私と彼の関係

青天目舞(ナバタメマイ)、26歳。


お茶の専門店『マイダス』の専務・峯岸和伸(ミネギシカズノブ)の秘書を務めて、今年で2年目を迎えた。


「本日は11時から毎読新聞社から取材、13時からは会食も兼ねて『スギヤマ製菓株式会社』の副社長との打ち合わせがあります」


本日のスケジュールを読みあげると、パタンと手帳を閉じた。


「うん、ありがとう」


テナーのその声に、私の心臓がドキッ…と鳴った。


昨日だって何度も彼のその声を聞いたはずなのに、私の心臓は嫌でも反応してしまう。


「それでは私は秘書課の方にいますので、何かありましたら…」


「あ、ちょっと待って」


専務はさえぎるように声をかけると、私の肩に自分の手を伸ばした。


ヒョイッと専務は何かを取ると、

「糸くずがついてた」

と、ゴミ箱に捨てたのだった。


「そ、そうでしたか…。


ありがとうございました…」


一瞬だけ期待をしてしまった自分に嫌気が差した。


「それでは、失礼しました」


ペコリと会釈をするように頭を下げると、私は専務室を後にした。


パタンと専務室のドアを閉めると、私は自分の気を落ち着かせるために深呼吸をした。


「落ち着け、落ち着け…」


ドキドキと早鐘を打っている心臓にそう言うと、私は秘書課へと足を向かわせた。


「ただ今、戻りましたー」


秘書課へ戻ってきた私を迎えてくれたのは、


「お帰りなさい、青天目さん」


5年先輩の横田さんだった。


彼女は専務の兄である峯岸広伸(ミネギシヒロノブ)副社長の秘書を担当している。


私がデスクに腰を下ろしたのと同時に、

「青天目さん、新聞社の取材についてなんですけれども」


横田さんが声をかけてきた。


「もしかしたら、秘書室も撮影をお願いされるかも知れないですね。


念のために役員のスケジュールや社外秘の書類は目のつかないところに片づけて置きましょう。


それから…」


話をしている私に、横田さんがクスリと笑った。


「あの、何か…?」


笑われた意味がわからなくて質問をしたら、

「しっかりしているなって思ったんです」


横田さんが返事をした。


「専務が青天目さんを秘書に推薦した理由がよくわかります」


そう言った横田さんに、

「…専務には、子供の頃からお世話になりっぱなしです」


私は呟くように返事をした。


「専務とは、幼なじみなんですよね?」


そう聞いてきた横田さんに、

「はい、私の母と専務の母が学生時代からの友人でして、その関係で子供の頃から専務と親しくしていました」


私は答えた。


「専務には、本当に子供の頃からお世話になりっぱなしです。


就職の時だって…」


そう言った私に、

「専務は、それくらい青天目さんに信頼を置いているんだと私は思います」


横田さんが言った。


「信頼、ですか…」


「ええ、信頼ですよ。


専務は心の底から青天目さんを信頼していますよ」


「ありがとうございます」


そう言ってくれた横田さんに、私はお礼を言った。


「それでは、私はまた専務室に」


「ああ、もうそんな時間でしたね」


私はデスクから腰をあげた。


「それでは」


「はい、行ってらっしゃい」


横田さんに見送られて、私は秘書課を後にした。


「――信頼、か…」


専務室へと向かいながら、私は呟いた。


彼から信頼されている反面、その信頼に応えるために頑張らないといけないと思った。


いつまでも彼に甘えている訳にはいかないのだ。


いつになるかはよくわからないけれど…いつかは、私は彼の元から離れないといけない。


いつまでも彼のそばにいると言う訳にはいかないのだ。


「それまで、専務のそばにいることができるように頑張ろう」


私は自分に言い聞かせるように呟くと、専務室へと足を向かわせたのだった。



その日は夜の7時に仕事が終わったので、会社から自宅に帰った。


50階建てのタワーマンションの34階が私と彼が一緒に住んでいる自宅だ。


カードキーを使ってドアを開けると、

「ただいまー」


誰もいないけれど、中に向かって声をかけて足を踏み入れた。


子供の頃からの習慣はなかなか抜けないものだ。


自室に入ると、スーツからジーンズとシャツに着替えるとキッチンへと足を向かわせた。


手を洗ってエプロンを身につけると、冷蔵庫の中身を確認した。


ひき肉の賞味期限が近かったのと今朝サラダを作る時に使った野菜がいくつか残っていたので、

「よし、今日はドライカレーにしよう」


今日の夕飯を決めると、すぐに調理に取りかかった。


テーブルのうえにドライカレーとコールスロー、中華風に味つけしたわかめスープが並んだ頃だった。


「ただいまー」


彼が帰ってきたので、私は彼を迎えるために玄関へと足を向かわせた。


「お帰りなさいませ、専務」


そう声をかけた私に、彼――専務はフッと笑った。


「舞、会社の外では“専務”と呼ばない約束だっただろ?


