第10話 敵性生物

 引き返そうとした矢先、視線の先に動くものを見つけた。


 動物かな? と注視すると、違う。それは人のように見える。ただし、肌は黄色で、裸に兜を被った奇妙な出で立ちだが。

 手には抜き身の剣をぶら下げている。


 あれか?! ゴブリンか! 初ゴブか?!


 我らが地球では妖精に分類されているんだっけ? 雑魚オブ雑魚として、ゲームやお話では序盤の荒事入門にしばしば利用される存在だ。小柄と言っても、中学生の子供ほどの背丈がある。ああやって、現実に肉体を持って現れたものを見ると、どうしようもない気持ち悪さを感じる。とんがった鼻に、耳。白目のない眼は、表情を分からなくしているし、より不気味さをかもし出している。滅茶苦茶にブサイクな犬から、可愛らしさを取り除いた感じだ。


 幸いにも、周りに他のゴブリン(?)は見当たらない。とっとと逃げるか、それとも経験値にしてしまうか。レベルとかあるんだろ? 異世界だもの。


 あ、目が合った。


 すぐさまゴブさんがこちらに駆け出してきた! やばい! 割りと怖い!


 でも、その恐怖はあっと言う間に引いていく。ゴブさんは剣を大上段に構えたまま、こちらに迫って来る。ただ、その進行は早くない。ダバダバって擬音が付きそうなほど無様な走りだ。おまけに、口から舌もはみ出している。


 木刀を持ったうちの祖父の迫力に比べたら、大砲と水鉄砲くらい違う。爺さんの妖怪力と比べたら、ゴブさんのはまっくろくろすけ程度だろう。


 振り下ろされた剣をすれ違うように避けた椿は、そのまま肘をとって肩をめる。地面にゴブさんの頭を押し付けると、あっさりと取り落とした剣を拾い上げた。少し躊躇したが、背中から心臓目掛けて剣を突き立てる。一度では死んでくれなかった、骨にあたって届かなかったようだ。何度か刺して、最後は足で押し込むように踏んづける。


 ギャーギャーと喚くゴブさんが沈黙したところで、椿の側を何かが掠めて行った。

 矢だ!

 また来た!

 今度は2匹だ、弓ゴブさんと、棍棒ゴブさんだ。弓か、やばいかな。


『矢は当たらない』


 何か、確信的な感覚が椿の中に浮かんだ。

 その感覚に従って、弓ゴブさんを放置する。

 まずは棍棒ゴブさんだ。


 剣ゴブさんとまったく同じ、ダバダバ走りで棍棒ゴブが突貫してきた。棍棒と言っても、そこらで拾ったような、ちょっと太いだけの木の枝だ。間抜けにも、弓ゴブさんの射線を塞いでくれている。剣ゴブさんの背中から引き抜いた剣で、棍棒ゴブさんの喉を掻き切った。錆びてるので、切れ味はほぼない。喉を抑えて血を吐く棍棒ゴブさんを背中から蹴り倒して剣を突き立てた。錆びていても刺す分には問題ないな。


 続く弓ゴブさんは、まったく問題にならなかった。軽く走る程度に動いているだけで、矢は当たらないのだ。動くものを射るときは、矢が届くまでの時間で相手が動く先を狙わなくてはいけない。弓ゴブさんの狙いは、矢を放つ瞬間に獲物がいる場所だ。


 道具を使う知能があるのに、そういった感覚がないのか。何だかチグハグな生物だ。小柄な身体を生かして近づく、そして掴みかかって噛み付く。こうした方が下手に武器を使うよりは、よっぽど脅威になりそうだが。なまじ人間のマネをするから、ただの劣化版に成り下がるのだ。


 弓ゴブは回り込むように近づくだけで、あっさりと片がついた。

 そう言えば生き物を殺したのに、なんの忌避感もなかったな。ゴブさんが存在する、その事自体に嫌悪感はあったが。そもそも城で召喚を担当しただろう男を刺している。あれから再び召喚されないあたり、死んでくれたのだろう。そして、そこになんの感傷もない。




 剣ゴブさんの兜と錆びた剣、弓ゴブさんの弓と矢を頂いておく。木の枝は要らん。散らばった矢も使えそうなものは拾っておいた。弓は小型で割としっかりした作りをしている。剣や兜といい、このゴブさん達がこれらの道具を作れるようには見えない。拾ったのか、奪ったのか。奪われた人はどうなったのだろうか、ゲームよろしく復活できるのなら、大変にありがたいのだが。


 剣はともかく、この兜、ひと目見て籠代わりに使いたいと思った。薬草摘みだ。


 そろそろ血の匂いに獣が寄ってきそうなの気がしたので、この場を離れることにする。




 レベル、上がったかな?

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