後味が悪い同窓会
1ヶ月が経った。
ハウスキーパーとしての仕事にもすっかりなれた僕は、就職活動を再開することにした。
朝食を食べ終えて仕事に行こうとする椿に、
「あのさ」
僕は声をかけた。
「今日は午後から出かける用事があるから」
そう言った僕に、椿は首を傾げた。
「ここにきてもう1ヶ月が経ったし、ハウスキーパーの仕事にもなれてきたから、就職活動を再開したんだ。
会社に履歴書を送ったら面接にきてくださいって言う連絡がきたんだ」
僕がそう説明したら、
「そうなんだ」
椿は返事をした。
「6時までには帰ってくるから」
「わかった」
椿はコクリと首を縦に振ってうなずいた。
「面接、頑張ってね」
椿はそう言うと、リビングを後にした。
彼女の後ろ姿が見えなくなると、
「頑張ってね、か…」
僕は呟いた。
これで面接に受かって会社で働くことが決まったら、ハウスキーパーの仕事は終わりか…。
そうなると、椿と一緒にいることはできないって言う訳だな。
せっかく再会して喜んでいたところだったのに…。
椿と離れるくらいなら、面接なんか受からない方がいいかも知れない。
「って、違う違う!」
一瞬でも不謹慎なことを考えてしまった自分に、僕は首を横に振って否定した。
何を受からなくてもいいなんてバカなことを言ってるんだ!
椿が働いてお金を出してくれているとは言え、それに対していつまでも甘えるのはよくないっちゅーの!
「早い話が受からなければ…!」
僕は自分に言い聞かせると、朝食の後片づけを始めた。
だけど、椿と離れるのは嫌だな…。
そんなことを思った自分に、僕は呆れた。
別れと言うものは、いつくるのかよくわからない。
それは、僕が中学生の時に身を持って経験した事実だ。
椿に気持ちを伝えることができないまま、彼女は僕の前からいなくなってしまったのだ。
「告白をしようかな」
面接に受かって会社で働くことが決まったら、椿に自分の気持ちを伝えよう。
もう、僕は中学生じゃないのだ。
24歳の大人だ。
例え椿の返事がノーだったとしても、初恋から離れることができるいいきっかけになることだろう。
そうすれば僕も前を向いて歩くことができる。
もう椿と目の前の彼女を比べることなんてなくなるかも知れない。
僕はそう心に決めると、深呼吸をした。
初恋に縛られるのは、もう終わりだ。
何もできなくて、ただ戸惑うことしかできなかったあの頃とは、もう何もかもが違うのだから。
「以上を持って、面接を終了させていただきます。
お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
面接官に頭を下げると、僕は部屋を後にした。
会社を出ると、僕は息を吐いた。
「はあ、緊張した…」
後は結果を待つだけである。
そのとたん、お腹がグーッと鳴った。
…そう言えば、昼ご飯は何にも食べなかったな。
緊張が解けたとたんに空腹を覚えた自分の躰に現金さを感じたら、クスッと笑いがこぼれた。
今から食べると夕飯に響くだろうし、軽くつまめるものを食べてから帰ることにするか。
そう思って歩き出そうとしたら、
「あれ?」
前から歩いてきた男が僕に気づいた。
「関谷じゃん!」
彼は嬉しそうに名前を呼ぶと、僕に駆け寄ってきた。
…誰だ、こいつ?
僕が固まっていると、
「えっ、関谷くん?」
「マジで!?」
そう言いながら、僕に何人かが駆け寄ってきた。
…な、何だ?
訳がわからなくて固まっていたら、囲まれてしまった。
彼らはドレスやスーツに身を包んでいた。
一体何が起こったって言うんだ…?
「なあ、今から帰るところだったりする?」
最初に声をかけてきた彼が僕に聞いてきた。
「…失礼ですけど、何なんですか?」
僕は聞き返した。
「何だよ、覚えてねーのかよ」
彼はそう言って、呆れたと言うように息を吐いた。
いや、呆れたいのも息を吐きたいのもこっちだ。
「俺だよ、伊藤だよ。
中学の時の同級生だった伊藤だよ」
彼――伊藤が自分を指差して言った。
伊藤って…?
「クラス委員だった…?」
僕がそう聞き返したら、
「そうだよ!
