The 40th Year

 何が起こったのか、よく覚えていない。

 大きな爆発に巻き込まれたことだけは何となく記憶に残っている。

 頭から血を流して倒れているところを、通りがかりのNGO職員に助けられ、気がついたらこの薄暗い仮設シェルターの中にいた。


「ちょうど無人戦闘機の無力化の作業をしている時に、爆破に巻き込まれたようですね」

 ベッドに寝かされている私に、職員がそう語りかけた。

「ご気分はいかがですか?」

 少々傷が痛むが、意識ははっきりしている。

「それは良かった。立ち入り禁止区域でしたので、まさか人がいるとは思わず、申し訳ございません」

 立ち入り禁止区域?何のことだ?

「覚えてませんか?失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 名前?私の名前は確か……

 

 私の名前は何だ?




 職員の話では、地上は既に人の出入りがかなり制限されており、軍人・軍属であっても非常に珍しいという。

「攻撃回避用の偽装識別コード、放射性物質の無害化チップが体内に埋め込まれています。入念に対策をしてはいるみたいですね」

 そう聞かされても、まったく身に覚えがなかった。

逆行性ぎゃっこうせい健忘症けんぼうしょう、のようです。完治させるには地下の医療設備がないと難しいでしょう」

 

 彼は現在、この場所に一人で駐留ちゅうりゅうしているらしく、私一人をどこかへ送ることは出来そうにない、と言った。

「このままここにいても良いですし、どこかへ行かれるのもあなたの自由です。その場合、当座とうざの食料をお分けするぐらいは出来ます」

 と言っても味気ない携行食料ですがね。そう言いながら職員は笑った。

 何から何までお世話になって、本当に感謝します。

「礼には及びません。そもそも私の爆破作業が元で、あなたに怪我をさせてしまったのですから」

 ところで、無人戦闘機の無力化というのは、見たところ大変危険な仕事のようですが。

「無論です。膨大ぼうだい・かつ多様な数と量の戦闘機が運用されましたし、主要国はパワーバランスばかりを気にして、積極的に停止させようとしない。だから、この業務もある意味、大国にとっては目障めざわりな仕事なのです」

 それなのに、あなたは何故この業務にたずさわってるのですか?

 そう訊いたが、彼は沈黙して答えなかった。


「もう行かれるのですね」

 別れの日に、彼は名残惜しげにそう言った。

 お世話になりました。

 やはり、私にはどこか行かなければならない場所がある。そんな気がするのです。

「またこの辺りに来たら、是非立ち寄ってください。一人だと寂しいのですよ」

 冗談っぽく笑いながら、彼は手を振って私を見送ってくれた。




 職員は男を見送りつつ、彼には語らなかったことを思い出していた。

 連合国の諜報員ちょうほういんとして、クラッキング業務に携わっていた頃のことだ。

 ある日、同盟国側の軍事研究所のコンピューターにアクセスすると、いくつもの見慣れない設計図のようなものが目に留まった。

 専門家によると、同盟国で長らく秘匿指定ひとくしていにあった人工知能型兵器の設計図や、無人戦闘機のそれだと言う。

 上層部は狂喜きょうきしつつ、急ピッチでいくつもの兵器を開発にこぎつけたものだった。

 自分は鼻が高かった。そして、全ては国のためだと信じていた。


 もし――と思う。

 歴史に「もし」はないが、自分があの機密情報を盗み出さなかったとしたら。

 世界はどうなっていただろう。


 ……わからない、と思う。

 たとえそうしなかったとしても、遅かれ早かれ、開戦は避けられなかったのかも知れない。

 だが、連合国の作った無人戦闘機の誤射によって、自分の妻や娘が死んでしまったことは事実だった。

 休戦協定が結ばれてから、何かに突き動かされるように連合国を離れ、こうして一介のNGO職員として、兵器の無力化に携わるようになった。

 こんなことをしても、死んだ家族が戻ってくるわけではない。

 また、世界がどの程度、元の姿に戻るのか、正直心もとない。

 それでも、私は――。



 旅立った男が遥か彼方で、何度も手を振るのが見えた。

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