第9話 街の外

 人が動き出す気配で目が覚めた。


 気温はずいぶん下がっている。そろそろ陽が昇る時間のようだ。隣の女性もすでに出立の準備をしてる。雑魚寝スペースは衛生面に不安があったが、乾いた空気のせいか不快感はない。旅装も解かない行商人達が詰めているにも関わらず、臭いもない。

 この国は日本よりずっと乾燥した気候のようだ。

 風呂に入らずに寝たせいか、なんだか不快感が拭えない。普段は毎晩、風呂に入ってから寝ているのだ。


 女性が出ていってから少し間を開けて、椿も外に出る。ちょうど陽が差してきた。掛け声が上がり、吊るし門がゆっくりと上がって行くのが見えた。


 すでに大門前の広場に集まっていた馬車や行商人達は次々と外に出て行く。検問のようなものがあると想像していたが何もないようだ。門の脇の兵士達は、特に何かをする様子がない。


 先程の女性は逆に街中に向っているのが見えた。宿代をケチったのかな? 雑魚寝スペースで男に混ざって何事もないあたり、この国の治安は良いのだろう。城の入り口に扉がないのも然り。それとも兵士が詰めている隣でバカをする人間が居ないだけかもしれない。


 当分はここのお世話になろうかな。




 明るいうちに街の周りを見ておきたい。椿はさっそく外に出た。

 門をくぐるときに兵士たちに声を掛けられたが、曖昧に頷いてみせると、心配そうな顔で振り返りつつ持ち場に戻っていく。心配してくれているのかな? それにしても糞王子や、冒険者ギルド(?)の厳ついお兄ちゃん達は、椿の何に不快感を感じたのだろうか?


 椿は朝の冷えもあり、フードを被ったままだ。やはり髪の毛だろうか? そう言えば、西洋風な顔立ちばかりでアジア系は見かけないな。髪の毛も色素が薄いか、せいぜい赤髪を見かけたくらいだ。ほとんどは金髪で、その濃さに違いがある程度だった。少しだけ期待していたファンタジーな青や緑、ピンクなんかの派手な髪色は見かけない、異世界のくせに残念なもんだ。


 髪が原因なら引っ詰めてバンダナを巻いたり、修道女のウィンプルみたいな頭巾でも被ろうかな。


 ・・・


 30分もせずに城壁が木立に切り割っていく。流石に城壁が木より低いということはないが、壁よりの木は切り倒されて株が幾つも残っている。城壁の角、椿が出た門の反対側の辺にあたるところまできた。すると城壁の尖塔の上から声が掛かる。


「※※※! ※※※※※※※~!」


 このまま進めば城の後ろに出ることになる。警備上、止められるのは当然だろう。椿はフードを顔が見える程度に上げてから、お辞儀するようにして見せた。忠告は聞こえたよ、と意思表示をしたつもりだ。そしてすぐに引き返す。フードを全部挙げないのは、髪の毛を見せるのに不安があるからだ。それ以上の声が掛からなかったところを考えると、対応は間違えなかったらしい。


 戻りながら今度は、木々が濃くなる辺りに入り込んで見る。この世界の植生を見ておきたい。と言っても、椿は植物に詳しいわけではない。ぱっと見たところ、日本やヨーロッパなどの森と何ら変わらないように見える。気候が乾燥していると感じたように、木々の下草は日本ほど無節操に茂ってはいないようだ。見たこと有るような無いような、なんの特徴もない木々を眺めながら歩く。木の実なんかを期待したが、街路樹と同じような木が茂るばかりだった。




 1時間は歩いただろうか。相変わらず下草は少なく、歩きやすい。木々の低い位置は、枝打ちがされているし。人の手が入っているように見える。けど人の姿は見えないし、道らしきものもない。収穫のなさに散策を諦めかけた頃、ずいぶんと奥まで入り込んだと気づく。慌てて来た方角を振り返ってみると、あれほど背が高い城壁が見あたらなかった。城壁の高さが10mほどであったのなら、地平線に隠れるには10kmほど離れる必要がある。これは異世界のこの星が、地球の径と同じだと仮定しての話だ。短い距離で地平線に隠れてしまうなら、地球よりも小さい惑星なのかもしれない。もしくは、見当違いの方向を見ているか、だ。


 木々の隙間から覗く太陽は、ほとんど真上まで登っている。


 とにかく引き返そう。

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