私と彼の気持ち

日曜日のことだった。


「舞、準備できたかー?」


玄関先で私を呼んでいる和伸さんに、

「今行くねー」


私は返事をすると、カバンを手に持った。


カバンにスマートフォンと財布とハンカチが入っていることを確認すると、私は和伸さんが待っている玄関へと足を向かわせた。


「お待たせー」


靴を履き終えると、私は声をかけた。


「よし、行こうか」


「うん」


私たちは一緒に自宅を後にした。


「いい天気でよかったな」


そう言ってきた和伸さんに、

「よかったね。


一時は雨が降るんじゃないかって天気だったけど、晴れてよかったね」


私は答えた。


空は雲がひとつもないうえに、過ごしやすい気候だった。


「だけど、何か変な感じだな」


和伸さんは照れくさそうに笑った。


「ああ、お母さんの墓参りに行くのは久しぶりだからね」


私は言った。


「それもそうだけど…やっぱり、月子さんに結婚のあいさつをする訳だからな。


今回の墓参りは、“娘さんを俺にください”って言いに行くようなものだからな」


和伸さんは照れたような顔をすると、

「俺、ちゃんと月子さんに言えるかな…」

と、呟いた。


そんな彼に向かって、

「大丈夫、私も“和伸さんと一緒になります”って言うから」

と、私は言った。


そう、今日は母に結婚することを伝えるために和伸さんと一緒に墓参りに行くのだ。


「舞」


和伸さんは私の名前を呼ぶと、手を差し出してきた。


それに答えるように私は微笑むと、自分の手を彼の手に重ねた。


ギュッとその手を繋いでくれたことに、私は嬉しくなった。


「舞と手を繋いだのって久しぶりだな」


そう言った和伸さんに、

「そうだね」


私は答えた。


「いつ以来かな?」


「…うーん、覚えていないな」


最後に手を繋いで一緒に歩いたのは、いつだったのだろうか?


