エピローグ
気が付くと、暗く狭い場所に立っていた。
足元でスマホが震えている。
続けて通知欄がメールの着信を知らせてきた。
<今年はいつ帰るのか...>
発信者名は祖父のものだ。
「えっ?!」
帰ってきたのか? この狭くて寒いのは自分の部屋の玄関だった。
今は何時だ? つか、何月何日だ? 一年も暦の違う世界に居たんだ、とうに西暦に換算することなど出来なくなっている。この部屋はまだ、椿のものなのか?
ロックを解除したスマホは12月25日を表示していた。
ぴったり356日が過ぎたのだろうか。
いや、違う。足元にはホールで買ったケーキの箱、それにウィスキーの瓶が転がっていた。もしかして、時間の経過がないのだろうか? スマホの充電だって切れていない。
洗面所に駆け込んだ椿は、シャツの裾を引っ張り出し、お腹を晒した。
「うわぁ……」
体には継ぎ接ぎが残っている。マジか、時間だけか。体は元のままか。時間が経たなかったのは良かったが、コレ、無駄に歳を取っただけじゃないのか。くそー。
「あっ、茜ちゃんは?!」
急いで玄関を飛び出す。それとほとんど同時に、上階からバタバタと慌ただしく人が駆ける気配がする。急いでマンションの昇降口に向かうと、その人物とは階段で鉢合わせた。
「椿さんっ!」
「茜ちゃん、良かった。
無事だったね」
ペタペタと茜の体に触れてみる。うむ、ぽっちゃり気味だった茜の身体も、異世界で鍛えて引き締まった状態のままであった。やはり、向こうで暮らした時間は、我々の身体に刻まれて残ったようだ。
「椿さんも追い返されたんですか?」
「ちょっと、何処かでお話ししようか」
「椿さん、裾が」
ああ、先程引っ張り出したままだった。
これは『はしたない』ね。
次いでだから、茜に体を見せておいた。
「そのままなんて、酷い……」
「茜ちゃんが気にすることじゃないよ。
待ってて、コート取ってくる」
部屋の前で、オートロックだったことを思い出し、蒼くなる。だが幸いにも、鍵は腰にぶら下げていた。玄関に脱ぎ散らかしていたコートを拾い上げる。財布を何処にしまっていたか思い出すのに手こずったが、何のことはなく、コートのポケットに入っていた。
駅に向かい、近くの24時間営業のファミレスに入る。
「そんな事になっていたんですね……」
茜とは帰還に時間差がある事、その間に何があったのかを伝えておいた。
「マーリンさんも召喚されたんですね。
じゃあ、今頃は私達みたいに帰っているのかな?」
いやぁ、どうだろう。あの女神、特に妹の方が普通に還す訳がないと思う。死んで帰るのだって、女神の魔法だ。裏切りの代償はきっちり払わされている可能性がある。あの妹はなんか、性格が悪い、いやキツイ? そんなだったし……
「茜ちゃん、魔法使える?」
「さっき、寒かったので試したんですが」
防寒の魔法を覚えていたのか、いつの間に……
「使えなかった?」
「はい」
「私はまだ使えるみたいなんだよね」
「えぇっ」
茜の魔法は女神の加護だ。椿には、女神の魔法が効かなかった。つまり、加護も得ることがない。どうやら、自前で覚えてしまったようだ。それこそ、異世界の加護かもしれない。まあ元より、魔法じゃなくて気功のつもりだったからね。
茜からは帰れた安堵がにじみ出る。使命の途中で返された名残り惜しさも、椿が成し遂げたと聞いて霧散したようだ。
「良かったね、受験に間に合いそうで」
「本当に……
でも、1年間何もしてなかったから
他の人よりずっと大変そうで……」
「私は自力で取得したロムトス語が
まだ使えるんだよね。
これで小説でも書いてみようかな」
「それ、いいですね。
私も今、思ったんです。
調理師学校に行こうかなって」
「あー、あっちの寮では
ずっと自炊してたんだっけ?」
「はい、結構自信あるんですよ」
話が盛り上がってきた所で料理が届く。ふたりともハンバーグなのは、向こうではひき肉にして食べる文化が無かったからだ。いや、正直に言います、大好きです。
「あれ?」
「うん……」
久しぶりのハンバーグの香り。期待と食欲を存分に刺激したが、一口食べたところでなんとも言えない気分になった。
「なんでしょう、
期待したほどじゃなくて」
「味が濃いよね。
シェロブの料理に慣れすぎたか……」
苦笑しながら箸をすすめる2人、いやいや、久しぶりのハンバーグ、美味しいよ。
調理師学校への入学を両親に反対されたら、助太刀すると約束をして茜と別れる。コーンスープに、白玉パフェまで食べて尚、コンビニに寄る茜、若いなぁ。