後、敬語を使うことも禁止にしていたはずだろ?」


そう言った専務に、

「――お帰りなさい、和伸さん…」


私は彼の名前を呼んだ。


「うん、いい子」


専務は満足そうに笑うと、大きな手で私の頭をなでた。


「おっ、いい匂いだな」


専務がそう言ったので、

「ご飯ができてるから早く着替えてきて」


私は言った。


「うん、わかった」


専務は首を縦に振ってうなずくと、着替えをするために自室へと足を向かわせた。


マッシュカットの黒髪は1度も染めたことがないと言うこともあってか、サラサラとしていてとてもキレイだ。


眠たそうな奥二重の目に少し大きな唇はどこかエキゾチックで、精悍な顔立ちをしている。


身長は170センチで、学生時代はバレーボール部に所属していたと言うこともあってか体格がとてもいい。


そんな彼は私が秘書として働いている人で、幼なじみで、そして恋人だ。


「おっ、今日も美味そうだな」


着替えを終えた専務がリビングに現れた。


「冷めないうちに早く食べよう」


私が椅子に座るように促すと、専務は返事をして椅子に腰を下ろした。


私も一緒に椅子に座ったことを確認すると、

「いただきます」


両手をあわせてあいさつをして、食事を始めた。


スプーンでドライカレーをすくって口に入れると、

「美味い!」


専務は嬉しそうに言うと、モリモリと食べ進めた。


「そんなに急いで食べなくてもいいよ、おかわりはたくさんあるんだから」


そんな彼に向かって声をかけたら、

「だって、舞の料理はすっごい美味いんだもん!


三ツ星レストランよりもずっと美味しい!」


専務は嬉しそうに返事をした。


そう褒めてくれる彼に、私は心の底から作ってよかったと思った。


また明日も彼のためにご飯を作ってあげようと言う気持ちになった。


「最後の晩餐は舞の手料理がいい!


腹いっぱいに舞が作ってくれたご飯を食って、それで人生を終わりにしたい!」


頬にご飯粒をつけて無邪気に笑っている彼を私は愛しいと思った。


食事の後の片づけは、専務の担当だ。


彼曰く、「いつも美味しい料理を作ってくれるお礼がしたい」と言うことで自ら進んで後片づけをしているのだ。


その間、私はお風呂に入って今日1日の疲れを癒すのが当たり前だ。


お風呂から出ると、濡れた躰をバスタオルで拭いてバスローブを身につけた。


腰まで伸ばした黒髪のロングヘアーをバスタオルで拭くと、洗面所に行ってドライヤーを取り出した。


この髪は、これと言った取り柄が特にない私が唯一自慢できるものだ。


専務も私の髪を好きだと言ってくれている。


髪の手入れと乾かす時間がかかるのは仕方がないけれど、彼のためを思ったら特に苦ではなかった。


30分と時間をかけて髪を乾かすと、リビングにいる専務のところに顔を出した。


「和伸さん、お風呂が空いたよ」


ソファーに座ってテレビを見ていた専務に声をかけたら、

「うん、わかった」


彼は返事をして、ソファーから腰をあげたのだった。


その足で寝室へと向かおうとしたら、

「舞」


専務に名前を呼ばれたので、顔を彼の方に向けた。


「寝ないでね」


そう言った彼に、

「はい…」


私は返事をすると、寝室へと足を向かわせたのだった。


寝室に入った私を迎えてくれたのは、大きな窓から見える美しい夜景だった。


クイーンサイズのベッドは、大人2人が横になっても大きい。


私は窓に歩み寄ると、そこから夜景を覗き込んだ。


34階にあるこの場所から見える夜景を邪魔するものは特にない。


「――私は、いつまでここにいてもいいのかな…?」


専務の秘書で、幼なじみで、恋人――峯岸和伸の何もかもを私は独り占めしている。


いつかは、彼のそばを離れないといけないことはわかっている。


いつまでも、彼を独り占めする訳にはいかないのだ。


コツン…と、窓に額を当てた。


冷たかった。


彼から離れないといけない。


彼のそばにいる訳にはいかない。


彼に甘える訳にはいかない。


彼を独り占めする訳にはいかない。


そう思っていたら、後ろからたくましい腕が伸びてきて私を抱きしめた。


「舞」


私の名前を呼んだ彼と窓ガラス越しに目があった。


「和伸さん…」


私が彼の名前を呼んだら、

「ここにきてから、もう何年経ってるの?


本当に飽きないよね」


専務は耳元でクスクスと笑った。


「だって、好きだから…」


私が呟くように返事をしたら、

「俺のことは好きじゃないの?」


すねたような口調で専務が聞いてきた。


躊躇った。


でも、彼の気持ちに答えないといけない。


「――好きですよ…」


呟くように気持ちに答えたら、


「――舞…」


専務がささやくように名前を呼んで、クルリと彼の方に向かされた。


奥二重の目が私を見つめている。


その目が近づいてきたかと思ったら、


「――ッ…」


お互いの唇が重なった。


好き、大好き、子供の頃からあなたが好き。


その気持ちを彼に全てぶつけることができたら、どれだけ楽なことなのだろう?


