私と母の恩人
私が21歳の時に亡くなった母・青天目月子(ナバタメツキコ)は、いわゆる“良家のお嬢様”だった。
小学校は公立の学校に通っていたのだが、中学校は私立の一貫校に進学した。
進学した理由は、母親――私にとっては祖母に当たる――がその学校の卒業生だったからである。
人見知りで引っ込み思案な性格の母は、進学先の学校になじむことができなかった。
そんな母に接してくれたのが細川八重子(ホソカワヤエコ)さんだった。
父親は理事長、母親は旧華族の娘である八重子さんは一言で言うならば、サバサバとした男らしい性格の人だった。
分け隔てをしない人で、彼女の周りには常に人が多かった。
その中で母と八重子さんは不思議とウマがあって、その関係は彼女たちが学校を卒業した後も続いたのだった。
八重子さんは短大を卒業したのと同時に、当時『マイダス』の副社長をしていた峯岸友伸(ミネギシトモノブ)さんと結婚をした。
母は大学を卒業した5年後にお見合いで、大手企業の重役をしていた父と結婚をした…のだが、父は最低な人だった。
普段は気弱で虫も殺さないような性格の人なのだが、仕事でのストレスを酒にぶつけて、酒を飲んだら人が変わったかのように暴れて母に手をあげた。
そんな状況に手を差し伸べて、助けてくれたのが、八重子さんだった。
「月子さん、あいつと別れて!」
父が仕事に出かけた隙を見計らって訪ねてきた八重子さんは、母にそう言った。
「でも…」
「“でも”じゃないわよ!
このままだと、あいつに殺されるわ!」
八重子さんが言っている“あいつ”とは、もちろん父のことである。
「初めて会った時から、嫌な感じがしたのよ…。
気弱で虫を殺せない性格の裏に何かがあるんじゃないかって思ってたわ…」
八重子さんは忌々しそうに呟いた後、母の顔を見つめた。
「でも、私が我慢すれば舞は…」
「自分が我慢をすればって、何を言ってるの!?
いつかはあいつに殺されるかも知れないのよ!?
月子さんが死んだら、舞ちゃんはどうなるの!?
あなたの代わりも舞ちゃんのお母さんの代わりもいないのよ!?」
八重子さんは強い口調で母の言葉をさえぎった。
「友伸さんも、月子さんと舞ちゃんのためなら何でもするって言ってるわ。
仕事も住むところも出してあげるし、もし親権を争うことになるようだったら腕のいい弁護士を紹介するわ。
月子さん、舞ちゃんが悲しむ前にあいつと別れて!」
八重子さんの強い説得によって、母は父と離婚をして私を連れて家を出た。
私が小学校にあがる前の出来事だった。
母は峯岸家の家政婦として、住み込みで働くことになった。
それまで家政婦として働いていた人が定年退職をしたことと外に出て働いたことがなかった母のために、八重子さんが紹介してくれた仕事だった。
友伸さんと八重子さんは、私を本当の娘のようにかわいがって大切にしてくれた。
彼らには2人の息子がいた。
それが、6歳年上の広伸さんと4歳年上の和伸さんだった。
彼らも私を本当の妹のようにかわいがって大切にしてくれた。
特に和伸さんとは年齢が近いこともあってか、私の遊び相手になってくれたり、勉強を教えてくれたり、時には相談にも乗ってくれた。
そんな彼を私はいつのまにか1人の男として意識して、恋心を抱くようになっていた。
だけど、私のことを大切にしてくれる彼との関係を壊したくなかった。
和伸さんに“好き”と伝えてしまったら、彼は迷惑に思って私の気持ちを受け入れてくれないんじゃないかと思った。
――和伸さんが私に優しくしてくれるのは、私が家政婦の娘だから…
私はそうやって自分に何度も言い聞かせて、彼への恋心を隠したのだった。
和伸さんには和伸さんの、私には私の人生がある…だから、私の身勝手で彼の邪魔をしちゃいけない。
そう言い聞かせて、私は自分と和伸さんとの間に壁を立てた。
だけども、和伸さんはその壁をいとも簡単に壊してきたのだった。
あれは、高校3年生のバレンタインデーだった。
その年も私は和伸さんのために作った手作りチョコを持って、彼の部屋を訪ねた。
コンコンとドアをたたいたら、
「どうぞ」
和伸さんから返事がしたので、私はドアを開けて部屋の中に足を踏み入れた。