予約確認のメールが入っていたため、実家へ帰る新幹線の指定席を取っていたのを思い出せた。明日は祖父に会いに行こう。異世界で鍛えた腕で、あの妖怪爺から一本取ってやる。
すでに午前1時を回っていた。コレほどの夜更しは1年振りである、睡魔と戦いながら風呂を済ませて眠りにつく。嗚呼、ぐうたらとは決別しなければ。シェロブが恋しい。カミラを嫁に、シェロブを娘に持ちたかったよ……
・・・・・
午前8時、京都駅に立つ。
夜明けと共に目を覚ます習慣は、現実に戻っても抜けていない。あっさり忘れるのは寂しいから、当分は習慣にしようかな。独りで食べるボソボソの食パンがやけに味気なかった。結婚など考えたこともなかったが、今では人寂しさに負けそうだ。
祖父宅に着くと、道場から気合声が漏れ聞こえる。どうやら、おっさん共の朝稽古が始まっているようだ。近所迷惑だよな、コレ。
まずは祖母に挨拶を済ます。現実と異世界を合わせた2年振りだからか、涙が出そうなほど懐かしい気持ちになった。
「なあに? 今日は甘えたちゃんじゃない」
そうやって見透かされるのすら嬉しい。
「さあ、お爺ちゃんに挨拶なさい」
促され足を踏み入れた道場では、おっさんどもが帰り支度していた。
「やあ椿ちゃん、大きくなったね」
「定番ネタ過ぎるぞ」
「おっさん臭いな」
「仕方ないだろーガハハ」
儀式めいた中年男性たちとのやり取りを経て上座に目を向けると、祖父が瞑想するかのように目を瞑り座っているのに気付いた。
「お爺ちゃん、アレどうしたんです?」
「何かね、椿ちゃんに負けてられない
とか言っていたけど。
遂に1本取ったのかい?」
そんな記憶はない。
おっさん共を追い出すと、祖父の前で足を揃えた。
「ご無沙汰しております」
「随分と鍛えたようだな。
見違えるようだぞ」
「今日こそ1本取れると思いますよ」
「生意気になりおって。
どれ、試してやろう」
ふふふ、もう力負けは絶対にないぞ。殺し合いの実戦で、精神力も鍛えた。何より、格上のカザンや魔王との稽古もある。一皮も二皮も剥けたと言っても過言ではない!!
祖父と対峙する。
椿が構えるのは薙刀の竹刀だ。実力差がありすぎるため、祖父には薙刀で対峙することを許されている。今日こそ、祖父の竹刀をはたき落として、薙刀を引っ張り出せるかもしれない。
静かに魔力を、いや気を練り体に巡らす。うん、身体強化魔法が未だに使える。これは反則などでは無い、断じて。強者は自然と行っているものなのだ。ほら、その証拠に、祖父が息を呑むのが分かる。あの爺も、使っていたに違いない。歳の割に身体能力が高すぎるからな、妖怪そのものだった。その正体は今日ここに、見破られた!
「せいっ!」
しかし、その強化した上段からの振り下ろしを、祖父は難なく受け流してしまう。
「まだまだだな。
切っ先まで充実しておらん。
体の内に留まっておる内は、まだまだヒヨッコだ!」
やっぱり、魔力の気配を感じ取っている。この妖怪爺め!!
猛烈に打ち込んでくる祖父の竹刀を、なんとか撃ち止める。だけど今は、こちらも爺の魔力を感じ取れるのだ。爺の魔力量は多くない、精々スターシャやポーシャほどだ。良し、打ち負けない。付いていける。椿にはまだ、熊モードまであるからな。いざとなったら肉襦袢で竹刀を止めてやる。
行ける! 行けるぞ! 遂に妖怪退治が成されるのだ!!
次の瞬間、足元に白い魔法陣が浮かび上がった。
「何だ?!」
「またこれ?!」
間違いなく、召喚の陣だ。
あれから2日と経っていないぞ、滅茶苦茶だ!!
身を固くする椿の目の前で、祖父が光りに包まれて消えていった。
「そっちかい!!」
しかし時間にして5分も経たず、再び魔法陣が浮かび上がった。椿の時も、こんなふうに消えてから、すぐに戻ってきたのだろうか? 今度のは送還の陣だろう。
予想通りに送還の魔法陣だったようだ。
白い光が消えると、日に焼けて少し精悍な雰囲気を増した祖父が立っていた。
「椿よ、残念だったな。
もう少しで勝てたのになあ?」
妖怪の魔力量がとんでもなくパワーアップしている。
「糞っ! やっと1本取れると思ったのに!!」
今なら異世界ボケで身動きが悪いはず! すぐに打ち掛かるも、簡単にあしらわれた。くそー、何年居たんだ? この妖怪に修行させたのか? どこの女神だ! ただの竹刀が鉄の塊のようだ。
祖父の剣は、人柄を映す優雅なものに変わりない。ただひたすら、鋭さと強さを増していた。
そして、いつもの通り、コテンパンにやられる椿であった。
お終い
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