唇が離れたかと思ったら、

「――舞…」


彼はまた私の名前を呼んで、噛みつくように唇をまた重ねてきた。


まるで食べられているみたいだと思った。


「――ッ、んっ…」


彼の大きな手は、私のバスローブを脱がしていた。


シュルリと、バスローブのヒモが外された音がした。


気がついたら、私はクイーンサイズのベッドのうえにいた。


唇が離れて、

「――舞…」


専務は私の名前を呼んで、耳に顔を近づけた。


「――んっ、やあっ…!」


耳の輪郭をなぞるように舌が触れてきた。


そこに息を吹きかけられた瞬間、自分の躰が痺れたのがわかった。


「――んんっ…!」


彼の大きな手は胸を揉んでいる。


「――やっ、やあっ…」


揉まれるたびに胸の先が手のひらに触れて…だんだんと、自分の躰が敏感に反応してきているのがわかった。


「――いつ見ても、本当にキレイな躰をしてるよね…」


ささやかれたその声にも躰は反応してしまう。


彼の唇が頬、首筋と順番に落とされて、

「――んあっ…!」


胸の先を口に含んだ。


軽く歯を立てられて、強弱をつけて吸われて、舌のザラついたところでなめられて…それだけで躰は反応してしまう。


もう片方の胸の先は指でつままれて、爪を立てられて…あまりにも対象的過ぎる刺激に頭の中がぼんやりとし始めているのがわかった。


胸の先をさわっていないその手はお腹から太ももへと降りてきた。


その手は上の方に行くと、

「――ひあっ…!」


ショーツ越しにそこをなぞってきた。


その中がどうなっているのかは、自分が1番わかっている。


「――まっ、待って…」


首を横に振ってやめて欲しいと懇願するけれど、

「ダメ、待てない」


その手はズルリと、ショーツを脱がせた。


「――やっ、ダメ…!」


先ほどまでショーツで隠していたそこに、専務の唇が触れた。


「――んっ、んんっ…!」


脚を閉じて隠したいのに、たくましい腕がそれを許してくれない。


「――待って、んっ…」


「ダーメ、待てない」


「――ひああっ…!」


すでに敏感になっている蕾をペロリと舌が舐めてきた。


「――あっ…やあっ…」


舌のザラついている部分で舐めたり、強弱をつけて吸われたり、軽く歯を立てられる。



「――あっ、ふああっ…!」


彼から与えられる刺激に、躰が喜んでいるのがわかった。


「――舞…」


つぷり…と、指が中に入ってきたかと思ったら、かき回してきた。


「――んっ、んあっ…!」


声をあげて感じて、ビクビクと躰を震わせることしかできない。


「――やあっ…もう、無理…」


フルフルと首を横に振るけれど、

「ここでやめたら、後でつらい思いをするだけだよ?」


見事に一蹴されたのだった。


頬を伝っている涙を拭う余裕は、私の中にはもうなかった。


執拗に攻められているせいで、もう何も考えることができない。


「――ッ、やっ…あああっ!」


ビクンと躰が大きく震えて、頭の中が真っ白になった。


「――あっ、ああっ…」


荒い呼吸を繰り返している私を、いつの間にか専務が見下ろしていた。


「――舞、かわいい…」


「――ッ…」


精悍な顔立ちが近づいてきて、もう何回目なのかはわからないけれど唇が重なった。


キスをされただけなのに、私の躰はそれだけで敏感になってしまっていた。


――ずるいよ、和伸さん…。


心の中で呟いたその声は、当たり前だけど彼の耳には入らなかった。


「――舞…」


先ほどまで指が触れていたそこに、彼の灼熱が当てられた。


それだけのことなのに、私の躰はビクッと震えてしまった。


そんな私に、専務は目を細めた。


「――好きだよ、舞…。


ずっと愛してる…」


「――んっ、んうっ…!」


中に灼熱が入ってきたので、躰がさらに震えた。


彼と繋がっているこの瞬間が好きだ。


間近で彼を感じているこの瞬間を独り占めしている気分になるからだ。


この時間がずっと続けばいいのに、永遠に続けばいいのにと、私は何度思ったことだろう?


「――舞…」


彼が私の名前を呼んで、唇を重ねてきた。


唇が離れたかと思ったら、額にまぶた、鼻先と順番に唇が落とされた。


「――舞、愛してる…」


「――ッ、ああっ…!」


腰を動かしてきたかと思ったら、中の灼熱を突きあげられた。


「――あっ、ああっ…!」


激しく突きあげてくる灼熱に声を出して、躰を震わせて感じることしかできない。


「――舞、好きだ…!」


――私も好き、あなたのことが好き、ずっと愛してる…。


彼への思いを全て伝えることができたら、どんなに幸せなことだろうか?


だけど、そんなことを口に出してしまったら…彼とは、終わりだ。


「――舞…」


「――んっ、あっ…ああああっ!」


頭の中が真っ白になったのと同時に、彼は短く息を吐いて私を抱きしめてきた。


「――舞…」


専務は愛しそうに私の名前を呼ぶと、また唇を重ねてきたのだった。


「――愛してるよ、舞…」


「――ッ…」


彼は私の頬に自分の唇を落とした。

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