「和伸さん」
彼の名前を呼んだ私に、
「舞」
和伸さんは名前を呼んでくれた。
彼から名前を呼ばれただけなのに、私の心臓はドキッ…と鳴った。
「はい、バレンタインのチョコ」
手作りチョコが入った箱を差し出した私に、
「おっ、やった!」
和伸さんは嬉しそうな顔をすると、私の手から箱を受け取った。
「舞が作るお菓子はすっごい美味いんだよな。
今年は何を作ってきたんだ?」
和伸さんはウキウキとした様子で箱を開けた。
その様子はまるで子供みたいで、口元がゆるんでしまった。
「美味そう!」
和伸さんはそう言うと、私に箱の中身を見せた。
彼のために作ったチョコは、チョコバナナマフィンと抹茶チョコマフィンである。
「いただきます」
抹茶チョコマフィンを手に取った和伸さんはそれをかじった。
「美味い!」
嬉しそうに言って、抹茶チョコマフィンを頬張っている彼の顔に、私は嬉しさを感じた。
美味しそうに食べている和伸さんのその顔は、私にとって最高のプレゼントだから。
今年も作ってよかったと、心の底から思った。
美味しそうに食べる彼のその顔が見れたら、私は充分だ。
「俺、最後の晩餐は舞が作ったお菓子がいい!
腹いっぱいに舞が作ってくれたお菓子を食って、それで人生を終わりにしたい!」
右手に抹茶チョコマフィン、左手にバナナチョコマフィンを持って美味しそうに頬張って無邪気に笑っている彼が愛しかった。
この気持ちを伝えることはできないけれど、彼のその顔が見れただけでも私は嬉しかった。
「じゃあ、私はもう戻るから…」
そう言って部屋を出ようとしたら、
「待って」
和伸さんに呼び止められた。
「えっ?」
和伸さんは両手に持っていたマフィンをテーブルのうえに置くと、
「舞に伝えたいことがあるんだ」
と、言った。
「私に、伝えたいこと…?」
彼は、今から私に何を伝えるのだろうか?
そう思いながら和伸さんからの言葉を待っていたら、
「――好きだ」
和伸さんが言った。
「――えっ…?」
彼から何を言われたのか、私はわからなかった。
何も言わない私に、
「舞が好きだ」
和伸さんが言った。
私の心臓がドキッ…と鳴った。
――舞が好きだ
それは、和伸さんも同じ気持ちだったってことなの…?
「子供の頃から舞のことがずっと好きだった」
和伸さんが言った。
私は、都合のいい夢を見ているのだろうか?
和伸さんと両思いになることはもちろんのこと、彼が私を好きになることはないと思っていた。
彼が私に優しくしているのは、私が家政婦の娘だから…と、いつも自分に言い聞かせて気持ちを隠していた。
それが、どう言うことなのだろうか?
和伸さんが私のことを“好きだ”と言ってきている。
もし夢を見ているのならば、このまま醒めないで欲しいと思った。
「――私で、いいの…?」
呟くように言葉を発した私に、
「俺は舞が好きなんだ」
和伸さんが返事をした。
ああ、夢じゃない。
目の前で起こっていることは、夢じゃない。
「――私も…」
私は言った。
「――私も、和伸さんが好きです」
唇を動かして音を発した私を和伸さんは嬉しそうに笑った。
「舞」
和伸さんが私に歩み寄ってきたかと思ったら、両手を広げて私を抱きしめた。
「和伸さん」
私は彼の名前を呼ぶと、たくましいその背中に自分の両手を回した。
和伸さんと結ばれたことが嬉しかった。
彼も私と同じ気持ちだったことが嬉しかった。
その幸せを噛みしめながら、私は彼の背中を抱きしめた。
初めてのキスは、19歳の夏だった。
軽井沢にある峯岸家の別荘の近くにある木陰に隠れて、キスを交わした。
初めて躰を重ねたのは、その年のクリスマスイブだった。
一緒に街中のイルミネーションを見に行った後に宿泊したホテルのスイートルームで、和伸さんと繋がった。
初めては思った以上に痛かったけれど、彼は最後まで私を優しく労わってくれた。
「舞」
行為が終わった後、和伸さんは私の髪をなでながら名前を呼んだ。
「俺、すごく幸せだよ。
子供の頃から好きだった舞とやっと結ばれたんだから」
そう言った和伸さんに、
「私も」
私はそう言って返事をした。
「結婚したい」
和伸さんは言った。
「えっ…?」
結婚って、私と和伸さんが…?
