第4話 いい親父、来やがる


 覚束ない足場と強風の中に舞い戻った俺たちは、先ほどとは逆に列車の最後尾を目指して進み始めた。


「また追いかけてくるかな、あいつら」


「わからんが、ただの警備員じゃないことは確かだ。レンジャーか、それに近い奴だな」


「どうするの?」


「制御車両に飛び込んだら連結器を切り離してずらかるんだ。こうなったらばれても構わない。派手にやろうぜ」


「やったあ、そうこなくちゃ」


「馬鹿、逃げるってことはお宝を諦めるってことだぞ。それにせっかく記憶を修正しても、逃亡すれば俺たちの潜入が記録に残っちまう。……まったくお前さんのせいでせっかく立てた計画が台無しだ」


「人のせいにすんなよ、ゴルディ」


 俺たちは連結部を三つほど飛び越えたところで一息ついた。驚いたことに、ノランはまるでその辺の岩場で遊んででもいるかのように、俺と軽口を叩き合いつつ連結部を易々と越えてゆくのだった。


「よし、あと一息だ。円盤型のユニットが突き出ている車両までたどり着いたら、点検用のハッチをこじ開けて侵入する。いいな?」


「合点、ボス」


 俺たちは立ちあがると、ふたたび移動を始めた。記憶の修正が功を奏したのか、追っ手の気配はなかった。よし、あと少しだ。俺が安堵しかけた、その時だった。


突然、前方の車両――列車的には後部車両だが――が屋根ごと上に一メートルほど伸びたかと思うと、こちらを向いた穴から回転刃のついた棒が出現した。


「ちっ、こんなところで待ち伏せかよ」


 俺が舌打ちすると、背後でノランの「ゴルディ、こっちからも出た」という声がした。


「くそ、挟み撃ちか。……飛び降りないと両側から貫かれるってわけだ」


 俺は前方車両の屋根からも同じ回転刃が現れたのを見て、ノランの身体を引きよせた。


「どうする、ゴルディ?……下は谷底だぜ」


 前後からじわじわ距離を狭めてくる回転刃との間合いを測りつつ、俺は頭を働かせた。


「ジャンプし続けってわけにもいくまい。腹に穴が開くより、ダイビングの方がましだ」


 俺がそう言ってノランを抱え、飛び降りるタイミングを図ろうとした、その時だった。


 突然、立て続けに銃声が響いたかと思うと、俺たちを囲むように屋根に穴が穿たれた。


「わあああっ」


 俺とノランは重さに耐えかねた屋根の一部と共に、そのまま真下の車両内部へと落下した。俺とノランは通路に積まれた麻袋に受け止められ、同時に頭上で二つの回転刃が衝突して砕けるいやな音が響いた。


「痛ってえ……」


 俺が腰をさすりながら呻くと、頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。


「贅沢言うんじゃねえよ、旦那。俺が助けてやらなかったら今ごろあんた、小僧もろともぶち抜かれて穴あき盗賊のでき上りだぜ」


 恐る恐る見上げた俺の目に、ブルの不敵な笑みが飛び込んできた。


「ブル、あんたどうして俺たちの行動が……」


「まあ、ようは同じ穴の狢だったってことだな。……それより早速、怖い車掌が来たぜ」


「なんてこった、お前さんも鉱夫を装った盗賊だったってわけか」


 いつの間にか拳銃らしきものを携えていたブルに、俺は呆れながら言った。


「そういうこった。……後ろから来る奴らを頼むぜ。小僧は俺たちの真ん中で震えてな」


「馬鹿にすんなよ、デカブツ。俺にも銃を貸しな。こう見えても腕はいいんだぜ」


「待て、ノラン。今はあいつの言う通りにしろ。……ブル、この銃を使え。貸してやる」


 俺は鼻息を荒くしているノランを押さえつけると、ブルに隠し持っていた銃を手渡した。


「なんだこいつは。わざわざ人の武器を使えってのかい」


「そいつには俺が作った『死なない銃弾』が入ってる。こう見えても殺しは嫌いなんだ」


 俺は怪訝そうな顔のブルに片目をつぶってみせると同じ銃をもう一丁、取り出した。


「ふん、『殺さない盗賊』って噂はまんざら嘘でもないんだな。有り難く使わせて貰うぜ」


 ブルはそう言うと、前方のドアに向けて銃を構えた。


 俺が使っているコルトシングルはざっと百八十年ほど前の骨董品で、博物館跡から掘り出して改造した物だ。中に入っている弾丸は人体に撃ちこまれると組織と一体化し、出血を止めて弾痕も消してくれるという逸品だった。


 俺とブルは互いに背を向けながら前後の扉に狙いを定め、近づいてくる足音の主が現れるのを待った。


「……来たようだぜ」


「ああ」


 隣の車両との間の扉が同時に破られるとともに、俺とブルはそれぞれの銃をぶっ放した。


              〈第五回に続く〉

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