The 35th Year

 パパが地上で消息を絶つ前に、私に言い残したことがあります。

「お前は父さん以上にITに詳しいから、連合国のホストコンピューターに侵入して、この情報について調べて欲しい」

 小型のリムーバルディスクを手渡されます。

「……娘に犯罪者になれって言うの?」

 休戦協定が結ばれたとは言え、クラッキングは立派な犯罪です。

「……まあそう言うな。どうしても気が進まないならやらなくてもいい。数年前から、父さんが検証してきた仮説の、まあ裏付けみたいなものだ」

「……気が向いたらね」

「ありがとう」

 それが、パパを見た最後でした。


 地上が人間の住処すみかでなくなってから、二十年近くの時間が経ちます。

 連合国と同盟国の間の交戦は、主に傭兵ようへいと無人戦闘機によってなされましたが、小型の核も各地で使用され、世界は放射性物質が蔓延まんえんしています。

 大勢の人が死にました。

 形ばかりの休戦協定は結ばれましたが、無人戦闘機の無力化などは、未だに国際的な足並みがそろってないのが現状です。

 こんな状況で、地上に行くのは自殺行為と言われても仕方ありません。

「識別コードの偽装、放射性物質の無害化チップ、これだけ揃ってるんだから、簡単には死なないわ。あの人はきっと帰ってくるわよ」

 ママはのんきなことを言っていますが、内心は心配でたまらないでしょう。

「そんなに、昔捨てたロボットが心配なのかしら?」

 毒づくように言うと、ママがたしなめます。

「そんなこと言わないの。私にとっても大切な存在なのよ、ノイドは」

「パパとママの仲を取り持ったのが、そのノイドってロボットだっけ?」

 ママは思い出すように、微笑みました。


 コンピューター関連のノウハウは、幼い頃からパパに手ほどきを受けました。

 出藍しゅつらんほまれ、とは、私の上達ぶりを見たパパの評です。

「今にきっと、凄腕すごうでのハッカーになれるぞ」

 余計なお世話です。

 私の夢はハッカーなんかではありません。

 私の夢は……何だったっけ?

 

 ディスプレイの前で、慎重に慎重を重ねてデータを引き出します。

 恐らく、相手側は侵入されたことすら気づかないでしょう。

 操作は完了しました。

 全ての痕跡こんせきを消して、私は引き出した情報を眺めます。

 それは、戦前に連合国がクラッキングした軍事技術の一覧表のようなものでした。


 そのリストを流し読みしていると、とある項目に目が行きます。

 それは、数年前に亡くなった祖父の所属していた、同盟国の研究所の名前でした。

「……パパの仮説は裏付けられたわけね」

 そのデータの中には、かの「N‐0112タイプ」と呼ばれる人工知能の設計図も存在しました。

 パパの所有していた、ノイド1号の別名です。


 私は、パパの残した仮説を読みながら、それがおおむね的外まとはずれでないことを確かめました。

 戦前の段階で、ノイド1号の情報は連合国側に漏れていたのです。

 そして、連合国では、ノイド1号とほぼ同じ規格の人工知能型兵器を開発し、わずかながら実用化していたことも明らかになりました。

 しくも同盟国では、ノイド1号のような機種の、本格的な運用にまでは至らなかったようですが。

 ノイド1号は、つまり兵器なのです。

 

 この兵器の特殊性は、同じ規格の「仲間」が周囲にいた場合、互いに対する犠牲的献身けんしんを発揮する、ということにあります。

 その「感情」のようなシステムは、二次的な識別コードよりも、上位の「命令」として働くようです。

 これは、過去に同盟国の宇宙工学の分野で、偶然開発されたもののようですが、私はその辺の事情にうとく、よく知りません。

 

 ノイド1号が、その稼動限界の時期を迎えてもなお、停止せずに活動出来た理由は何か?

 もし、活動を停止したノイド1号の近くに、連合国の開発した、ノイド1号と同じ規格の人工知能型兵器が存在した場合、彼らはどのような行動に出たか?

 仮説のいきでしかなかったものが、これらの情報を統合することで、現実味を帯び始めてきました。

 

 私は、ベッドに寝転ぶと、壁際に積まれた本のすみに、昔の文集を見つけました。

 地下のシェルターとは言え、一応教育機関のようなものもあります。私も、幼い頃はそこで、初等の読み書きなどを学びました。

 卒業式を迎える前に、教師の発案で作った文集がこれです。

 寝転びながらパラパラとめくります。

 その中のあるページに目が留まりました。

 この手の文集にはよくある「わたしのゆめ」という寄せ書きです。

 私は、長らく忘れていた感情を抑えることが出来ずに、ひとしきり泣いてしまいました。


「パパの馬鹿、……いつになったら……、帰って、来るのよ……」


 幼い日の、私のつたないい文字で、そこにはこう書かれていました。


『パパのおよめさん』

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