やっと思い出したかー!」
伊藤は感激した様子で言った。
彼は僕の中学2、3年の時のクラスメイトでクラス委員を務めていたのだ。
「それで、何があったの?」
僕がそう聞いたら、
「今日さ、同窓会があるんだよ」
伊藤が答えた。
「同窓会…?」
僕、そんなこと聞いていないんだけど。
なんて、卒業してから1回も出席したことがないからわからないんだけど。
「案内きてなかった?」
首を傾げた伊藤に、
「実家を出てるからきているかどうか自体もわからないんだ」
僕は答えた。
「何だ、そう言うことか」
伊藤は納得をしたと言うように返事をした。
なるほど、同窓会があったからこの集まりなのか。
そう思っていたら、
「関谷さ、今から時間がある?」
伊藤が聞いてきた。
「…まあ、あるにはあるけど」
僕が答えたら、
「はい、決まりー!
関谷、出席するって!」
伊藤が僕の肩に手を回したかと思ったら、そんなことを言った。
そのとたん、わーっと周りから拍手と歓声があがった。
「えっ、出席って…?」
「時間があるんだろ?
どうせヒマだったら出席しろよー」
「いや、でも俺は…」
「何、彼女とデートの約束でもしてんの?」
僕の頭の中に浮かんだのは、椿だった。
「おっ、図星か!」
自分の推理が当たったことが嬉しかったのか、伊藤は喜んだ。
「じゃあ、詳しく聞かせてくれよ!
はい、行くぞ行くぞー!」
「えっ、わわっ…!?」
伊藤に連行されるように、僕は会社の前から離れた。
「あのさ、どうしても出席しないとダメなの?
俺、持ちあわせがないんだけどさ…」
「ああ、大丈夫だから」
伊藤はそう言って笑った。
いや、何が“大丈夫”なんだって言う話なんだけど。
参ったな、どうすればいんだよ…。
思わぬ出来事に巻き込まれてしまったせいでどうすることもできない。
せめて椿に連絡を…と思ったけれど、肩に絡んでいる伊藤の手のせいでカバンからスマートフォンを取り出すこともできない。
結局、僕は連行された状態で会場へと向かうことになってしまったのだった。
同窓会の会場は、大手ホテルの宴会場だった。
「何でこんなことになっちまったんだよ…」
再会を喜ぶ彼らからようやく逃れることができた僕は息を吐いた。
正直なことを言うと、彼らとの思い出はひとつもなかった。
――あの子のお姉さん、人を殺したんだって
――好きな男が自分に振り向いてくれなかったからって言う理由で刺しちゃったんだって
――何それ、怖過ぎるんですけど
そう言っておもしろおかしくはやし立てる彼らに、僕は嫌悪と醜悪を感じた。
表面では彼らと仲良く接していたけれど、心の中では彼らに対して不快感を感じていたのだった。
「関谷くん」
その声に視線を向けると、サーモンピンクのドレスに身を包んだ女がいた。
彼女は確か…そうだ、中学の3年間同じクラスだった海老名広香(エビナヒロカ)だ。
実家が貿易商をやっていて、父親が社長だってことをいつも自慢してたな。
そして、椿のことを嫌っていた。
「久しぶり」
そう声をかけてきた海老名に、
「久しぶり」
僕は返事をした。
彼女の家が裕福だからと言う理由で、クラスメイトたちは彼女に媚びを売った。
僕や椿のように媚びを売らない人ももちろんいたけれど、そう言うヤツらは“変なヤツら”としてのけ者扱いされた。
その中でも美人で頭がよく、誰も寄せつけないクールな雰囲気の椿に、海老名は不快感を露わにしていた。
いじめや暴力はなかったものの、海老名が椿のことを嫌っているのは誰から見ても明白だった。
そして、椿が学校からいなくなると彼女は真っ先に取り巻きたちと一緒におもしろおかしくいなくなった理由をはやし立てたのだった。
「関谷くんは、今何してるの?」
そう聞いてきた海老名に、
「無職」
俺は答えた。
「半年前に勤務してた会社が倒産したから就職活動をしているところなんだ。
今日は会社の面接だったんだ」
続けて答えた俺に、
「結果はまだ出てないの?」
海老名が聞いてきた。
「来週に郵送でくるって」
僕は言った。
「そうなんだ。
あっ、すみませーん」
海老名が手をあげて、近くにいたボーイを呼んだ。
彼から飲み物を2つ受け取ると、そのうちの1つを僕に渡した。
「さっきから何も食べたり、飲んだりしていないみたいだったから」
「…ああ」
僕は返事をすると、彼女の手からグラスを受け取った。
「ウーロン茶だから」
海老名はそう言ってグラスに口をつけたけれど、僕は飲む気になれなかった。
その時だった。
「そう言えばさ、清水椿って言う女いたよね?」
誰かがそんなことを言った。
「ああ、そう言えばそんなヤツいたな」
話題は椿の話になった。
「彼女のお姉さん、人を殺したみたいだけど…あいつ、今どうしているんだろうねえ?」
「身内に犯罪者がいる訳だからな、ちゃんと生きているとは思えん」
「だよねー、ちゃんと会社に就職して働いているとも思えないし。
って言うかさ、そんなヤツを採用したくないって言う話だよね」
「もしかしたらさ、もう死んじゃっているんじゃね?
