第3話 迷い中のカウボーイ
再び車内に舞い戻った俺を出迎えたのは、折り重なって倒れている警備員たちの姿だった。俺はポケットからイヤホンに似た装置を取り出すと、警備員の耳に嵌め込んでいった。
「よう、なにやってるんだい、おじさん」
ハッチの縁にぶら下がったノランが呼びかけてきたのは、俺が作業をあらかた終えた時だった。俺は頭の上で足をぶらつかせているノランに、ラジオを思わせる装置を見せた。
「こいつらの記憶を修正してるんだ。騒ぎがあったことまではうっすら覚えていても、俺たちに関する記憶はどこを探しても見当たらないっていう風にね」
「おっどろいたな。そんな事もできんのかい、盗賊ゴルディは。道理で捕まらないわけだ」
「俺だって超人じゃない。蜂の巣にされたら一巻の終わりだ。しくじったと思ったらさっさと記憶を消してずらかるのさ。そうすれば襲撃の事実自体、記録に残らなくなる」
「おもしれえ。……なあゴルディ、俺も仲間に入れてくれよ」
床に降り立ったノランは、菫色の瞳を輝かせて俺を見た。俺は鼻を鳴らし、顎を撫でた。
「さて、どうしたものかな。俺はやたらとつるんだりはしないんだ。どんなに優秀な盗賊でもいざってなると案外、足手まといになったりするんでね」
「俺は足手まといにはならないよ、ゴルディ。今回だってちょっとしたしくじりさえしなきゃ、うまく精製所に潜り込めたんだ。あんたも給料袋が目当てなんだろ?手を組もうぜ」
ノランは俺の目を挑むように見返すと自信たっぷりに言い放った。
「言ったな、坊主。じゃあ今回に限り、手を組むとしよう。ただしどちらかが敵の手に落ちても一切、仲間と認めるような事はしない。どうだ?」
「望むところさ、ボス」
ノランは目を輝かせると、少女のように飛びはねた。俺は警備員たちを座席に押しこむと、ノランを促して元の車両へと戻った。ひと騒動を経た車内にブルの姿はなく、俺は訝りつつノランと座席に収まった。
「いいか、今からお前さんは俺と一緒に乗った見習い鉱夫だ。警備員に怪しまれたら話を合わせろよ」
「わかってるって。そう何度もへまはしないよ」
「何度もって、一体何をやらかしたんだ」
俺が質すとノランはばつが悪そうに目をそらし、へへっと笑った。
「最初は石を積んだ部屋に隠れてたんだけど、腹が減って厨房のある車両に忍び込んだんだ。そしたら目つきの悪いコックに見つかっちまってさ」
「お粗末な盗賊だな。列車強盗は重犯罪だぜ。市場でリンゴをくすねるのとは訳が違う」
「ああ、それはさっきの鬼ごっこでよくわかったよ。……で、精製所に近づいたらどうすんだい、ボス。このままじゃ降ろされちまうぜ」
「後ろの制御車両に、人間が入れる隙間がある。床下の配線スペースだ」
「へえ、本格的なんだな。そういう情報って、どっから仕入れんの?」
「そいつは秘密だ。一人前の盗賊になったら教えてやる」
「ちぇっ、意外とケチなんだな、『泣き虫ゴルディ』も」
俺は思わず耳を疑った。『泣き虫ゴルディ』の名はレンジャーたちの間で使われている俺のニックネームだ。なぜこんな小僧が?
「どうしてその呼び名を知ってる?ノラン」
「さあね、一人前の親分になったら教えてやるよ、ゴルディ」
涼しい顔で窓の外を見遣っているノランに対し、俺は改めて警戒の念を強めた。
「いいか、今から二時間後に制御車両に移動する。へまだけはするなよ」
「まかしとけって。それより、床下の隙間、予定より広めにとってくれるんだろうな」
「馬鹿、そんなこと予定に入ってるわけないだろう。手足を縮めて俺の隣に潜り込め」
俺の返答にノランが不服そうな表情を見せた、その時だった。天井のスピーカーからさし迫った口調のアナウンスが流れ始めた。
「車内の警備員に告ぐ。付き添いの鉱夫を装った強盗一味が車内にいる模様。直ちに探し出し、身柄を確保せよ」
「やばい、別動隊の奴らが騒ぎの痕跡に気づいたらしい。……少々早いが行くぞ、ノラン」
「ちぇっ、へまをするなって言ったのはどこのどいつだよ」
ぶうぶう鼻を鳴らしているノランを伴って後方へ移動しようとしかけた、その時だった。
「こっちだ、この先の車両だ!」
ドア越しに足音と声が聞こえ、俺は足を止めて振り返った。
「くそっ、もう来やがった。……ノラン、こうなったら屋根に戻るぞ」
「へっ?さっき戻ったばかりなのに?何考えてるんだい、ボス」
「外側から点検ハッチをこじ開けて再侵入するんだ。最悪の場合、飛び降りて逃げる」
俺が計画の変更を告げ、背中を押すとノランは渋々窓の方へと移動を始めた。
「あーあ、せっかく噂の賞金首と会ったってのに、本当におじさん『盗賊ゴルディ』なの?」
「偽物だと言いふらしたいなら勝手にすればいい。とりあえず今は逃げることに専念しろ」
俺は子供じみた不平を漏らしているノランに背を向けて座席に戻り、窓を開け放った。
〈第四回に続く〉
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