第5話 隔離砦の三馬鹿盗賊


  俺は防弾ジャケットの継ぎ目を狙い、現れた三人の敵を一切、無駄玉を費やすことなく黙らせた。


「終わったぜ。そっちはどうだ?」


 俺が振り返るとブルが「きっちり三発で終わらせたぜ」と銃身で倒れている敵を示した。


「よし、もう記憶の修正は必要ない。制御車両まで中を突っ切って行こう」


 俺は二人に合図を送ると、後部車両に向かって移動を始めた。

 漂う白い煙は硝煙ではなく、水蒸気だった。コルトの薬莢には火薬の代わりに特殊な水酸化化合物をが詰まっている。分子が不安定な状態で封じ込められているので、撃鉄で衝撃を与えると薬莢が「びっくり」して弾丸を押し出すというわけだ。


 俺たちは無人の客車を駆け抜けると、最後部にある制御車両の扉を目指した。幸い警備員の姿は見当たらず俺たちは無事、扉の前にたどり着くことができた。


「どうやってロックを解除するつもりだ?旦那」


 ブルが銃の先で俺の脇腹をつつきながら言った。俺は金庫のダイヤルに似た手動式ロックのつまみに手をかけると、慎重に回し始めた。


「こいつは『考析錠こうせきじょう』といって電子ロックの技術が廃れた後、開発された錠前さ。この扉自体が双子の人工知能になっていて、ランダムに発せられる二つの思考波がぴたりと重ならなければ開かないんだ」


 俺が扉に耳を押し当てながら言うと、ブルが「ふうん、盗賊にしちゃあ最新技術に明るいんだな。見直したぜ」と目を丸くした。


 俺は目を閉じ、扉の内部でなされている思考パターンを追った。機械の紡ぐイメージが俺の耳骨を震わせ、やがて指先が二つの波がぴたりと重なる瞬間を捉えた。


「よし、開いたぞ」


 俺は大きく息を吐くと、ドアから耳を離した。ブルが力任せにレバーを引くと、驚くほどスムーズに扉が動いた。


「なるほど、これだけ鮮やかに金庫を破れりゃあ、行員を脅す手間も省けるってもんだ」


 冷やかし交じりの視線を浴びながら、俺は中へと踏みこんだ。クラシックな車両の内部は、壁全体がスイッチとレバーだらけの制御盤という作りだった。


「なんだいこりゃあ。どこをいじればいいやら見当もつかないぜ」


「タッチパネルや音声入力なんてのは滅びちまったからな。こういう玩具を扱えないようじゃ現代人とは言えないぜ」


 俺は手動で連結器を操作できるようにすると、ハイテク列車とは思えないほど古めかしいレバーを力任せに引いた。次の瞬間、金属のこすれ合う音が響き渡ったかと思うと移動速度がみるみる落ち、あっと言う間に俺たちのいる車両だけがその場に取り残された。


「おい、どうすんだよ。置いてかれちまったぜ」


 ブルが地平の彼方に去ってゆく列車の影を目で追いながら、言った。


「いいんだ、これで。運行自体は単純な自動運転システムで行われてるから、制御システムと切り離されてもどうってことはない。奴らが異変が起きたことに気づくのは列車が精製所に到着した後だろうな」


「……で、どうすんのこれから」


 ノランが問い質すような目線を向けながら言った。


「俺は自分のアジトに戻る。お前たちも日が悪かったと諦めておとなしくねぐらに帰るんだな。うろうろしてるとこの辺のごろつきに身ぐるみ剥されるか、野生化したキメラ獣にはらわたを献上させられるぜ」


 俺が諭すような口調で言うと、ノランが俺の顔の自分のそれをぐっと近づけた。


「俺、こう見えても立派なアジトがあるんだぜ、ボス。寄ってかないか?」


「アジトだって?どうせ廃棄された工場かなんかだろう?それに仕事は終わったんだ。俺はもうボスじゃない」


 俺が軽くいなすとノランはちっちっと舌を鳴らし、顔の前で指を振ってみせた。


「そんなボロ家じゃねえよ。最新型のハイテクアジトさ。……ちょっと待ってな」


 ノランは得意気に胸をそらすとタブレット型の端末を取り出し、通信を始めた。


「……ハイ、ジムかい?俺だよ、ノランだ。……仕事?ああ、ちょいとばかし、しくじってさ。現場で鉢合わせた盗賊たちを子分にしたから、アジトで休ませてやってくれよ」


 何て事言いやがる。俺が端末を取り上げようと手を伸ばしかけた、その時だった。


「ここはてめえのアジトじゃねえ、糞坊主」


 割れ鐘のような声がスピーカーから飛びだし、俺は思わず後ずさった。


「まあそう言わずにさ、迎えに来ておくれよ。この前、酒と煙草を調達してやったろう?」


 声の主はしばらく何事か喚いていたが、ノランが取りなすと不承不承「座標を教えな」と言った。


「……へへっ、口ではあんな事言ってるけど、面倒見のいいおっちゃんだぜ、ジムは」


「何者なんだい」


 聞かれやしまいかとひやひやしながら尋ねるとノランは端末を遠ざけ、声を低めた。


「酒に溺れて食い詰めた技術者のなれの果てさ。俺たちみたいなならず者の便宜ばかり図った挙句、襲撃に加わってもいないのにいっちょまえの賞金首にされちまった不遇な男だよ」


「どうやって迎えに来るつもりなんだろう」


「俺たちのアジトには『足』が付いてんのさ、ゴルディ」


「足だって?」


 俺がノランに説明を求めようとした、その時だった。ふいに風が不穏な響きを俺たちの耳に運んできた。頭上だ。しかもあの音には聞き覚えがある。


 俺は車両を飛びだすと、空を見上げた。青い空の一点に突然、黒い鳥のような一群が姿を見せた。


 ――まずい。ありゃあ『空中騎兵団』だ。くそっ、俺たちに目をつけやがったな。


 俺は急いで制御車両に引き返すとどうやったら逃げ仰せられるか、思案を始めた。


              〈第六回に続く〉

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