第7話 お決まりのコース

 とにかく裸を脱した。素晴らしい。この世界の衣装を手に入れたのだ。

 これで一般人の中に溶け込めるのではなかろうか。椿は少しだけストレスの軽減した頭で次の予定を立てる。


 まずは食事だ。剣道は嗜むが武士ではない、食わねば死ぬのだ。武士は食わねど高楊枝なんて格言は糞食らえだ。収入を得て日々の糧を手に入れねばならない。


 異世界ものと言えば、冒険者ギルドだろう。現代ではハローワーク、江戸時代に遡れば口入れ屋と呼ばれるものがある。仕事の斡旋がないはずない。きっと噴水広場の周りにあるはずだ。市役所の周りに大体の施設が集まっているように。城がある広場には、役所もあるに違いない。


 広場から出る一番大きな通り、恐らく進めば街の外に出るのだろう通りにそれらしき建物を見つけた。建物には、剣と杖が盾の前で交差する意匠の看板が掲げられていた。この杖は魔法を使うなにがしかの職があることを示している。自分を召喚したアレは魔法だろう、そうとしか説明できない。


 裸族を脱したにも関わらず、微妙に視線を集めていることに不安を感じながら建物に入る。入り口に扉がないあたり、昼夜を問わず営業しているのかもしれない。


 案外明るい建物の中で、椿は一斉に視線を浴びた。あまり友好的に見えない…… テンプレだと絡まれるんだっけ?


 めげずに内部を観察する。エントランスはそのままロビーとなっていた。右手の壁には、たくさんの張り紙が見える。求職票、もとい依頼表だろうか。奥にはカウンターがあり、事務職っぽい装いの男女が並ぶ人々に対応している。ロビーに居るのは殆どが、腰に剣なり斧なり物騒なモノをぶら下げた男で、たまに女もいるようだ。魔法使いのような装いも居る、ごく僅かだが。ここが冒険者ギルドなら、他にも商人ギルドだの、錬金術ギルドだの、職業に応じたギルドが存在しているかもしれない。


 周りには武装した連中しかいない、椿に集まる視線の原因はこの町娘の出で立ちが原因かな? 椿は視線を無視することに決め、張り紙のある壁に近づいた。


 読める字はない、文字と数字の区別もできない。気が滅入りそうになるが、なんとなく内容は想像できる。少しサイズの大きい最初の一文は表題だろう。続く長い文章は、職なり依頼なりの内容かな。そして最後は、必ず「○○:※※※※」「△△:※※※※※※」で締められていた。○○と、△△は同じ単語だ。どちらかが、期限や期間だろうか。もう一方は報酬だろう。




 観察を続けると、数人グループの代表が張り紙を剥がしカウンターに持ち込む様子が見れる。そうだ、あれだ、採取系の依頼はないか、薬草とかやらを集めてくるという奴だ。自分にも出来ると思うんだが。


 更に観察を続けたが、カウンターに薬草らしきものを持ち込むグループは現れなかった。だが幸いな事に、絡んでくる連中もいない。ただ、刺々しい視線は途切れてくれない。


 入り口から覗く外がオレンジ色になってきた、日が落ちてくる。併設されている食堂のようなスペースも人で埋まっていく。焦りを覚える中、いっそ一晩居座ろうかと考えていると、遂に声をかけられてしまった。


「※※、※※※※※※?」


 カウンターの奥に居た職員らしき人だ。


「あの、すみません。仕事を探していて…… お金が欲しいのです」


 焦って思ったことを口にしてしまう。途端に怪訝な顔をされた。何がまずかったのだろうか、言葉が通じない事だろうか。声がキモいのか? 確かに女にしては低いほうだが。


 気付くと、周りの厳ついお兄さん達もこちらを見ている。


「できれば、一晩居座らせて欲しかったり…… ご飯とかも」


「※※、※※※※」

「※※※※※※?」

「※※※※※」


「あのー……?」


 周りがざわつき出した。腰のものに手を掛けている厳ついのもいる。

 最初の糞王子が顔をしかめたのを思い出した。ひょっとすると、自分の容姿は致命的に受け入れられないのだろうか。職員の人が後ずさりする中、厳ついのが前に出てくる。


「ごめんなさい、お邪魔しました!」


 撤退するしかなかった。

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