第18話 盗賊を欺いた詐欺師


 最低限の装備を纏って荒地に飛びだした俺は、地面に残されたタイヤ痕を見て大体の事情を悟った。


 ――畜生、あいつらグルだったってわけか。最初からユニットが目当てだったな。


 俺は地平に向かって伸びているタイヤの痕を見遣り、恐らくノランもこの痕をなぞって女を追ったのだろうと察しをつけた。


 女とチンピラどもが一緒なら居場所はたやすく想像がつく。連中が数キロ先にある廃棄された大型バスを根城にしていることは、かねてから承知していたからだ。


 ――しょうがねえ、助けてやるとするか。


 俺は頭に被ったソンブレロの庇から暗視ゴーグルを引っ張り出すと、タイヤ痕をなぞるようにして歩き始めた。このやや小ぶりのソンブレロは『アミーゴキラー』と言い、熱源探知機や近距離戦闘用の武器などが装備されている。


 さらに俺が纏っている虹色のポンチョは北方の深海に生息する魚、俗称『ニンジャゴッコ』の組織が織り込まれており、擬態など様々な機能を有している。

 敵が一定の距離に出現すると卵型の『バニシング・シェル』と呼ばれる特殊な空気層を身体の周囲に産みだし、光学迷彩の代わりをしてくれるのだ。


 一秒で着られるので俺は『スッポンチョ』という名で呼び、危険を伴う場所に赴く際の必需品となっている。


 三十分ほど歩いたところで『アミーゴキラー』の暗視ゴーグルが前方に赤く揺らめくバスの車体を捉えた。


 バスの窓からは明かりが漏れており、中に人がいることをうかがわせた。俺は窓から姿を捉えられぬよう姿勢を低くすると、比較的見咎められにくいリア部の方に回りこんだ。


 ――さて、どうやって中に潜入するか。普通の経路じゃあ、まず無理だな。


 俺は地面に腹ばいになると、車体の下に頭を突っ込んだ。仰向けの状態で細工をする余裕があることを確かめた俺は、地面に背中をつけると肘を使ってバスの下に潜りこんだ。


「熱源は前方か。うまく頭が収まるような隙間があるといいんだが」


 俺は床板の一部に腐食が進んで破損した箇所があるのを見つけると、音を立てないように身体をねじ込んだ。


 ――やったぜ、どんぴしゃだ。


 車体の内部に潜り込んだ俺が目をつけたのは、後部席の内部だった。適当にあたりをつけて頭を入れると、うまい具合に足元の隙間から車内をうかがうことができた。床すれすれの高さから俺が捉えたのは、こともあろうに縛られて転がされているノランの姿だった。


 ――あの馬鹿餓鬼、ものの見事に捕まりやがった。


俺はノランのすぐ近くに立っている人物に目線を移した。女だ。アジトからユニットを奪った後、ジニィはステッペン・ウルフの連中と首尾よく合流したらしい。


「こううまく事が運ぶとはな。さすがは女詐欺師トランジスタ・ジニィだ」


 運転席に逆向きに座った髭面の巨漢、ビッグが満足げに言った。


「アジトに潜りこんでしまえば、あとは簡単よ。むしろあなたたちのお芝居が下手すぎて、ひやひやしたわ」


 ジニィは俺たちに助けられた時とは打って変わって、自信に満ちた表情で言い放った。


「ユニットは手に入ったし、ゴルディの野郎には赤っ恥をかかせてやったしで文句なしの成果ってわけだ」


 赤いモヒカンのボーンが下卑た笑いを作ると、揉み手せんばかりの調子で言った。……くそっ、いい気になるなよ。


「ところで、報酬はいつ貰えるんだ?ジニィ。俺たちを出し抜こうとしやがったらただじゃすまないぜ」


「心配性ね、ビッグ。もちろん即金で払うわ」


 ジニィは足元に置いてあった重そうな布の袋を持ち上げると、ビッグに向けて放った。


「金と宝石よ。『ティアドライブユニット』の価値には遠く及ばないけど、それだけあれば充分でしょ」


 ビッグは袋の口を開けて中をあらためると、満足そうに口元を緩めた。


「オーケー、遠慮なく貰っとくぜ。……ところでそのちょこまかした餓鬼はどうする?」


 ビッグが鼻を鳴らして床の上のノランを目で示すと、ジニィは「そうね」と言った。


「逃がして仲間を呼ばれても何かと面倒だし、とりあえずはこのままにしておくのね」


 ジニィの冷ややかな台詞を聞き、俺はノランに同情した。これが大人の世界だぜ、坊主。


「それじゃ、私は町に戻るわ。朝になったらちゃんとその子を自由にするのよ、いい?」


 報酬の詰まった袋を眺めている男たちに背を向け、ジニィは中央部のドアに手をかけた。


 ――今だ。


「町に帰る前に、俺の家から持ちだした物を置いていってもらおうか、かよわいお嬢さん」


 俺は後部席の座面を頭で押し上げると、出て行こうとするジニィの背に銃を突きつけた。


「……ゴルディ!」


 倒れたままのノランが首をねじ曲げ、さるぐつわの下で口を動かした。


「盗賊を出し抜こうなんてけしからんお嬢ちゃんには、きついお灸を据えてやらないとね」


 俺がジニィの目を見据えて言うと、視線の片隅でビッグたちが一斉に動く気配があった。


「ゴルディ、危ない!」


 ノランが叫ぶより一瞬早く、俺が放った『アミーゴキラー』がビッグとボーンの手から銃を叩き落とした。


「野郎!」


 怒気を含んだ声に俺が身構えた瞬間、ビショップの手に何かが命中し、ダガーが落ちた。


「へへっ、油断してるからだぜ、禿げチビ」


 ダガーの脇を転がっているのは飴玉だった。さるぐつわを外し、秘かに含んでいた物を吐き出したらしい。


「ようし、夜のレクリェーションはおしまいだ。坊やとお嬢さんは連れて行くぜ。あばよ」


 俺がジニィに銃をつきつけたままノランを立たせると、ビッグが怪訝そうな目をした。


「宝石はいらないのか、ゴルディ」


「ああ、彼女が言ってただろう、こいつはお前さんたちの下手な芝居に対する報酬だって」


 俺はぽかんとしている三人組を尻目に、ジニィとノランをうながしてバスの外に出た。


「……さあて、ユニットを返してもらおうか、主演女優さん」


 俺が強い口調で言うと、ジニィはワンピースの胸元からしぶしぶユニットを取り出した。


「……もう少しでうまく行くところだったのに。盗賊のお宝なんて狙うんじゃなかったわ」


「まあ、これを機にカモを見る目を養うんだね。……さあ、アジトに帰って寝直そうぜ」


「私をどうするの?保安官の前につき出す?」


「とんでもない。次の仕事が控えてるんだ、腕に覚えのある人間を引き入れて損はない」


「まさか、私を盗賊の一味に加えるつもり?」


「盗賊がお気に召さないなら、毒蛇やサソリのいる砂漠に置き去りにしてもいいんだぜ」


 俺が真っ暗な荒野を目で示しながら言うと、ジニィは観念したように両肩をすくめた。


「わかったわ。強盗は未経験だけど、優しく教えてくれるなら特別に手を貸してあげる」


「ようし、決まりだ。よろしくな、詐欺師のお嬢さん」


 俺はジニィに握手を求めると、困惑顔のノランの方を向いてウィンクをしてみせた。


             〈第十九話に続く〉

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