「さすがに今は無理かも知れないけれど、舞が大学を卒業したらすぐに結婚したい。
舞を本当に俺のものにしたい」
「和伸さん…」
そこまで考えてくれている彼が嬉しくて、私の目から涙がこぼれ落ちた。
「舞が作ったお菓子を子供と一緒に囲んで、美味しいねって言いながら笑いたい。
そんな家庭を舞と一緒に作って行きたい」
私が作ったお菓子を一緒に頬張っている彼らの笑顔が目に浮かんだ。
その光景を微笑ましく見ている自分の姿も浮かんだ。
「舞、結婚しような」
そう言った和伸さんに、
「はい…!」
私は首を縦に振ってうなずいた。
「子供は、舞によく似たかわいい女の子がいいな。
でも1人だと舞が寂しがるから、もう1人も欲しいかな」
「寂しがるって…」
呆れたように言った私に、
「舞は欲しくないの?」
和伸さんが聞いてきた。
「欲しいよ、和伸さんに似た男の子が」
「えっ、俺?」
自分を指差して驚いたと言うように聞いてきた和伸さんに、私は首を縦に振ってうなずいた。
「ハハハ、参ったな…」
困ったように言った和伸さんに、私はクスクスと笑ったのだった。
身も心も彼に捧げたことに迷いはなかった。
彼が好きだから、私は何もかもを全部あげた。
私が作ったお菓子と料理を彼と子供と一緒に囲む未来を思っていた。
――美味い!
そう言って子供と一緒に笑っている彼のその顔を見ることを夢見ていた。
近い将来、そうなるんだと思っていた。
和伸さんと結婚して、彼との間に子供を授けて、私が作った料理とお菓子を囲んで、笑っている彼らの顔を見ることを思っていた。
でも…私たちが思い描いていたその幸せな未来予想図は、すぐに崩壊をしてしまった。
私が21歳の時だった。
「――お母さん…!」
八重子さんの連絡を受けて大学から病院に駆けつけた時は、もう遅かった。
白いベッドのうえで横になっている母の顔には白い布がかけられていた。
くも膜下出血――母が亡くなったのは、本当に突然のことだった。
「ごめんなさい、舞ちゃん…」
八重子さんは泣いていた。
「私が気づくのがもっと早かったら、月子さんは助かったのに…。
あなたから…あなたから、お母さんを奪ってごめんなさい…」
――八重子さんは、悪くないです
グズグズと両手で隠すようにして顔をおおって泣いている八重子さんに、私は何も言うことができなかった。
母が亡くなったことに責任を感じている八重子さんに、私は何も声をかけることができなかった。
母が亡くなったのに、自分だけが峯岸家にいるのはおかしいと思った。
峯岸家から出て行くために、私は就職活動を始めた。
友伸さんも八重子さんも広伸さんも、そして和伸さんも、家族だから峯岸家にいていいと言ってくれた。
でも、母のいない峯岸家に私だけがいるのは何となくダメなんじゃないかと感じていた。
母を安心させたいからと、私は彼らの反対を押し切って就職活動をした。
何社か受けた甲斐もあり、私は旅行会社に就職することが決まった。
「舞」
旅行会社から内定を受け取ったその日の夜、和伸さんは何日ぶりかに私の部屋を訪ねた。
「本当に家から出て行くのか?」
そう聞いてきた和伸さんに、
「お母さんを安心させたいから。
私が1人でも大丈夫だよって言うところを見せないと、お母さんも成仏したくても成仏できないよ」
私は答えた。
突き放してると、自分でも思った。
子供の頃から好きだった彼を突き放したようなその言い方に、私は苦しさを感じた。
でも…突き放されて苦しいのは、和伸さんなんだ。
「…そうか」
和伸さんはそう返事をした。
「舞が決めたなら、俺は何も言わないよ」
和伸さんはそう言って悲しそうに微笑んだ後、部屋を後にしたのだった。
――バタン…
ドアが閉まった音が大きく聞こえた。
私の目からは、涙がこぼれ落ちた。
――“行くな”って、言って欲しかった…。
自分から彼を突き放したくせに矛盾しているその気持ちに、私は声をあげて泣きたくなった。
「――離れたくないよ…」
大好きな彼のそばにずっといたい。
でも、私はそんな彼を自分から突き放してしまったんだ…。
悲しそうに微笑んだ和伸さんのその顔は、今でも忘れることができない。
大学を卒業した翌日、私はお世話になった峯岸家を出た。