「こうして手を繋ぐこと自体もなかったからな」


「…そうだね」


自分のせいだとは言え、私は和伸さんの手を離してしまったのだから。


「今日は1日ずっと手を繋いでいたい」


和伸さんはそう言うと、私と繋いでいる手を見せた。


そんな彼のわがままに、

「私も和伸さんと手を繋ぎたい」

と、私は答えたのだった。


「じゃあ、電車で行こうか。


車に乗ったら、絶対に手を離さないといけないから」


そう言った和伸さんに、私は笑って返事をしたのだった。


またこうして和伸さんと手を繋いで一緒に歩くことができる日がくるとは思わなかった。


その幸せを噛みしめながら、私は彼と一緒に歩いた。


最寄りの駅で降りると、花屋で供えるための花を購入して、母が眠っているお寺へと足を向かわせた。


『青天目家之墓』


墓石の前に足を止めると、

「月子さん、お久しぶりです」


和伸さんはそこに母がいるみたいにペコリと頭を下げてあいさつをした。


墓石を掃除して花と線香を供えると、私たちは一緒に手をあわせてお参りをした。


和伸さんはあわせていた両手を離すと、目の前の墓石を見つめた。


「えっと…今回、僕がきたのは…」


緊張しているのか、和伸さんは口を閉じた。


「和伸さん」


私は名前を呼ぶと、ポンと彼の肩をたたいた。


「ま、舞さんを…」


和伸さんは自分の気を落ち着かせるために深呼吸をすると、

「娘さんを、僕にください!」

と、大きな声で叫ぶように言った。


和伸さん、大丈夫だよ…。


そんなに大きな声で言わなくても、お母さんはちゃんと聞こえているから…。


「い、言ってしまった…!」


和伸さんは両手で自分の顔を隠すようにしておおった。


「和伸さん、大丈夫?」


「…だ、大丈夫じゃないと思う。


だって、だって、だって…」


その様子から、和伸さんはかなり動揺しているようだった。


こんなにも慌てふためいている和伸さんの姿を見たのは初めてかも知れない…。


うわーとかぎゃーとか言って慌てている和伸さんの背中を私は後ろから抱きしめた。


「ま、舞…?」


戸惑ったように私の名前を呼んだ和伸さんに、

「誰もいないし、誰も見ていないから」


私は言った。


後ろから抱きしめたおかげなのかどうかはわからないけれど、和伸さんは慌てるのをやめた。


「落ち着いた?」


そう聞いた私に、

「すごく落ち着いた」


和伸さんは答えた。


「お母さん、ちゃんと理解したよ」


そう言った私に、

「…わかるの?」


和伸さんは信じられないと言った様子で聞き返してきた。


「そりゃ、母娘ですから」


フフッと笑った私に、和伸さんも一緒になって笑った。


そっと私が離れたことを確認すると、和伸さんはもう1度墓石と向きあった。


「改めて言います」


和伸さんは前置きをすると、

「僕に舞さんをください。


この先に何が起こっても舞さんを守って、舞さんを幸せにすると約束します」

と、言った。


その様子に、私は少しだけ泣きそうになった。


ああ、私は本当に和伸さんのことが大好きなんだ…。


そう思いながら、私は彼と一緒に墓石と向きあった。


「お母さん…私、和伸さんと結婚するよ。


和伸さんと幸せになるよ」


そう宣言した。


墓参りを終えてお寺を後にすると、

「あーっ、緊張した…」


和伸さんは胸に手を当てると、息を吐いた。


「お疲れ様、和伸さん」


「うん、ありがとう」


普段は和伸さんの姿を見ることができたから、それでいいか。


「結婚のあいさつがこんなにも緊張するものだとは思ってもみなかったよ…」


やれやれと言うように息を吐いた和伸さんに、

「八重子さんの時はうまくやっていたじゃない」


私は言った。


「それは自分の母親だからだよ。


自分の母親が相手だったからやれたことだったんだよ。


それが月子さんだったら…」


和伸さんは言い返した。


「何かもう、いろいろと気が抜けてきた…。


ちょっとトイレ行ってくるよ」


「うん、ここで待ってるから」


そう返事をした私に和伸さんは微笑むと、その場から離れた。


和伸さんの後ろ姿を見送ると、私はフフッと笑みがこぼれてしまった。


我ながら愛されてるなあと、そんなことを思ってしまった。


普段の頼れる上司なところや美味しそうにご飯を食べるところ、ベッドのうえで…もそうだけど、先ほどの慌てふためいているその姿も全部ひっくるめて、私は和伸さんが大好きなんだなと思った。


そんなことを心の中で呟いていたら、

「青天目じゃないか!」


その声に、私は視線を向けた。



そこにいたのは、眼鏡をかけた男の人だった。


「…関谷くん?」


呟くように彼の名前を言った私に、

「やっぱり、青天目か」


関谷くんはホッとしたように笑った。


彼は私が前に勤めていた会社の同僚だった人だ。


デスクが隣同士だったこともあってか、同僚の中で彼とは特に親しかった。


「久しぶり」


そう言った関谷くんに、

「久しぶり」


私は言い返した。


「元気か?」


「うん」


「仕事は何をしているんだ?


と言うか、働いているのか?」


「働いているよ、今は幼なじみの会社で秘書をしているの」


「そうか、それはよかったな」


そう言って息を吐いた関谷くんに、

「関谷くんは?」


私は聞いた。


「俺は会社が倒産してから半年は無職だったけど、今は建築関係の会社で働いてる」


関谷くんが私の質問に答えた。


「そっか、よかったね」


無事に再就職先が見つかったみたいだ。


「青天目は何を…」


「舞!」


関谷くんをさえぎるように、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「和伸さん」


視線を向けると、和伸さんが戻ってくるところだった。


「ああ、そうか…。


何か邪魔したみたいだな」


関谷くんは苦笑いを浮かべた。


「じゃあ、また」


「さようなら」


関谷くんはそう言うと、早足でその場から立ち去った。


彼の後ろ姿が見えなくなると、

「舞、今の人は誰?」


和伸さんが聞いてきた。


「元同僚だよ」


私が質問に答えたら、

「…ああ、そうか」


和伸さんは呟くように返事をした。


その様子はどこか悲しそうで、寂しそうだった。


「和伸さん?」


私が声をかけると、

「行こうか」


和伸さんはそう言って微笑むと、私と手を繋いだ。


行きは嬉しそうで他愛もない話をしていたのに、帰りは一言もしゃべろうとしなかった。


お互いの手は繋がれたままなのに、和伸さんを遠くに感じたのは私の気のせいだろうか?


