第6話 脱裸

 よし、お店に間違いない。肩に紐メジャーを掛けたテーラーっぽい女性が、裸で来店した椿を憮然と見つめている。


 自分は知っているぞ、王族や貴族のご令嬢は風呂すらメイドを使う。召使いなど人間ではないのだ、着替えさせマシーンだ。裸を見せるなど屁とも思わないはず。幸いにも、先程奪った王子様(恐らくは)の剣がある、抜き身だが。堂々と、ただ堂々と、ほれ服を着させろってすればいいのだ。いざ、勝負!


 椿の算段はこうだ。剣の柄にある紋章ぽいものは王家の印であり、先程の建物はお城であり、目の前のテーラーっぽい女性は店長であると、かなり無理矢理だがそう当たりを付けた。印を見せて床に剣を突き立てたあと、城の方向を指差す。店長がハッとしたように表情を変えた。今だ! と椿は腰に巻いた布も床に落とし、軽く両手を広げる姿勢を取る。


 さあ、お着付けなさい!


「※※※※、※※※※※※※。※※※※※※※※」



 店長らしい女性の指示で、他の連員らしき女性たちが慌ただしく準備を進めていく。勝った! 椿は内心ガッツポーズを決める。



 お湯の入った手桶と真っ白いタオルで足を清められ、下着を着けさせられた。すでに衝立で周りを目隠しされている。部屋に移動させたりしないあたり、お貴族様の意を読んでいるってことだ。なんせ、ほれ急げよとばかりに椿がポーズをとった場所はここなのだから。下々の者はすぐに応えねばならない。


 先程の建物は城で合っていたのだろう。これだけ近いのだ、王家御用達という事なのかもしれない。店長の対応は明らかに慣れている。顎をあっちやこっちに向けるだけで意思が伝わると思っているお貴族様を相手にしているのだ、空気を読む技量は相当に違いない。


 そうして着せられた下着は、いわゆるドロワーズと言うものだ。現代のブラとショーツなんてものは無い、映画の中世ヨーロッパで見たような衣装に近づきつつある。あまりフリフリだと困る、なんせお金もない。このあと野宿になるかもしれないのだ。この店の支払いは思うところがあるので大丈夫だが、実際に着る服は今後の事も見越しておかないといけない。


 案の定、これでもかと膨らむスカートを持ってくる店員達を手を上げて制した。軽く首を降ってから、店長に近づきその服を摘んで見せる。


「これ、こんなのが良いんです。動きやすいのでお願いします」


 言葉が通じないのは分かっているが、それでも店長は意図を汲み取ってくれる。助かる。きっと、異国の客などの相手もしているのだろう、お城の連中に押し付けられて。


 着たまま裾を詰めたり、肩周りを拡げたりと縫い縫いしだす店長さん。凄いけど万が一にもお貴族様の肌に針を刺しちゃったら大事じゃないのかな? 関心しきりで眺めていると、最終的に店長さんと似た雰囲気に仕上がった。流石だ。


 スカート以外が見当たらなかったあたり、女性はスカートしか履かないのだろうか。できればパンツルックが良かったんだが。


「※※※※※※、※※※※※※※※※※※」


 裾を引っ張ったり、腰のあたりを摘んだり、最後のチェックをした店長が声を掛けてきた。これで良いのか、という事だろう。店長の目を見て頷いてみせる。


「はい、ありがとうございます」


 床に突き立てていた剣を抜き、再び城の方向を指さした。そして剣を店長に手渡す。


「支払いはこれで、城に持ち込めば代金を払ってくれるでしょう。多分。

 チャリチャリ、これで交換、おーけー?」


 お金がどんなものか知らないし、この服の価値も分からない。ないない尽くしで申し訳なく思うが、仕方ないと開き直る椿はそのまま店を出ようとする。店長は困惑した顔をしてはいるが、制止する気配はない。出口近くにある外套も一言置いて頂いてきた。ずいぶん勝手をしたが、これが原因で店が潰れませんように、と椿は祈る。


 外套は濃い藍色で、フード付きだった。内ポケットもある。履かせてくれた編み上げブーツは大変に履き心地が良い、靴底まで革でできている、ゴムなんてなさそうだし当然か。膝上までの靴下とは別に、足首までの靴下を二重に履かされた。下着もそうだが、替えが欲しかったと椿は思う。お金を貯めてまた来よう、殴られたあの王子が腹いせをこの店にぶつける可能性があるのは心配だが…… きっと店長はあの剣をバカ正直に持ち込むだろうし。大丈夫かな……

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