――舞が決めたなら、俺は何も言わないよ
その言葉通り、和伸さんは私が出て行くことに対して何も言わなかった。
“行くな”と言ってくれることを期待していた。
自分から突き放したくせに、何を期待しているんだろうと思った。
「舞ちゃん」
峯岸家を出る私を送り出してくれたのは、八重子さんだった。
八重子さんは、私が最後まで峯岸家から出て行くことを反対していた。
「何かあったら、いつでも戻ってきていいからね。
月子さんと舞ちゃんは、峯岸家の大切な家族なんだから」
目に涙を浮かべながら声をかけてくれた八重子さんに、
「はい、ありがとうございます。
長い間、お世話になりました」
私は頭を下げて、彼女にお礼を言ったのだった。
新生活は思った以上に大変だった。
常に誰かがいることが当たり前だった峯岸家とは違い、1人暮らしは当たり前だけど私1人だった。
でも次第に1人の生活になれたのだった。
和伸さんからの連絡は1回もなかった。
突き放したのは私のくせに、彼からの連絡を待っている自分が悲しくなった。
和伸さんには和伸さんの、私には私の人生があるんだから…と、そうやって私は何度も自分に言い聞かせた。
その生活が1年を迎えた時のことだった。
いつものように朝食の用意をしていたら、
「…えっ?」
テレビから流れてきたニュースに私は耳を疑った。
画面に視線を向けたら、何が起こったのかよくわからなかった。
「経営破たんで倒産って…」
勤めていた会社が倒産したと言うそのニュースに、私はただ呆然とすることしかできなかった。
フライパンの中で焼いている目玉焼きを気にする余裕は、私の中にはなかった。
会社が倒産したと言うことは、
「失業した、んだよね…?」
私は呟いた。
いきなり聞かされたその事実に、私はどうすればいいのかわからない。
何をすればいいの?
どうすればいいの?
お金はどうなるの?
もちろん、出してくれるよね…?
それよりも問題は、次の就職先が見つかるかと言うことである。
もう新卒じゃないから簡単に見つけることはできないだろう。
そう思っていたら、テーブルのうえに置いていたスマーフォンが震えた。
ガスを切ってキッチンから出ると、スマートフォンを手に取った。
画面に表示された名前を確認すると、
「――和伸さん…」
彼だった。
会いたくて仕方がなかった、連絡を取りたくて仕方がなかった彼からの着信だった。
きっと、今のニュースを見て電話をしてきたんだ。
せっかくかけてくれたのに、電話に出ないと言うのは失礼なことだろう。
私は深呼吸をすると、指で画面をタップしてスマートフォンを耳に当てた。
「もしもし…?」
私が呟くように声をかけたら、
「舞?」
和伸さんが名前を呼んでくれた。
久しぶりに彼の声を聞いた。
「今、ニュースで流れた会社って…確か、舞が勤めてる会社だよな?」
和伸さんが聞いてきた。
ああ、やっぱりニュースを見て電話をしてきたんだ。
そう思いながら、
「うん、そうだよ」
私は答えた。
「倒産したことを知ってた?」
続けて聞いてきた和伸さんに、
「知らなかった…。
私もたった今、ニュースで知った…」
私は答えた。
「マジかよ…」
困ったように呟いた彼のその顔が頭の中に浮かんだ。
「次の就職先は…」
「ううん、決まってない。
今日初めて聞いたから…」
呟くように答えた私に、
「まあ、そうだよな…」
和伸さんは返事をした。
「なあ、舞」
和伸さんが私の名前を呼んだ。
「今日…もしくは明日でもいいんだけど、峯岸家にきてくれるか?」
そう聞いてきた彼に、
「えっ…?」
私は何を言われたのかわからなかった。
「ニュースを聞いて、父さんと兄さん…何より、母さんが心配しているんだ。
母さんを安心させるためにも、1回峯岸家に帰ってきて欲しいんだ」
和伸さんが言った。
翌日、私は1年ぶりに峯岸家に帰ってきた。
迎えてくれたのは、八重子さんだった。
八重子さんは私をリビングへ案内すると、紅茶とお菓子を用意してくれたのだった。
マリアフレージュの紅茶だった。
その香りに懐かしさを感じながら、私はそれを飲んだ。
本当に、私は峯岸家に帰ってきたんだな…。
そう思っていたら、
「大丈夫?」