電車を降りて自宅へと向かって歩いていたら、

「――ごめん…」


和伸さんは呟くように謝った。


「えっ?」


何故だか謝られた理由がわからなくて、私は聞き返した。


「俺、嫉妬してた」


そう言った和伸さんに、

「関谷くんに?」


私が言ったら、和伸さんは首を縦に振ってうなずいた。


「し、嫉妬って…関谷くんはただの同僚だよ」


「わかってる、わかってるよ…。


なのに、嫉妬してた」


和伸さんはやれやれと言うように息を吐くと、

「かっこ悪いな…」

と、自嘲気味に呟いた。


「俺、今でも後悔しているんだ。


何であの時、舞を突き放すようなことをしちゃったんだろうって」


そう言った和伸さんに、私は訳がわからなかった。


私を突き放したって、私が和伸さんを突き放したの間違いじゃないの?


「あの時は“舞が決めたなら、俺は何も言わない”なんてかっこいいことを言ったけど、本当はつらかったんだ。


舞が“行きたくない”とか“離れたくない”って言ってくれることを期待してた。


でも、舞は何も言わなくて…峯岸家を出て行ってた」


「――ッ…」


「だけど、よくよく考えてみたら言えばよかったんだよ。


“行くな”って、舞に言えばよかったんだよ」


ああ、どうして気づかなかったのだろうか?


よくよく考えてみれば、和伸さんもつらかったんだ。


――舞が決めたなら、俺は何も言わないよ


そう言った彼の気持ちに、どうして私は気づくことができなかったのだろう?


