第1話 糞王子

 勇者召喚? 異世界転生? そういった類なのだろうか? 自分だって現代っ子だ、それくらいの雑学はある。それにしたって社会人○年目のくたびれた女に、ラノベのような状況を強要するのか? そこはもっと若い子だろ……


 周囲がざわめき出したところで、傍らに女の子が座り込んで居るのに気づいた。今どきの茶髪にふんわりウェーブが肩に掛かったヘアスタイルの女の子だ。この娘は、上の階の山田さんちの長女だ、女子高生だったかな。椿と同じように呆然と周りを見ている。まさか、この子が召喚されるのに巻き込まれたとか? 片手に財布を握っているところを見ると、出かけるところだったのだろう。ふたりとも玄関にいた、つまり上下は違えど座標的には同じ位置に立っていたことになる。


 そんな風に思考を巡らしていると、金髪碧眼の男前が近づいてくる。一直線に女の子の傍までくると、跪いて何事かを話しかけた。王子様かよ、見かけによらず低い声まで男前だ。うん? 解らない。王子様の話す言葉が日本語はもちろん英語でもない、知らない言葉だ。しかし、女の子は頷き、返事をしているではないか。


 あれか、スキルとかを与えられたと言うことか? 自分にはないところを考えると、ますます自分は巻き込まれた可能性が高くなってくる。これはまずい、この周りの連中が、余分な客を歓迎するかは解らない。なんせ異世界から平気で人を拉致するような価値観をしているのだ。不要なモノは排除しようとするかもしれない。


 男前が女の子の手をとって立ち上がったとき、未だ靴を脱ごうと片足を上げたままの格好の椿に気づく。


「※※※※※※※! ※※※※※※※※!!」


 顔をしかめると、声を荒げ何事か喚きだした。そして突然、腰にぶら下げた剣を抜き放ち、斬りつけてくる。片手に靴を持ったままの椿は、状況について行けず斬られるままとなった。歓迎されないどころじゃない!




 爺さんがその場にいたら、どやされていただろう。いざという時に使えなくては、武芸を習う意味など無いと。


 結論だけ言うと、男前な王子様の振るった剣は本物で、椿の肩口からあばらを1~2本断ち切るあたりまで食い込んだ。とっさに庇った右腕は骨を断たれて、でも、切断はされずぶら下がっている。肩口から袈裟に切られるとか、時代小説では致命傷とされていたな。体験などしたくなかったが。痛みと言うよりただ、ひたすら熱を感じる。


 仰向けに倒れた椿は、息ができずに藻掻く。肺から溢れる血が気管を埋めて呼吸ができないのだ。王子様のへたれ剣術のおかげで即死できなかったのだろうか。いっそひと思いに殺して欲しかった、叫びたくても叫べない。


 代わりに、山田さんちの娘がキャーキャー悲鳴を上げてくれていた。


 なんでこんな事になったのか……

 明日からは休暇を楽しむはずだった。


(※※※※※※)


 今日の楽しみである、ケーキにまだ手を付けてない。


(※※※※※※!)


 ウィスキーなんて、6,000円を超える上物だ。


(※※※※※※!!)


 頭の中に、女の声が響く。だんだん遠くなる意識を呼び戻すように、焦りを含んだ声だ。うるせーハゲ、なんて話してるか分かんねーよ! 声の主の思惑通りか、途切れそうな意識は無理やり繋ぎ止められ、ただひたすらに痛みに耐える状況に押し留められる。


「※※※※※※※、※※※※※※※※」


 金髪碧眼の王子様が何事か指示を出すと、荷車のようなものが運び込まれた。椿はぞんざいにそれに放り込まれる。


(※※※※、※※※※※※※!)


 姿は見えないがこの場に居るのだろうか? 例の声は怒気も強く続いている。どうやらそれは椿にしか聞こえていないようだ。


 荷車で運ばれる際に、椿の他にも倒れている人物が居るのが見えた。ローブにとんがり帽子、いわゆる魔法使いのような格好をした青年だ。ひょっとすると、こいつが自分を巻き込んだ召喚を行ったのかもしれないと椿は思う。王子は青年を一瞥しただけで、女の子と取り巻きを連れて、教会のようなこの建物から出ていった。


 糞だな。

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