八重子さんが声をかけてきた。
「はい…」
それに対して、私は呟くように返事をした。
「突然のことだったから、舞ちゃんのことが心配だったの」
八重子さんは悲しそうに目を細めた。
私のことを本当の娘のように思ってくれる彼女の優しさに、私は涙が出そうになった。
「もし…もし、舞ちゃんがよかったらなんだけど」
八重子さんはそう言って話を切り出すと、
「和伸の秘書として働いてくれないかしら?」
と、言った。
「えっ…?」
言われた私は訳がわからなかった。
「和伸さんは、総務部で働いていたんじゃないんですか?」
私の記憶違いじゃなかったら、そうだったはずだ。
「あの子、今年から専務として働いているの」
八重子さんは私の質問に答えた。
「専務ですか…」
ずいぶんと出世をしたんだなと、私は思った。
「先月に家庭の事情で秘書課を辞めた子がいてね、秘書課は人手不足なんだって。
それで舞ちゃんがよかったらなんだけど、秘書として働いてくれないかしら?」
「秘書って…私、秘書の経験はないです。
最近まで事務員として働いていましたし…」
そんなものは、口実だ。
本当は、和伸さんと顔をあわせるのが怖い。
「秘書の仕事も事務とそう対して変わらないそうだから、舞ちゃんにもできると思うわ」
八重子さんが言った。
そんなことを言われてしまったら、断る理由が他に見当たらない。
それに、次の就職先を見つけるのは簡単なことじゃないだろう。
「――わかりました」
呟くように返事をした私に、
「ありがとう、舞ちゃん」
八重子さんは嬉しそうにお礼を言った。
時計が夜の7時を過ぎた頃、和伸さんが帰ってきた。
「お帰りなさい、和伸さん」
そう声をかけた私に、
「舞!」
和伸さんは驚いた、だけども嬉しそうに名前を呼んでくれた。
「和伸、舞ちゃんがあなたの秘書として働くことになったわ」
八重子さんが和伸さんに言った。
「えっ、舞が俺の秘書…?」
そう言って私に視線を向けてきた和伸さんに、私は首を縦に振ってうなずいた。
「舞」
和伸さんは目を細めて、微笑んでくれた。
その微笑みに、私の心臓がドキッ…と鳴った。
1年ぶりに彼と再会したんだ…と、思った。
そんなことを思っていたら、
「母さん、舞を俺の部屋に連れて行っていい?
仕事の内容とかいろいろと話したいし」
和伸さんが八重子さんに言った。
「えっ?」
部屋に連れて行くって、和伸さん?
「うん、いいわよ」
八重子さんが返事をしたのを確認すると、
「舞、行こう」
和伸さんは待っていたと言わんばかりに、私の手を引いた。
「えっ、あの…」
和伸さんに連行されるように、私はリビングを後にしたのだった。
彼の部屋に到着したのと同時に、
「舞…」
彼は待っていたと言わんばかりに、私を抱きしめてきた。
「和伸さん…」
「俺、舞がいなくて寂しかった。
連絡もしたかったし、会いに行きたかった。
でも、そんなことをしたら舞が迷惑なんじゃないかって思ってた」
迷惑だなんて、そんな訳がないじゃない…。
私だって、和伸さんがいなくて寂しかった。
連絡もしたかった。
会いたかった。
でも、自分から突き放したくせにそんなことをする資格はないと思った。
そう言って、たくましいその背中を抱きしめたかった…けれど、彼を突き放した私はそんなことをしちゃいけないんだ。
「――舞…」
和伸さんの精悍な顔立ちが近づいてきて、
「――ッ…」
彼の唇が私の唇と重なった。
久しぶりに交わしたそのキスに、お腹の下が熱くなったのがわかった。
気がついたら、私はベッドのうえに押し倒されていた。
「――舞…」
和伸さんは額に唇を落とすと、私の服を脱がしにかかった。
「えっ、待って…!」
止めようとした私の声は、
「待てない」
彼に一蹴されてしまった。
私の格好は、ショーツだけになってしまった。
「――ッ、んっ…!」
胸に顔が埋められたかと思ったら、胸の先を口の中に含まれた。
「――あっ、ふあっ…!」
与えられるその刺激に、私は声をあげて感じることしかできない。
久しぶりに、彼が私に触れている。
和伸さんの指がショーツ越しに触れてきたので、躰がビクッと震えた。
その中がどうなっているのかは、自分が1番わかっている。
