ちょうど監視カメラから死角になっていることを『来客』はたった一日でつかんだらしい。


「見てゴルディ。ロックが外れてるわ。やっぱりここから外に出たようね」


 俺は頷くと『来客』の足跡を謎うように外に出た。暗闇の中をしばらく歩いて行くうちに目が慣れ、やがて前方に幽霊のような白い物体を捕えることができた。


「どう、いる?」


 クレアが背後から尋ねた。俺は「わからん、もう少し近づいてみよう」と短く返した。


 俺たちが目指しているのはアジトの目印でもある『磔刑の木』だ。おそらく『来客』もそこいるはずだ。歩調を緩め、足音を忍ばせて木に近づいてゆくとやがてカン、カンという堅い物を叩くような音が聞こえ、丸められた女の背中が見えた。


 俺とクレアは足を止め、音が途切れる間合いを見計らって声を発した。


「悪いがその辺の土はスコップなんかじゃ歯が立たないぜ。昼間、俺が土を硬化させる薬を撒いたからな。柔らかくする薬を撒かない限り、ドリルでもなきゃ掘り返せないぜ」


 俺の声に丸い背がびくんと動き、それから見覚えのある顔がゆっくりとこちらを向いた。


「ゴルディ……クレア、どうして?」


「ヒューゴ・ゲインズは実在の人物だ。あんたの話が作り話だったとしても、お宝を埋めた話だけがリアルなのはどうにも腑に落ちなくてね。後をつけさせて貰ったってわけさ」


 俺の説明にジニィは「負けたわ。薬を撒くなりなんなり好きなようにして」と言った。


              〈第二十回に続く〉

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