自分の気持ちに頭がいっぱいで、和伸さんの気持ちを考えることができなかった。


「――私…」


和伸さんが私を見つめた。


「――私、ずっと苦しかった…。


和伸さんを突き放したその罪悪感に苦しんでたの…」


そう言った私に、和伸さんが驚いたと言うように目を見開いた。


「お母さんが亡くなったから、私はもう峯岸家にいられないって思った…。


和伸さんのそばにいることはできないって思った…。


だから、自分から和伸さんを突き放したの…」


視界がうっすらとぼやけ始めていた。


「でも、本当はつらかった…。


和伸さんから離れたくなかった…。


和伸さんのそばにいたかった…」


「――舞…」


名前を呼んだ和伸さんの大きな手が私の頬に触れた。


私はその手に自分の手を重ねると、

「――この手を離したくなかった…」

と、呟くように言った。


「私が戻ってきた時も和伸さんは優しくて…その優しさが苦しかった…。


突き放した私に優しくする資格なんてないのにって、いつも思ってた…」


「――舞…」


気がついたら、私は彼の腕の中にいた。


優しく、いつも私を守って大切にしてくれる大好きなその中にいた。


「俺も舞も、ちゃんと言えばよかったね」


和伸さんが言った。


「自分の気持ちを正直に打ち明ければよかったね。


そうしたら俺が後悔することも、舞が苦しむこともなかったのにね」


そう言った和伸さんに、

「でも…できなかった」


私は言った。


お互いの気持ちを正直に打ち明けることは簡単なはずなのに、私たちはそれができなかった。


私は和伸さんを、和伸さんは私を思っていたが故に、ぶつかることができなかった。


「あの時は俺も舞も若かったから、方法が見当たらなかった。


特に舞は、月子さんを亡くして情緒不安定になってた」


「そうだったね…」


たった1人の肉親を亡くしたせいで、心のバランスがとれなくなっていた。


母を安心させるために峯岸家を出て1人で生きるなんてえらそうなことを言っていたけど、本当はそれを理由にして心のバランスを保とうとしていたのかも知れない。


「――舞…」


和伸さんが私の顔を覗き込んできた。


「俺、もう舞を離したくないんだ。


舞をずっとそばに置きたいって思ってるんだ。


もうあの時みたいな思いをしたくないんだ」


「和伸さん…」


「俺のわがままだって言うのはわかってる、でも…」


和伸さんはコツンとお互いの額をあわせると、

「君が俺から離れるのは許さない」

と、言った。


心臓がドキッ…と鳴った。


「――和伸さんのそばにいてもいいの?」


そう聞いた私に、

「ずっといて欲しい。


それこそ、死ぬまでずっと一緒にいたいと思ってる」


和伸さんが答えた。


「うん…」


私は首を縦に振ってうなずいた。


「私、和伸さんのそばにずっといる…。


ずっと、和伸さんと一緒にいる…」


私はそう言って、和伸さんの背中に両手を回した。


家の中に足を踏み入れたのと同時に唇を重ねてきたのは、和伸さんだった。


それを受け入れて、彼のたくましい背中に両手を回したのは、私だった。


我慢ができないのは、もうわかっていた。


触れたい、抱きしめたい、重なりたい、繋がりたい――ただそれだけだった。


寝室のベッドの下に散らばっているのは、それまで身に着けていたお互いの服や下着だった。


「――んっ、ああっ…!」


「――舞…」


名前を呼ぶその声に、私の躰はビクッと震えた。


後ろから、あぐらをかいた和伸さんの脚のうえで、それも彼に抱きしめられる形で繋がっていた。


「――やっ、んんっ…!」


いつもとは違う体勢に躰も心も興奮している。


「――ッ、うっ…!」


和伸さんが少しだけ苦しそうに、中の灼熱を突きあげてきた。


「――あっ、あああっ…!」


突きあげられる灼熱に反応してしまう自分の躰を浅ましいと思ったのと同時に、和伸さんと繋がっている嬉しさを感じた。


「――好き、和伸さんが好き…!」


目から涙をこぼしながら叫ぶように言った私に、

「――俺も舞が好き、愛してる…」


和伸さんが言い返した。


後ろを振り返ると、優しく微笑んでいるその顔と目があった。


自分から求めたら、和伸さんはフッと笑って自分の唇を私の唇と重ねた。


「――ッ…」


躰も心も、全部繋がっている。


そう思ったら、心臓がドキッ…と鳴った。


唇が離れたのと同時に、

「――舞…」


和伸さんがささやくように私の名前を呼んで、灼熱を突きあげてきた。


「――あっ、ああっ…!」


「――ッ…!」


溶かされてしまうとは、まさにこう言うことを指差すんだと思った。


和伸さんの熱に、躰に、心に…彼の全てに、私は溶かされてしまいそうだ。


「――んっ、ああっ…ダメ…!」


「――舞…」


その指が蕾の方へと伸びてきたかと思ったら、

「――ああっ…!」


すでに敏感になっている蕾をこすられて、躰はさらに震えた。


「――んっ…!」


ビクッと、和伸さんが震えたのがわかった。


こんなにも余裕がない和伸さんを見たのは、今日が初めてかも知れない。


「――舞…」


「――和伸、さ…あああっ…!」


もう無理だ…。


これ以上は、もうダメだ…。


何も考えることができない…。


突きあげられる灼熱に耐えることがもうできない…。


「――あっ、ああああっ…!」


頭の中が真っ白になったのと同時に、和伸さんが短く息を吐いて後ろから強く私を抱きしめた。


お互いの呼吸が落ち着くと、

「――初めてかもな…」


和伸さんが呟いた。


「――えっ…?」


私が聞き返したら、

「こんなにも舞が欲しいと思って舞を求めたの、初めてかもな」


和伸さんが答えた。


「かっこ悪いな、今日の俺は俺じゃないみたいだ…」


自嘲気味に笑いながら言った和伸さんに、

「和伸さんは和伸さんだよ」


私は言った。


「私はどんな和伸さんも大好きだから、和伸さんを愛してるから」


そう言った私に、

「かわいいことを言うね。


舞は元からかわいいからいいんだけど」


和伸さんは言い返すと、私の首筋に顔を埋めた。


「――あっ…」


中の灼熱が反応したせいで、私の口から声がこぼれ落ちた。


「ごめん、また愛しあいたいかも」


「えっ、ああっ…!」


止めたくないと言うように、ベッドのうえにうつ伏せにされた。


「やっ、待って…!」


脚でシーツを蹴って逃れようとするけれど、

「ダメ、待てない」


灼熱を突きあげられた。


「――あっ、ああっ…!」


「――舞…」


この気持ちをもう隠さなくていい。


彼の気持ちをちゃんと受け入れていいんだ。


私は和伸さんが好きで、和伸さんは私が好き――ただ、それだけのことだ。


「――好き、和伸さん…!」


「――舞、ずっと愛してる…!」


お互いの気持ちを受け入れるように、お互いの唇を重ねた。

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