「――和伸さん、ダメ…」
私のその訴えは、
「俺は、舞が欲しい」
見事に一蹴されたのだった。
ずるりと、彼の指がショーツを脱がした。
これで、私の躰を隠しているものはなくなった。
ショーツで隠していたそこに、
「――やあっ、待って…」
彼の唇が触れてきた。
脚を閉じて隠したくても、たくましい腕がそれを許してくれない。
「――我慢できないんだ…」
和伸さんはそう言った。
その吐息にも感じてしまっている私の躰は、もうすっかり敏感になっていた。
ずるいよ、和伸さん…。
「――んっ、ああっ…!」
すでに敏感になっている蕾に、唇が落とされる。
「――はっ、んああっ…!」
蕾を舌のザラついたところで舐められて、もう何も考えることができない…。
私の弱いところを知っている彼に、逆らうことができない…。
「――和伸、さん…ああっ!」
「――舞…」
「――もう、無理…!」
降参の意味で首を横に振っている私に、
「――それは仕方ないね…」
彼はそう言ったのだった。
ピチャピチャとわざとらしく水音を立てて、蕾を舐められる。
「――んっ、やああっ…!」
声をあげて、躰を震わせて感じることしかできない。
頬を伝っている涙を拭う余裕は、私の中にはもうない。
飛びそうになるその意識を、手でシーツをつかんで繋ぎ止めることしかできなかった。
カリッと蕾に軽く歯を立てられたその瞬間、
「――あっ…んあああっ!」
頭の中が真っ白になってビクンと躰が大きく震えた。
荒い呼吸が口からこぼれ落ちた。
「――はあっ…」
躰に酸素を吸い込もうと呼吸を繰り返している私を、
「――かわいい、舞…」
和伸さんは頬に唇を落としてきた。
「――ッ、んっ…」
お互いの唇が重なっただけなのに、私の躰はそれに感じて震えた。
「――舞…」
唇が離れたのと同時に、和伸さんは着ていたスーツを脱ぎ捨てた。
たくましいその肉体が私の目の前で露わになった。
ぼんやりとそれを見つめていたら、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえた。
「――舞…」
「――あっ…」
先ほどまで唇が触れていたそこに、彼の灼熱が当ててきた。
「――んっ、ああっ…!」
彼の灼熱が入ってきたその瞬間、私の躰が震えた。
「――あっ、ああっ…!」
彼の指が敏感な蕾に触れてきたかと思ったら、そこを強くこすってきた。
「――ふあっ、んんっ…!」
何もかも全てを執拗に攻められて、それだけで躰は熱をぶり返してしまう。
「――和伸さん…」
私が名前を呼んだら、
「――舞…」
和伸さんは私の名前を呼んで、唇を重ねてきた。
「――ああっ…!」
腰を動かしてきたかと思ったら、中に埋まっている灼熱を突きあげられた。
「――あっ、んんっ…!」
蕾を攻めている指も止めてくれなくて、ただ感じることしかできなかった。
「――舞、好きだよ…。
ずっと愛してる…」
ささやくように、和伸さんが言った。
和伸さんに抱かれている、和伸さんと繋がっている――私の身に起こっているこの出来事は、夢じゃないんだと知らされた。
だけど、彼を突き放す前と同じ気持ちになることはできなかった。
たくましいその背中に自分の両手を回して、和伸さんをもっと感じたい。
「――舞、好きだ…」
和伸さんのその気持ちに答えたい…けれど、私は彼を突き放してしまったから気持ちに答える資格はない。
私も好き、私も愛してる――そう言いたかったけれど、答えることができない。
「――んっ、ああっ…!」
突きあげられる灼熱に声をあげて、躰を震わせて感じることしかできない。
「――あっ、やあっ…!」
「――舞…」
和伸さんが私の名前を呼んだ。
「――和伸さん…」
私が答えるように彼の名前を呼んだら、
「――好きだ、ずっと愛してる…」
彼は微笑んで、灼熱を突きあげた。
「――ッ、あああああっ…!」
その瞬間、私の頭の中が真っ白になった。
同時に和伸さんが深く息を吐いて、私を抱きしめた。
久しぶりに感じた彼の体温を躰の中に閉じ込めるように、私は目を閉じた。
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