The 25th Year

「……地上圏ちじょうけんのAブロック三番ポイントにて、微弱な電磁波を観測しました」

 会議の終わり頃に、付け足しのようにそういう報告があった。

「電磁波?また敵の無人戦闘機か?」

 大佐がそう言うと、部下は打ち消すように続けた。

「いえ、識別信号しきべつしんごうは味方の機種です。しかし、このようなコードは今まで見たことがありません。現在、調査しております」

 大佐がうなずいたのを合図に、会議は終了した。


 地下シェルターの長い廊下を歩いて個室に戻ると、約束どおり来客が待っていた。

「大佐!お元気そうで何よりです」

 そう言った白衣の老人は、椅子から立ち上がり、敬礼の姿勢を取った。

「教授、本当にお久しぶりです。ただ、その大佐は止めて下さい。昔のように呼び捨てにされた方がしょうに合います」

 大佐は簡易かんいコンロで湯を沸かし、今となっては貴重品のコーヒーを淹れた。

「どうぞ、お口に合いますかどうか」

 二人してコーヒーをすする。深いため息が洩れた。

「あの頃も教授は、研究の合間にコーヒーばかり飲んでましたね」

「ええ。あの頃のように自由に飲めないのは辛いものです」

 教授は部屋の片隅に目をやり、暗い表情になった。

「奥さんのことは……お気の毒でした」

 大佐が呟くと、

「……あれが、妻の寿命だったのでしょう」

 地下シェルターに避難してからも、教授と妻は軍の嘱託しょくたくとして、昼夜問わず研究を続けた。その無理が祟ったのだろう。肝不全だった。

「……私のような軍人が言うべきではないかもしれませんが……こんな戦争さえなければ」

 教授は何も言わなかった。


「……どうしても引退されるおつもりですか?」

 大佐は、我ながら馬鹿な質問をしたものだと思った。

「優秀な助手がいなくなりましたし、潮時かと思いましてね」

 軍はまだ、教授の頭脳を必要としています――、大佐はそう言いかけて、ぐっと喉の辺りでこらえた。そんなことを言って何になるというのか。

「わかりました。ご意思を尊重致します」

「――ありがとうございます。ところで、さっきから気になっていたのですが、その資料は?」

 先ほどの会議の資料が、机の上に放り出したままだった。

「ああ、一応機密扱いですが、教授になら問題ないでしょう」

 教授は、地上で微弱な電磁波が観測されたことに、関心を抱いたようだった。大佐は一連の経緯を説明した。

「なるほど。明らかに味方の識別信号だと」

「ええ。しかし、過去のデータは避難のゴタゴタでかなり紛失しておりまして、詳細が不明なのです」

 ファイルをめくる教授の顔に疑念の色が浮かんだ。

「何か、気になることでも?」

「いや、大したことはないのですが、この信号のクセ、どこかで見たことがあるような気が……」

 しばらくして、教授は識別信号の写しを貰って、大佐に別れを告げた。


「――そうか、引退することにしたんだね、父さんは」

 通話口の向こうから、息子の声が聞こえてくる。

「ああ。もう年寄りだからな。あとは、好きな読書でもしながらのんびり暮らすさ」

 いずれにせよ、地下シェルターの中で可能な趣味など限られてはいるが。

「それで、聞きたいことって何?」

「ああ、大佐の所で聞いた話なんだが」

 息子は昔から記憶力が良い。学生の頃から研究をいくらか手伝ってもらっているから、自分の覚えていないデータでも思い出せるかもしれない。

 そう思って、詳細を伝えたら、急に黙りこくった。

「どうした?何か思い出したか?」

「……父さん、それは何かの冗談かい?流石さすがの僕でも怒るよ」

 教授は、何を言われてるのかわからなかった。

「何のことだ?」

「……そんなはずはない。いい、父さん。そんなはずはないんだ。あの時、体内光子炉の残量は確認した。どんなに長く見積もっても、今から数えて十年前に稼動限界を迎えてるはずなんだ。地上の電力供給システムもとっくに破綻はたんしているはずだ。そうだろ、父さん!」

 記憶の奥の疑念が、次第に明確になってきた。

「まさか、ありえない……」

「そう、ありえないんだ。でも、その識別信号を、僕はよく覚えてる。だって、忘れようがないんだ。子どもの頃からあいつのシステム整備は僕の仕事だったからね。忘れようったって忘れられない。……父さん、もう一度、その識別信号を読み上げてくれ」

 教授は震える手で資料をつまみ上げ、その該当箇所を読み上げた。

 息子は何度も聞き返した。

 やがて、一言一句に至るまで間違いがないとわかると、しばらくの沈黙の後、息子は言った。

「もし、そうだとしたら」

 教授の唇は乾いていた。唾を飲み込み、その先の言葉を待つ。

「……何かの奇跡が起きたとしか、思えない」

 既に人間の住まいではなくなっている地上に、あの機体がいる。


「ノイドが……生きている!」

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