どこかで野垂れ死にしてる可能性もあるかも知れないよ」
「うわーっ、それはいくら何でもひどいわー。
それさ、思ってても口に出して言わない方がいいよー?」
そんなことを言っているくせに、顔は笑っていた。
ゲラゲラと笑っておもしろおかしくはやし立てている彼らの顔は、この世のものとは思えないほどに醜かった。
「ひどいよねー、せっかくの場所でいないヤツのことを言わなくてもいいのに」
そう言って、海老名はクスクスと笑っていた。
――プツン
その瞬間、僕の中で何かが切れた音がした。
ガシャン!
その音に、それまで笑っていた彼らの顔が固まった。
「せ、関谷くん…?」
隣にいた海老名が震えた様子で僕の名前を呼んだ。
「おい、どうしたんだよ?」
「何があったの?」
テーブルに向かってグラスを投げつけた僕に、周りはザワザワしていた。
「――お前ら、全然変わってないんだな」
こんなにも低い声を出したのは、今日が初めてかも知れない。
「何でそうやっておもしろおかしくバカにすることができるんだよ!」
声をあげて怒鳴った僕に、周りはビクッと震えた。
椿の話題を出した彼らは申し訳ないと言った様子でうつむいた。
「身内に犯罪者がいることがそんなにもおもしろいことか!?
椿が好きでそんな境遇になった訳じゃないってことが何でわかんねーんだよ!?
あいつが今までどんな思いをして生きてきたのかわかってんのかよ!?
心配してるの一言すらもねーのかよ!」
胸くそが悪い。
久しぶりに声をあげて怒鳴っているせいか、頭が痛い。
クソッ、こんなことになるくらいならばとっとと帰ればよかった。
僕は息を吐くと、
「もうこの際だからはっきりと言っておくわ」
と、言った。
「俺にも、そして椿にも、金輪際関わるな。
同窓会とかそう言った関係の通知を送らなくて結構だし、出るつもりもない」
僕はそう言って出口の方へと足を向かわせたのだった。
会場を後にすると、日はすっかりと暮れていた。
カバンからスマートフォンを取り出すと、椿からの着信がきていた。
電話が2件とメールが1件だった。
『面接は終わった?
終わったなら電話してね』
メールにはそう書いてあった。
あんなことがあった後だから、椿からの電話とメールを返せる自信が僕にはなかった。
椿の声を聞いたら、僕は泣いてしまうかも知れない。
このまま家に帰って椿の顔を見たら、自分でもどうなってしまうのかよくわからない。
先に気持ちを落ち着かせて…そうだな、椿が寝た後にでも帰ろうか。
そう思った僕は歩き出した。
何となく目についた居酒屋に入ると、カウンター席に腰を下ろした。
目についた食べ物や酒を頼んで、とにかく食べて、とにかく飲むことに専念した。
昼から何も食べていないと言うこともあってか、先ほどの出来事があったせいもあってか、何もかもをぶつけるように食べて飲んだ。
あーあ、これは明日二日酔いだな。
と言うか、ちゃんと家に帰れるのかな?
途中でどこかで寝ちゃって、気がついたらゴミ捨て場にいました…なーんてね。
そんなバカなことを思っている自分に多少の呆れを感じながら、グラスに口をつけると一気に飲み干した。
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